第6話 三つ巴

 手を叩いて付着した砂埃を払い落とし、視界に標的を捉える。いつもと変わらぬ跳躍で目的に向けて地を蹴った。

 構えた拳を顔面に横から打ち込み、衝撃でエクサードを吹き飛ばす。どうやら、今のベリアルが有する力がこの場を制しているらしい。

「ベリアル……てめぇ何しに来やがった⁉︎」

「おめぇらが死んだら不都合だからな、今だけ味方してやるよ」

「んだと……?」

 吹き飛んだエクサードは本部の4階あたりにめり込み、ガラスとコンクリートを振らせていた。しかし、この程度で動かなくなる訳もないらしい。

「新手の悪魔……6柱か?」

「おぉい、勘違いすんなよ。オレ様がネビロスとかサルガタナスに見えるか?」

 聴力もそれ以前とは比べ物にならないらしく、軽く20メートルは差がある空間に発せられた呟きがしっかりと耳に届いていた。

 エクサードはフルーレティの氷を溶かした噴射口を起動させ、ゆっくりとこの場へと帰還した。

「先程のとおり、これは対魔専用の装甲。悪魔が幾ら束になろうと壊せぬ‼︎」

「うっせぇ、勝手に言ってやがれ‼︎」

 双方が急接近し、その拳を打ちつけ合う。相殺された勢いは金属の拳に受け流され、滑らかに身体を回転させたエクサードの裏拳が首筋を叩いた。

「なっ……にしやがんだてめぇ‼︎」

 痛覚に反射して、右手を伸ばしその手を掴む。今度こそは、金属に滑り落とさずにしっかりと掴んでバランスを奪った。

「糞っ……‼︎」

「おっらぁ‼︎」

 柔道の背負い投げに似た要領で一度浮かせたエクサードを地に叩きつける。ここまであらゆる建築物やコンクリートの道路を破壊しているというにも関わらず、未だにその白いフォルムには傷が一つも付いていない。

 だが、中に人間が入っているという情報がある以上、完全な破壊は求められていない。

 結果として、中にいる人間がどれだけの実力を有していようと、悪魔の基礎能力諸々を超えることはないだろう。

 特撮番組のように、変身して人間自体の基礎能力を上げている訳でもないと考えられる。つまり、中身が衝撃を受ける等で失神して仕舞えば良いのである。

 中身にダメージを負わせられる攻撃を求められ、それを探しながら戦うほかないだろう。

「おらぁ出番だぜ6柱‼︎」

 ベリアルはエクサードを掴んだまま、その身を空へ放り投げた。身軽になったベリアルは、空中でジェットを使い体制を整えようとするエクサードに向けて、下側から一発の蹴りを打ち込む。

「させねぇよ」

「貴様ぁぁ‼︎」

 相当な重量であろうエクサードは腹に食らった一撃のみで、そのまま真っ直ぐに上昇していた。

「貴方と協力など、今回だけですよ」

「全く、いつ見ても身勝手な男だ」

 衝撃で動けなくなっていたエクサードは、小さくなっていく地上の最中にフルーレティとルキフグの姿を見ていた。

「この事態により貴様ら悪魔は全人類を敵に回すことになる‼︎俺がこの場で殺されることにより、悪魔の危険性を再実証出来るのだ‼︎」

 エクサードから発せられたその声は虚しくも、フルーレティとルキフグの放つ剣撃が白い装甲を地へ落とした。

 

「おいベリアル」

「あぁ?んだよ糞山の王」

「てめぇ、何処の味方してんだ?」

 地上にて。先程崩れたコンクリートをさらに叩き壊し、伏したまま電子音を鳴らし続けるエクサードを横目に、ベリアルはベルゼブルと対峙していた。

「別に、何も考えてねえな。テメェらが死んだらオレ様がテメェらのコア食えなくなるから助けただけだし」

「……何も変わってねえな」

「人間じゃねえんだ、数年程度で変わってたまるかよ」

 どうやら双方の拳が交わることは無いらしく、今この場に危険は無いらしい。

「で、どうすんだ。この中身の人間殺しとくか?」

「いいえ、やめておきましょう」

 ベリアルがベルゼブルに投げかけた質問に、フルーレティが答えた。いつもと変わらぬ冷酷なその目は、虚の空を見つめていた。

「フルーレティ、コイツは脅威だ。どういう事かは分かんねえが、DRは完璧に俺らを殲滅させる気でこれ作ったんだろ」

 その言葉には、ルキフグが続けた。

「ベルゼブル様、コイツは恐らく生贄のつもりで動いています」

「どういう事だ?」

「かろうじて命を奪わずに戦闘不能へと持ち込んだのは、彼の言葉にあります」

 ルキフグは動かないエクサードを刃先で示し、確認の後にそれを鞘へと収めた。

「自身が死ねば、悪魔による殺害が発生したと報道が行われる。力で我々に対抗する手段を持たない人間は、社会の圧で我々悪魔を殲滅させようと企んでいるのです」

 暫し、沈黙が流れる。場に集まった四人の悪魔はエクサードを囲む形で対面して、今後について語っていた。

「ベリアル、貴方は本日人間と共に現れましたね。何か契約があるのでしょうが……仮に、DRがエクサードの中身を死亡で報じた場合は貴方の居場所は無くなるでしょう」

 フルーレティの結論。この場にアガリアレプトが居れば、打開策が手に入るのだろう。だが、彼を呼び戻していられるほど時間は無いと考えるのが妥当だ。

「だったらよ、先手必勝ってやつだろ」

「あ……?」

 ベリアルが、とある案を飛ばす。三人の疑問が当然のように並び、説明を要した。

「DRがオレ様たちに冤罪かける前にDRの地下牢獄を人間全員にバラせ。アガリアレプトに詳細を調べさせて、ダンタリオン辺り使って手の届く範囲にでも伝えちまえばいいじゃねえか」

「成る程。つまり大多数の人間を味方につけた方が勝者となる戦いという訳か」

 もしその方法をとった場合、DRは壊滅の危機に瀕するだろう。だが、本来の目的から背いた非人道的なる計画を持っているという組織を野放しにはできない。

「ですが、人間の多くは悪魔に対し嫌悪を示しています。幾ら非人道的行為を目の当たりにしたとて、手のひらを返したような反応を示すでしょうか」

「確かに、決定打には欠けるだろうな」

 フルーレティの反論に、穴が掘り起こされていく。完璧を求めるというのは難しいが、やはりこの件は完璧でなければ世界が傾いてしまう。

「で、お前らどうすんだ。獄に帰えんのか?」

「あぁ、とりあえず地下牢に関してはアガリアレプトに調べてもらわないと始まらねえからな」

「あぁそうか。ったく、オレ様は毎回めんどくせぇことに巻き込まれてんな」

 ベリアルは頭を掻いて欠伸をかます。どうやら、この件に関して一旦の示しがついたらしい。

「……なあベリアル」

「んだよ」

「お前が居なければ、今回はかなり危なかった。礼を言う」

「意外と素直だなお前」

 そう残して、ベルゼブルと二人の6柱は去った。フルーレティと初めて対面した際には敵対していたこの関係だが、現在悪魔とDRの完全なる対立が発生したことにより一時休戦といったところだろうか。

『……終わったのか』

「あぁ。でもオレ様、トウヤ乗っ取ってこれになるたびめんどくせえ事に巻き込まれてんな。お前の運の悪さじゃねえの?」

 いやまぁ、ジャンケンだとかで運が悪いのは実証済みだ。結局コイツに身体を乗っ取られているというのも、不運に至るのだが。

「さて、どっか隠れて戻るぞ」

『あぁ、分かった』

 そう残して、建物の隙間に向かって歩き出す。巨大な組織だというのに、建設地は案外普通のビル群なのだなと今更ながら痛感した。

「さぁて……ん?」

『どうした?』

 ベリアルが口に伸ばした手を止め、棒立ちで鼻を動かした。なんだかとてつもなく嫌な予感がする。

 と、その予感が的中したかのように頭上からとある物体が飛来した。ベリアルはその落下物を避ける為に勢いよく背後へ後退り、猫背で眼前を見続けた。

「おいおい、6柱は今んなことしてる場合じゃねえ雰囲気だったじゃねぇか」

「いいえ、これは私の意思ですよ‼︎ルキフグ様から命じられたわけではなく、ただ単なる復讐です‼︎」

 眼前に居たのは、昨日出会った最初の姿をしたバアルだった。どうやら憤怒に満たされているらしく、その通りをなぞる表情を見せて息を荒げていた。

「幾らなんでも勝手すぎだろ。今悪魔がやべえって情報も届いてなさそうだな」

「そんな事はどうでも良いんですよ‼︎昨日貴様が破壊した私の部位を同じようにしてやりましょう‼︎」

 前回と変わらずに拳を向けるバアルは、間合いを詰めてベリアルの右頬を狙いブローをかました。

「まぁ、丁度いいな。今めちゃくちゃ腹減ってるし」

 拳が当たったベリアルの顔面は、何も無かったかのように綺麗だった。全くもって攻撃が通じていないという事を示唆している。

「さぁーて、本日の食材はこちらの悪魔‼︎バアルさんとなっておりまーす‼︎」

 ベリアルの鋭い爪がバアルの腹を突き破り、吹き出した血を全身にかぶる。現在共有されている五感が視覚と聴覚だけで本当に良かったなと思える光景で、幻に近い鉄の匂いが脳を支配していた。

『うっわぁ……』

「ゔっ……⁉︎」

 あまりにも一瞬の出来事に、バアルは断末魔をあげる暇もないらしい。その後はただただ辛さを絵に描いたような表情を並べ、何故か声を抑えながら悶絶していた。

「おぉっと⁉︎食材が暴れています‼︎これではお料理に支障が出てしまいますね‼︎今すぐに絞めましょう‼︎」

 ベリアルは、バアルの腹から腕を引き抜く。しかしその最中に、バアルの腸らしきものを掴んでいたらしく、細長い物体を勢いよく引っ張り出していた。

「ゔあぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」

「いやー、いい声ですねぇ。でも、私の胃袋も負けてませんよー?」

 ベリアルがバアルの腸を上下に振り回しながらジョークを飛ばす。すると、突然腹のあたりから『ぐぅ』と音が響いた。その無慈悲すぎる腹の虫に、割と本気の恐怖を覚える。

「さーて、本日の高級食材はどこですかねぇー?」

 ベリアルの手が引っ張り出した腸は、その到達地点に辿り着く。その場で一気に引きちぎられた胃袋はスカスカと液体を垂らすばかりで、お目当ての品は無いらしい。

「おや、ここにないということは……やっぱりあそこですねぇ?」

 バアルの心臓がある位置へと手を伸ばす。裂け目からビリビリと音を立てて血を吹き出すバアルの皮膚は二つに分かれ、肋骨を露わにした。

『ちょっと気持ち悪くなってきたんだけど』

「綺麗な心臓ですねぇー、毎日手入れでもしてるんでしょうか?」

 全力無視された。まぁ、多分この状態だと何も吐くようなものはないんだろうが。

 此方も同じようにぐちゃぐちゃと音を立てながら引きちぎり、真ん中に爪を立てて二つに引き裂く。すると、左心室の辺りから赤黒い球がごとりと転がり落ちた。

「ありました‼︎見てください、高級食材ですよ‼︎」

 ベリアルのテンションは最高潮まで上がり、その魅力的であろう物に目を奪われていた。

『マジで食うの……?』

「当たり前だろ。今までどんだけ我慢したと思ってんだ」

『あぁ、そう……』

 まぁ、ブエルの時と違ってコア以外は食わないぽいのでこれくらいは了承してやろうと思う。ベリアルが両手を合わせて、満面の笑みを浮かべてその球を喉に落とした。

『お前もうちょっと味わって食ったら?』

「あぁ?口ん中でぺろぺろしてろってか?」

 飴玉にしては結構大きいというくらいのサイズであるコアだが、それを一飲みにされたら喉がいつか壊れてしまいそうだ。

『で、バアルコアはどんな能力なんだ?』

「あー……分かんねえけど、バアルのレパートリーにある物に変化できる能力だな」

 恐らく蜘蛛や猫といったバアルを示していた生物のことだろうか。それなりに小柄なので、移動などには適した能力かもしれない。

「さて、食ったし帰るか」

『あぁ、また吐きそうだからゆっくり頼む』

 

「バアルが死んだ」

 獄の深層部にて。DRで行われていた実験についての情報をまとめる作業に追われていたアガリアレプトとその他6柱に、とある情報がルキフグより伝えられた。

「ルキちゃん、なんでこの状況でベリアルに攻撃したの?」

「バアルは私の指示で動いていない。勝手に動いて勝手に死んだ」

 ルキフグの冷たい言葉は、獄の空気を冷やす。

「バアルは王故に無駄なプライドが支配している。何も考えていないということが致命的だったな」

「これで、6柱支配下に新たな欠落がまた生まれましたね」

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