第8話 降霊術士

「ネビロス様、ベルゼブル様から連絡きてますよ」

「……なんだって?」

 数多の骸を積み上げ、その頂点に座り込む男に語りかける。サルガタナスは、ダンタリオンの能力で送り込まれた幻覚により状況を知る。

「現在、DRが悪魔との戦争を望んでいる。こちらは人間を殺害することなくこの件を攻略することが求められる為、お前らの力が必要だ。との事です」

「アスタロト様からの指示は?」

「無いですね」

 ネビロスは溜息を落とし、腐乱した何者かも分からない腕を掴んで引き抜いた。それを何かに使おうだとか、そういう事は別に無いのだが。

「……人間と戦争か」

「我々と人間の対立が遂に傾きそうですね」

 今日、しばらく帰れない仕事という事で蛮族の処理を任されていた6柱が二人。DRの抑制は獄の内まで行き届いておらず、悪魔同士の殺し合いは日常茶飯事故に誰にも縛る事は出来なかった。

「魂は集まりましたか」

「あぁ……七万近くは殺したからな」

 最強の降霊術士と通り名が付けられるほどのネビロスは、使者の魂を扱う戦闘を得意とする。しかし、その弾丸となる魂はなかなか入手が困難なのは明白だった。6柱に大きな穴を開けてでも、戦闘に必要な武具を調達するのは必須。結果として、ここ最近かなりの時間を五人でなんとかしていたのだ。

「まあいい。6柱をしばらく開けていた詫びとして、全力で協力しよう」

 ネビロスは立ち上がり、腐乱の山を降りる。その眼前に聳える山を蹴り飛ばし、四散させて微笑した。

「では帰りましょうか」

「そうだな。アイツらも待ってるだろう」

 サルガタナスの多様能力に分類される一つ、瞬間移動を使って獄の最深部へと移動する。薄暗い鍾乳洞のような壁に包まれた一室に、久しい顔ぶれが並んでいた。

「ご苦労でした、ネビロス」

 フルーレティの冷酷な目がいつも通り迎える。いつも通りながら逼迫した雰囲気に、やはり緊急事態かと思い知らされた。

「おー久しぶりだね、ネビちゃん」

 サタナキアの嘲るような声。こちらはいつも通りで、双方の差に驚かされる。

「よし、6柱全員揃ったな」

 その場をまとめるよう、ベルゼブルの声が響く。

「伝えた通り、今回の作戦で最重要となるのがサルガタナスとフルーレティだ。ルキフグとネビロスは俺と共に二人の護衛、アガリアレプトは敵の位置を捕捉する等の情報供給。サタナキアは出来るだけ多くの女を悪魔サイドの味方につけろ」

 六人の声が重なる。この音を耳にするのも、久しいものだった。

「よし、ルキフグ。詳細をベリアルに伝えてこい」

「畏まりました」

 ふと聞こえた名に、疑念を抱く。

「……ベルゼブル様、今なんと」

「あぁ、言ってなかったか。今回の護衛にはベリアルが参加する」

 なんともまあ、訳の分からない事が次々と起こる。確かに悪魔全面と人間の争いが起こるとするならば仕方がないのかも知れないが、何故この対策の段階において奴の協力を必要としているのかがわからなかった。

「何故ですか。我々6柱では不十分という事でしょうか」

「……いや、人間が作った俺ら悪魔に対する兵器があるんだ。それに対して、俺とルキフグ、フルーレティはかなりの苦戦を強いられた」

 ベルゼブルという、三代支配者の中に数えられる存在が人間如きに苦戦を強いられたという。それは圧倒的脅威であり、6柱の力でどうにかなるのかという問題も発生するのだ。

「だが今のベリアルは人間を乗っ取っている。恐らく人間の素体にアイツの能力を上乗せいている筈だ。そうすれば本体の攻撃や防御は人間の力ということになるだろう」

「……仕方がないのですね」

 ベリアルという存在がどれだけ狡猾で、悪魔を震撼させた脅威かというのは理解している。それに、群れることも好まない奴が、こちらに友好的な協力に乗ったというのがあまり信じられない。

 だが、人間を乗っ取るなど訳の分からない手段に打って出たのにも何か理由があるのだろう。

 

「あー……コア食いてえ」

「今んなこと言ってる場合じゃねえだろ」

 今日も今日とて同じ光景。未だ修復の目処が立たないこの青い空が映る3課にて、毎度の如く暇を潰していた。

「本部襲撃から悪魔出ませんねー」

 浦矢の気だるそうな声は、反響もせずに青空へと吸い込まれる。確かに費用が回らないのは分かるが、せめて支部の場所を移すとかしないのだろうか。防犯面でも環境面でもかなり劣悪と言って過言では無いのだが。

「ところでずっと気になってたんだけど、ベリアルはどうやって本気出すんだい」

 山藁さんが問う。それに対し、床に転がったまま動かないベリアルは鼻ちょうちんを出して典型的な居眠りを貪っていた。

 さっきまで食いてえ食いてえと空腹を訴えていたのに、ふとした瞬間にも眠りに落ちている。こいつはどれだけ自由奔放なのだろうか。仮にも3課の隊員的な話になっていたのに、堂々と職務放棄とは。

 まぁ、いつもの事なのでそんなに気にしてはいないが。

「あの……あれっすよ。ピザ食ったら覚醒するんです」

「なにその奇天烈条件」

「あー、だからあの蜘蛛の悪魔出たときにでっかくなってたんですね」

 山藁さんは無理っぽいが、浦矢はなんか納得していた。今後はアレになる前に、ベリアルの口にピザを突っ込まなければならないのだろうか。

「浦矢くん、ベリアルは覚醒したらどんな見た目に?」

 山藁さんはその件を放置し、情報を集めることにしたらしい。是非ともそうして頂いた方がこちらに都合が良い。

「なんかものすごいトゲトゲしてて……目玉はぐるんぐるんの何重にもなってて……あっ、特撮ヒーロー番組の敵キャラみたいな感じでした!」

 それになっている身としては、かなり傷付く発言だ。ヒーローものの敵キャラというのも一概にまとめられないが、なんとなく想像はできる。以前バアルとの戦闘中にビルの窓に映った姿を見たが、確かにそう言われても仕方がない容姿をしていたなあと思い出した。

「ちなみにどの作品のどのキャラクターに似てたとかは……?」

「分かりませんよー、私は弟が小さいとき観てたの横から覗いてたくらいの知識ですし」

 あんまり意味のなさそうな会話がこの後続いたが、それも自身がベリアルと融合しているなんて情報から遠ざかっていると思えば少しは気が楽になった。

 ふと、3課の扉が開く。上層に呼び出されていた隊長の帰還だ。

「……隊長、どうかしましたか?」

 隊長の表情は深く沈んでいて、明らかに良くないことが起きたと解釈せざるを得ないものだった。

「上からの命令だ。これから悪魔と人類の全面戦争が起こる可能性があるらしい」

「なっ……⁉︎」

 山藁さんと浦矢が声を上げて驚きの表情を浮かべる。その怒号に似た大きさをなぞる声に、ベリアルの鼻ちょうちんは割れてしまった。

「あぁ……?んだてめぇらうるせえぞ」

 ベリアルの声も虚しく掻き消され、山藁さんが隊長にすがるようにしていた。

「ちょ……どういうことですか隊長⁉︎詳しくお願いします‼︎」

 ボサボサの髪とヨレヨレの服、まるで不潔を絵に描いたようなのに、何故かしっかりと柔軟剤の匂いがする山藁さん。というか私生活も気になるが、一体何を研究している人なのだろうか。

「さっき言った通りだ。前日の件で隊員が一人死亡したと報道されたことにより日本中は現在悪魔に対するデモを発達させている。故に、民間へ危害が加わらないようそれを押さえ込めとの命令が出た」

 その内容に、既に知っていた情報故に無関心だった自身の心が揺れた。DR自ら撒いた争いの火種を、我々に制御しろというのだ。

 上層は怖気付いたのだろうか。いや、そんなことは無い。それならば、民間ではなく悪魔をどうにかした方が早いだろう。三代支配者を追い込める技術を持ってすれば、それは容易い筈だ。

 拳が、デスクと衝突して大きな音を立てる。怒りに任せて振り下ろした己の拳が立てた音だった。

「何が目的だ……⁉︎DR上層は何を企んでいる……⁉︎」

「トウヤ……」

 隊長の憐れむような声も、打ち付けられた命令を前にしては届いていない。悪魔を殲滅させるのであれば、民間を巻き込む必要などなかったではないか。

 

「代表、情報操作は上手く行っているようです」

「そうか。そのまま計画を遂行しろ」

 DR本部の39階にて。エクサード緊急出動にあたって破壊された窓ガラスの修復が追いついておらず、仕方なく一つ下のフロアに佇んでいた。

「計画の第一段階は成功。人類と悪魔が対立する環境はもうじき全世界に広がりますが、何故それを隊員に統制させる意味が?」

 羽島の下卑た笑みは、簡素な街並みを見下す。いつしかこの本部を囲むようにして集まった悪魔に対するデモは、DRに助けを求めるよう群れていた。

「人間、禁じられたものには手を出したくなる。子供に我慢ばかりを強いる教育が悪影響と言われるように、悪魔へのデモを抑制することで更に過激化していくのだよ」

 俗に言う、カリギュラ効果というやつだ。禁止されればされるほど、実行したくなるというのは人間が持つごく当たり前の精神となっている。

「民は餌だ。こちらから獄に乗り込めば、明らかに勝算は薄くなる。だが、こちらに奴らを誘き寄せることが出来れば我らが優勢だ」

「成る程。ところでエクサードの修理と最終調整なのですが、能力向上に当たってはどのようなお考えで?」

 羽島はつまらなさそうな顔をして振り向く。その視線に負い目を感じつつも、研究員は返事を待っていた。

「……屠殺場の悪魔をできるだけ殺せ。そして、奴らのコアを私の元へ」

「しょ、正気ですか⁉︎代表がお使いになると……⁉︎」

「あぁ、私に扱えるようエクサードをカスタムしておけ」

 

 一夜が明けて、なんとなくこの屠殺場におけるシステムが理解できた。

 まず自身が置かれている状況としては、まあ羽島の言う通りだった。

 しっかりと三食が届けられ、水も与えられる。一度目の食事以降は鎖が解かれているが、格子の向こう側へ行くことは叶わないらしい。栄養バランスの取れたレーションらしきものだったが、依然この空気を制する匂いに慣れることはなく、食事は喉を通らなかった。

 だが、食わなければ死んでしまうと理解しているからだろうか。身体は少しでもと眼前の食事を欲していたが、それを満たすほど味は良くなかった。まあレーションというのはそういうものなのだろう。

 次には、システムだ。ずらりと並べられた悪魔たちが毎日檻の中で拷問を受け、死の間際を彷徨う辺りでようやく安息を与えられていた。死なない程度に実験を施し、万全になるまではただただ放置を繰り返される。

 悪魔のイメージに根強く残る地獄というのは、こういう光景の事を指すのかもしれない。

 ちなみに、隣の檻で拷問を受けていた悪魔は再生能力が優れていた。故に、自動で動く刃によって身体を二十四時間切断され続けていた為、永遠にその声が止むことはなかった。

 やはり再生というのも、不死身だとかとは違うようで痛覚がしっかりと働いていた。昨晩に限界を迎えたのか、その声は以来届いていなかった。いつしか機械音さえも鳴り止み、自身は一枚薄い壁の向こう側に死を並べて傍観していたのだ。

 先程研究員二人が牢を開け、中から惨たらしい死骸を引きずり出していた。その姿を視界の端で見て、強引にねじ込んだ先程の食事を足元に返すこととなる。

 最後に、屠殺について。回収された死骸はどうやら解剖されるらしく、カチャカチャと金属音を立てて肉が崩れる音が響いていた。その間のみ、どの檻からも音が止んで静寂が空気を支配する。

 どの悪魔も、次は己かもしれないと恐怖しながらその音を聞いているのだろう。

 人間と悪魔という二つの単語を善と悪に分類するならば、悪魔は人間を悪とするだろう。

 だが、人間である自身でさえも今ならばその意見に賛同できる。

 現在この牢獄の中で息をしている人間は自身のみらしく、本来失敗した隊員はすぐに殺されて存在そのものを抹消されるらしい。悪魔と違って殺害に対する目的がないため、いつまでもその場に放置されるのだとか。

 しかし、それがどうであろうとこの空間を劣悪としている環境に変わりはないのだろう。この空間がいつから存在していたのかは不明だが、DRの組織がどれだけこの牢獄の存在を厳重に隠しているかを考えるならば、それが明るみに出ることはないだろうと予想する。

 こんな具合で毎日がサイクルしていく。と言っても最早地下深くには朝と夜を確かめる術がないので、体感でしか無いのだが。

 そんな現状を纏めながら、ここに囚われて何日目かも分からないまま眠りについた。目を覚ます頃には、一体幾つの悪魔たちが死を遂げているのだろうか。

 同じ場に囚われているというのに、己だけが許されているようで居心地が悪い。きっとそろそろ、己の中にいっそ殺してくれという感情が生まれ始める頃では無いだろうか。

 

 そんな事を考えているうちにも、いつしか体感数日の間にこの劣悪な空気に慣れてしまっていた。それが当然だと言わんばかりに、失われた命の香りが身体を突き抜けていく。

 見慣れた縦横の金属に、相も変わらず響き渡る悪魔の怒号と悲鳴。その、何かのライブすらも彷彿とさせる声たちも耳を通り抜けていく。順応とは、案外簡単な事なのかもしれない。

「あーあー、うるさいねぇ全く」

 ふと、隣の檻から蚊の鳴くような声が漏れていた。先日遂に命を絶った悪魔が監禁されていた場所に、既に別の者が繋がれていた。

 声がした右側の檻に近付き、その姿を確認しようとするも、角度的にそれは不可能らしい。

「兄ちゃんは人間なのにここ入ってんのか」

 人間は自身しか居ないため、己に向けられた言葉だと察する。この悪魔は、どうやらこちらの存在を認識しているらしい。

「あぁ、色々あってな。お前は何かしたのか」

「いーや、寝て起きたらこのザマだ。何かしたなら是非聞いてみたいもんだぜ」

 聞き慣れた鎖が擦れる音を立てて、悪魔は答えた。呑気なその口調と口頭の通り、おそらくこの悪魔はただ単に誘拐されてきたという事だろう。

「俺も獄じゃあ、なかなか上位だって言われてた筈なんだがなぁ。なんでかこれは壊せねえや」

 続けて小さな笑い声を並べた悪魔の声は周りと比べて小さく、聞き取りづらい。衰弱しているのか元々なのかは分からないが、随分とゆったりした喋り方だった。

「こんな事をされたんだ。お前ら悪魔は人間を悪とするだろう」

「んー?いやぁ、この世にゃ正義しかねえと思うけどなぁ」

 悪魔は、続ける。その言葉を聞いた己がそれの示唆する意味を探している間にも、彼は少しだけ笑っていた。

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