第4話

 何かが壊れるような激しい音が、道場の空気を震わせた。竜馬が大の字に寝転がりざま、両の拳を床に叩きつけたのだ。投げ出された木刀が壁の方へと転がった。


「どうした? 腹でも痛むのか?」


 一巳が近づいてくる。


「どうせ拾い食いでもしたんだろう」

「だから! 誰がサルだよ!」


 一巳がいつもの憎まれ口を叩きつつ、竜馬の行動を訝しんでいるのは見おろす視線でわかった。当たり前だ。竜馬が一方的に、自分の方から稽古を中断するなど、今まで一度もなかったからだ。


「病気ではないんだろうけど……、両手が変にムズムズするんだ」


 竜馬は勢いよく叩きつけたせいで微かに痺れる手の片方を、もう一度じっと凝視めた。


「腕も火でも噴きそうに熱い。大げさじゃなく、血が沸騰してる感じだ」


 思えば半年ぐらい前からだろう。一巳と戦うたびにこのムズムズ感に苛まれ、でも、それは精神的なものだと思っていた。一巳に勝てない焦りやもっと強くなりたい欲望から生まれた、幻の感覚だ。

 しかし、たった今、そうではないことに気がついた。

 現実なのだ。リアルに二本の腕はかっかと熱を帯びている。五本の指も、持ち主の意志を無視して勝手に動き出しそうに落ち着きをなくしている。


「……変身? 羽化? うまく言えねえけど、このまま放っとくと肩から先が別の何かに変わってしまいそうだ。━━お前は? そんな感じはしないか?」

「いや……」


 ふと見れば、一巳の視線は竜馬を離れ自分の足元に向いていた。


(? 一巳?)


 口では否定しているが、ひょっとして一巳も同じなのではないだろうか? 竜馬と同じ、奇妙な感覚に煩わされている? ただし、手や腕ではなく両足に覚えているのか?


 自分たちらしくない、互いに戸惑っているような沈黙を蹴飛ばしたくて、竜馬はわざと弾みをつけて起き上がった。バサリと袴を鳴らし、これもまた皮膚の分厚くなった素足を投げ出した。


「昨夜、俺、あの番組見たんだ。信じる? 信じない? あなたはどっち? ってやつ」

「俺も見た」


 一巳は竜馬の隣に腰を下ろした。


「裏歴史っての、面白そうだよな。もしプレーヤーに選ばれたら、想像もできないぐらい強い相手と戦えるんだぞ。わくわくするな」


 竜馬の口から自分でも思いもかけない言葉が出た。

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