いなくなった日

夕日ゆうや

壊れた世界

 俺が視線を巡らせると、そこには16歳、妻になった友子ともこの姿が映る。

「おはよう。リクくん」

「うん。おはよ」

 俺は机に突っ伏し、伸びをする。

 と、隣の席の友子はクスクスと笑う。

「いつも放課後まで寝ているね。テストは大丈夫なの?」

「まあな。でもキミがいてくれて良かった」

 愛していると、告げるべきだった。

 ぎゅっと抱きしめ、友子のぬくもりを感じる。

「暖かいね」

「ああ。俺にはお前が必要だ。だからいつまでもそばにいてくれ」

「うん。うん!」

 友子は一筋の雫をこぼす。

 俺は友子と一緒に添い遂げるのだ。それでいい。

 友子が死ぬときは、俺も死ぬときだ。

 だから一緒にいよう。ずっと一緒に。

「ううん。違うよ。あなたにはまだ大切な人が残っているでしょ?」

「そ、そんな……! 俺は友子がいなくちゃなんにもできなんだよ」

 しわがれた声が耳朶を打つ。

「じゃあ、約束。ここに来るなら今度はを連れてきて」

「……彩美あやみはもうわしとは関係なく育っている。わしは必要ないのじゃ」

「そうじゃない。大切な人はそばにいるだけでいいの。それが愛なんだから」

「愛。ならわしが友子と一緒にいるのも愛じゃ」

「こんな電脳世界で、しかもAIに任せた感情と言葉で、でもあなたはまだ前に進める。まだ歩く足がある。つながる手がある」

「……」

 言葉を失う。

 わしは今、友子と話しているわけじゃない。

 AIと話しているのか。

 そう考えると、ここにも希望はないと悟った。

「ログアウト」

 最新の技術で脳髄の電気信号のやりとりから作り出すVR世界。

「おじいちゃん。帰ってきたのね。良かった~」

 彩美がホッと胸を撫で下ろすと、わしの細くなった手を握る。

「なにかあったら、今度からはちゃんと連絡して。米寿おめでとう」

 AIの言ったことは友子の言いそうなことを分類・処理し、言葉にしたものだ。

 なら本当の友子もそうだったんじゃないか?

 そうか。わしはもう八十八歳なのか。すっかり忘れておったわい。それだけ、VR世界が心地良かった。友子と会えるのだから。

「心配したんだから。これで二十件目らしいわ。VR世界から帰ってこない人」

「ああ。心配をかけた。わしはまだ生きていていいのかえ?」

「当たり前じゃない。さぁ。孫の宗太しゅうたに会いにいくよ」

「ああ。そうじゃな」

 わしは娘に手を引かれ、孫のもとに向かってあるいていく。

 過去から決別したわけじゃない。

 妻がいなくなった日から、日常は失われた。わしに日常はやってこない。

 でも、娘たちとの生活を、今はそのために生きようと思う。


 わしにはまだ生きる意味があるのだ。

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