米寿幼女の一閃

一陽吉

士乃恵おばあちゃん

「さっさと斬って、ビールを飲むのじゃ」


 そう言って笑う私のおばあちゃん。


 八十八歳。


 つまり米寿。


 本来ならお年寄りだけど、その身体からだは十歳以下。


 娘と並ぶと姉妹のように見える。


 まあ、その原因は私にあるのだけれど。


 二十歳のとき、私は家業である退魔剣士として魔物と戦った。


 だけど、私は不意をつかれて瀕死の重傷を負い、呪いまでかけられたしまったのよね。


 そこでおばあちゃんは禁呪を使って私を助けてくれたけど、その代償として大人の身体を失い、老いることができなくなった。


 老いることができないって、いいことのように聞こえるけど、要は肉体的に成長や変化がしないってこと。


 死ぬまでずっと幼女でいなければならない。


 それでも悲観することなく「現役を続けていられるわい」とか言って笑顔をみせるおばあちゃん。


 私を助けるために、そこまでしてくれたことは感謝しかないし、明るく前向きな気持ちや姿勢は凄いと思う。


「──さて、お出ましのようじゃ」


 !


 おばあちゃんの声と同時に気配を感じて向くと、そこには人型のもやみたいなのが現れた。


 これが今回の目標である、人間や動物の生気を吸う魔物。


 幽魔ゆうま


 実体を持たない魔物であり、通常の物理的な手段では倒せないもの。


 夜中、林の中にある古寺付近に出現するということで待ち伏せていたけど、情報どおりね。


「私がいくわ」


「うむ。気をつけてな」


 そう言っておばあちゃんは腕を組んだ。


 夜刀よがたな家歴代最強とうたわれたおばあちゃん。


 このくらいの幽魔なら刀気だけで滅することができるんだろうけど、それでは私の経験にならないし、頼りっぱなしというわけにもいかない。


 私だって一児の母になった大人であり、一人前の退魔剣士なんだから。


「一閃!」


 飛び込んで刀気をまとった居合斬りをする技で、幽魔を上下に両断。


 青い粒となって消えていった。


「腕を上げたな。だが、本命は別にあるようじゃぞ」


「え?」


 振り向くと古寺から新たに幽魔が現れた。


 体長が十メートルくらいで胴の太さは一メートルほどもある大蛇の幽魔。


 こちらも靄がかかったかんじになっているけど、鎌首をもたげてこちらを見下ろしている。


「くっ……」


 あれだけ大きいと人間なんて一飲みにできるだろうし、身体を巻きつけてそのまま生気を吸うことだってできる。


 近づいてはダメだ。


 刀気の斬撃を放って遠距離から攻撃するしかない。


 一撃では倒せないだろうから連続ね。


 私の体力が持てばいいけど。


「下がっておれ。こやつ、長引けば逃げてしまう恐れもあるでな」


 そう言っておばあちゃんは前に出た。


 私と同じ夜刀家の巫女装束を着るおばあちゃん。


 初めて見たときに大きく感じた背中は、小さい身体になったいまでも変わらない。


「で、でも」


「これは見とり稽古じゃ。よいな」


 するとおばあちゃんは静かに構えた。


「神格、一閃」


 ──────────────────────────。


 呟いたかと思うと、音もなく青い閃光が飛んだ。


 その青い一筋の光は大蛇を真っ二つにし、青い花びらを撒き散らすようにしてその存在を消していった。


 そしてその時になってはじめて、その閃光がおばあちゃんの疾走とともに発せられたものだと分かった。


「これが神格……」


 夜刀家では技の最上位に、神格とつける。


 だから、私がやった一閃の最上位が、いまおばあちゃんが放った神格一閃。


 いつ動いたかも分からぬ間に飛び込み、有無を言わさず斬り捨てる。


 長年にわたって練り上げられた刀気と技術によってできる技。


 身体は関係ないってことだけど、私にはまだまだだな。


「さて、仕事は済んだ。宿へ戻るとしよう」


「はい、おばあちゃん」


「ビールが楽しみじゃ」


 無邪気な笑顔。


 あの時もそうだった。


 それを見ただけで安心感に包まれた。


「そうね。私が買っておくわ」


 強くて優しいおばあちゃん。


 ビールが大好きなおばあちゃん。


 いつまでも変わらないでね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

米寿幼女の一閃 一陽吉 @ninomae_youkich

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ