第29話 離叛の代償
双眼鏡を覗いた先には小さい島のようなものが見え、
すぐに何かおかしいことに気づいた。
「あれ、動いてない・・・?」
島のように見えたものはもぞもぞと動いているように見えた。
ただこの距離からだとわかりづらいが、アリスも同感した。
もう少し近づるかと船長に尋ねると、いやそうな顔を浮かべて答えた。
「近づくもなにも目的地の島はあの近くなんだよ。 回り込めば行けるから、もう少し近づいてから迂回するけどいいかい?」
了承し、再び甲板に出ると、レイが1人で島の方角を見ていた。
「あれはおそらく”離反者が生んだもの”だよ。」
彼女は島の方角を見つけたままぽつりとつぶやいた。
「なにか知っているの?」
「うん、昔私が育った施設であのマークを見たことあるの。」
彼女が言ったマークを探そうと双眼鏡を覗きこむと、
「違う、そこじゃない。 空。」
彼女に促されて空を見ると、さっきまで穏やかに見えた空はその島の上空だけ
雲に覆われていた。ひどい稲光りがしており、下の島を照らしていた。
「マークってあの雷のこと?」
「うん、あれは禁忌を犯した者への怒りだって言ってた。」
おそらく、あの稲光と雲をマークと言ってるのだろう。
禁忌を犯したなんて聞いたことがないから、彼女の言うことをにわかには信じがたかった。
「すみません、 その"離反者が生んだもの"とは?」
いつの間にか後ろに立っていたソラ君が僕に尋ねた。
「僕みたいな天使と契約した家系と悪魔で成した子のことだよ。 文献では、人を喰らう悪魔を産むため、禁忌とされてる。」
もう一度双眼鏡で確認すると、さっき船室で見た時より、僕らがいた島国に向かって移動しているように見えた。
「よくわからないから、思い切り近づいてくる。」
船の端に立ち上がり、雨除けのフードを被って意識を集中した。
―― 固有霊術 “瞬転” ――
瞬間移動で小さな島に見えていたものに降り立ち
観察すると、それは生き物のようであり、
人型の首から先がない姿に見えた。
(ふらふらしながらも歩いてる。 人が多くいる国を目指してるのか・・・)
「辞めろ! お前、何しにきた!?」
僕が立っている頂上部分より下に、同じ教団の防護服を着た細身で黒髪の30代過ぎくらいの男性が張り付くようにしていた。
「帰ってくれ!!邪魔するな!!」
「そういうわけにもいきません!
これは、あなたが・・・?」
「これは俺のことだ! 帰ってくれ!!
すぐに落ち着かせる!」
かなり焦った様子でこちらの話を聞こうとしていない。ただ懸命に首なしに呼びかけている。
彼の側に降りて、ぐっと手首を握りしめた。
「痛ってえ! なにするんだ! ほっとけよ!」
「これを止める手立てを知った上で、禁忌を犯したんですか?」
「うるせえ! 上手くいくかもって思ったんだ。
上手くいけば、終わらせられたかも知れなかったんだ!」
上手くいくかもとは何かわからなかったが、
これはまずい状況だと言うことは確実のようだ。
「あなたが止めれないなら、力ずくでも止めます。
このまま僕がいた国にたどり着くようだと、もっと大勢の犠牲が生まれる。
あなただって退魔師であるなら分かってるはずです。 これはもう人なんかではない。」
激しい雨音と、稲光が鳴り響く中、
僕の言葉に沈黙していたその男性は脱力したようにうなだれた。
「・・・この奥から気配を感じる。
おそらく俺たちと違い、魂の器と中身のバランスが不安定なんだろう。
器を壊せばこいつは止まるはずだ。」
自分に言い聞かすように男性はつぶやいた。
「話していただきありがとうございます。
僕はイチです。」
手を出して握手を求めると、彼は応じてくれた。
「"ハク"だ。」
応援を呼んでくることを約束し、一度船に戻ることにした。
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