第6話 無言の帰還

「マサトさんってどんな人でした???」

移動中の車内でさくらが優しい口調で僕に聞いてきた。

マサトのことを考えないようにしてきたが、いつまでもめそめそしてると怒られそうな気がしたから、僕は答えることにした。

「本当に優しかったんだよ。 もう一人のお兄ちゃんみたいだったね。

 出会った頃はそんなんじゃなかったけど、ほんとに年下の面倒見がいいんだよね。」

思い出すと、思わずまた涙が出そうになる。

「本当の家族のようなものだったんですね。」

「うん、頼りになる兄。 この人みたいになりたいって思っちゃう人だった。

 今の退魔師の仕事も一緒にタッグ組んでもらって、数えられないくらい助けれたし

退魔師になる訓練もずっと付き合ってくれた。」

さくらに話していると、すべてのことが昨日のことのように思い出す。

「ありがとう。 なんか話していると元気出た。 

 さくらもつらいのに、こんな目に合わせてしまってごめん。」

「つらいのはお互い様だよ。 一緒にがんばろ。」とほほ笑んでくれた。


「あ、見て!!」

川沿いの道を走るうちに、さくらが外を見つめて声を上げた。

「私と同じ名前の花。この時期は毎年きれいに咲いてるよね。」

僕は路肩に車を止め、外に出て道沿いに咲いた花を二人で眺めた。

「きれいだね。」

「うん、ほんと。 この花って咲いているのも好きだけど、風に吹かれて散っていく様も儚くてきれいなところが私は好きなの。」

この日も風に揺られて、花びらが散っていた。

「そういわれるとそうだね。 散っていくことはマイナスなイメージだったけど、

今変わった。」

日の光に照らされたその風景は、昨日とはまったく別の世界にいるように感じた。

ピンクの花びらの間から風に揺られるたびにちらっと見える青空、大きな幹の茶色、青空を反射してきらきら青白く輝く川。 まるで世界が虹色に光ってるみたいだ。

「ちなみに、花言葉は知ってる?♪」

「え? いや、そういうの疎くて・・・ 教えてよ!」

「じゃあ教えない! こういうのは自分で調べないと意味ないんだよ。」

さくらは笑っていじわるな回答をした。

「え!?別にいいじゃん!」

「・・・ダメだよーーー!」

僕らは笑いながら目の前に広がる風景を並んで見ていた。

(きっと一人だと、この風景に気づかなかったな。 

こんなにもこの世界には素敵な場所があったんだ。さくらに教えてもらったこの風景は一生忘れられないな。)



「そうだ。 もう完全に呼び捨て・ため口でいいからね。 僕のことは。」

「そう? もうタメ口にしてたけど、そうするね。」

教団に向かう道中で彼女と少しだけ打ち解けた気がした。



「ここだよ。」

悪魔の襲撃から1日後、ひたすら東に車を走らせマサトと子どものころ一緒に育った孤児院に着いた。

時刻は午後3時になり、広場には数人の子供たちが元気に遊んでいた。

「なんか懐かしい感じ。 学校みたい!」

さくらが感激したように声を上げた。

「少子化で廃校になった校舎を利用してるんだ。」

なるほど、なるほどとさくらはうなづきながらつぶやいた。

この孤児院は退魔師の教団の管理下にあたり、悪魔で家族を失った孤児の生活の支援をしている。

「まずはここで子供たちの面倒を見ているエイシンさんとシホさんにあいさつしに行こう。」

僕たちは布で包んだ遺体を抱え、校舎へ向かおうとした途中に後ろから声をかけられた。

声のした方へ向くと、みんなのお母さん的な存在のシホさんがいた。

「お久しぶりです。 シホさん。」

うるうるした瞳が特徴的なのは変わってない。

「どうしたの? こんな時期に帰ってくるなんて。」 シホさんは心配そうな表情で尋ねてきた。 

「今日は報告が合ってきました。」

そう答えると、シホさんは僕たちが抱えてるものを見た後、察したようにいつもの優しい顔に戻った。


「僕を庇って・・・マサトが命を落としました。 ごめんなさい。僕が弱かったばっかりに」

そう伝えると、シホさんが悲しそうな顔を浮かべるのが見えた。

「マサト君はイチ君をそんな風に思う子じゃなかったよ。 

 今日みんなでお別れを言いましょう。」

優しい口調で声をかけてくれた。


その夜、施設のみんなを集めてマサトを弔った。

(マサト、これから一人でやっていけるかな。もう少し頼りになってほしいって言ってたけど、少しだけ怖い。)


「元気そうでよかったよ。」

この孤児院の管理人であるエイシンさんが、みんなが寝静まった後にマサトのお墓の前にいた僕に尋ねた。

「エイシンさんもお元気そうで何よりです。」

「いや、もう少しで60になるぞ。」

子供のころからお世話になっていて、口数が少ないが優しい言葉をかけてくれる。

「いつ出発する予定なんだ?」

「・・・わかりません。 正直今は怖くなりました。

悪魔との戦闘で戦死者が出るのはもちろん知っていました。でも、こうやって自分の身近な人が死ぬのがつらくて。 命がけの仕事だということに覚悟はしていましたが。」

自分の死ぬのは特別怖くなかった。 ただ、仲間や親しい人を守れるのか自信がなく、

死をまた見ることが怖かった。

今回の戦闘で自分の力不足をひどく痛感した。

「そうか、俺は別に仕事辞めてもいいと思うぞ。」

返ってきたのは、予想していない意外な言葉だった。

「人生1回だ。 お前が何をやるか決めろ。

そういえばお前がまだ施設にいたころ、退魔師になるって聞かなかった頃が懐かしいな。

悩んでいるなら決まるまでここにいてもいいぞ。 ここはお前の家だ。」

そういうと、エイシンさんは戻っていった。

「あ、そうだ。 畑仕事は手伝えよ。 ここはほとんど自給自足だ。」

「はい、了解です。」

自分に戦う力があれば両親を守れたかもしれない。 そんな夢みたいなことを考えていたから”退魔師”になることが目標だった。 でも、マサトを失った今、自分は守られている立場であったこと、何も守れていなかった現実にひどく打ちのめされた。


その日は孤児院の管理人室に2人とも泊めてもらい、

朝目を覚ますと、みんなの姿がなかった。

校舎の声のする方に向かうと、教室でさくらが子どもたちの前に立ち、

子ども6人の前で授業をしていた。

その光景を呆然として見ていると、後ろの方からエイシンさんに声をかけられた。

「起きたなら畑手伝えよ。」

(まあ、指令も来ていないし、ちょうどいいか。)


「子どもたち、みんな元気でかわいいよ。」

夜ご飯を食べながらさくらがうれしそうな表情で報告してきた。

「私、お母さんに勉強できて困ることはないよって言われてきたけど、本当。役に立ってる。」

話す様子から、出会った時のさくらより元気になって安心した。


「イチにーちゃん。 これ食べれなから食べてー。」

最近入力したばかりのという歳女の子が、僕の隣にきてニンジンをフォークで

ツンツンして見せた。


「だめだよ。 好き嫌いしちゃ。」

「でも、嫌い・・・」

「じゃあこうしよう。 お兄ちゃんが1個食べるから君も1個頑張って食べよ。

 残りはこのさくらおねえちゃんが食べてくれるから。」

「ちょっと!!」

「じゃあせーので食べるよ。 大丈夫! せーのっ!」


その子は眉間にしわを寄せながらごっくんと飲み込むようにして食べきった。

「食べれた!」

「えらい! じゃああとはさくらおねえちゃんに。」

その子はさくらに皿に残った2切れのニンジンを差し出した。


「まったく。2人とも。 今日だけだからね。」





そんな孤児院での生活が2.3日続いたころ、さくらにこれからのことを相談した。

「教団に向かう話だけど、さくらはどうしたい? ごめんだけどシホさんには

さくらのことを話したんだ。 それで、さくらちゃんがいいならここで働かない?って

言われてて。」


ぼくはここ数日間のさくらの様子から、ここで過ごすのも悪くないと思っていた。

「んー。でも私はイチ君についていくよ。

こう言っちゃうと語弊があるかもしれないけれど、ここで過ごすような子どもたちをなくしたい。 教団に入ればお手伝いできるかもしれないから。」

「わかった。そう伝えておくね。」

僕は彼女に背を向けてシホさんにさくらの意見を伝えた。

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