第43話 柚乃とリナ②

「——ご、ごめんごめん。ウルッてきてさ」

 そのリナの言い分と表情を見て、どこか噴き出すような笑みを見せる柚乃がいる。


「あは、でも実際にお兄ちゃんを見たら、『えー』ってなると思いますよ。今聞いた姿とはギャップがあると言いますか、抜けてるところは本当に抜けてる人なので……」

「いやあ、完璧すぎるのもアレだし、そのくらいがちょうどいいって!」

 人間、欠点ある方が魅力的だと言う。

 正しく柚乃の兄に当てはまっていることだろうか。


「……これは別に変な意味じゃないんだけど、その話を聞くと、一度お兄さんにご挨拶をしてみたくなったり」

「お兄ちゃんはゲームが好きなので、リナお姉さんもゲームが好きでしたら話が合うかもですね」

「へえ、ちなみにどんなゲームをしてるの?」

「えっと、女性の方はあまりしないゲームだと思うんですが、銃を使うゲームで……ABEXというゲームにハマってるらしいです」

「えっ!? そ、それはそれは……」

 無意識に眉をピクつかせるリナ。

 自分にとっては馴染み深い名前で、生活の基盤となっているゲームなのだ。

 こんな反応をしてしまうのは当然のこと。 


「高校のクラスメイトも話題にしてるので有名だとは思うんですが、リナお姉さんは聞いたことありますか?」

「まあなんていうか……こんなことは言いふらしたりしないんだけど、あたしがそのABEXのプロチームに所属してるっていうか」

「——へ」

 この返事を聞いた瞬間、頓狂な声を出して目をまんまるくする柚乃。


 つい先ほど『女性の方はあまりしないゲームだと思う』という発言をしてしまったのだから。

『なので知らなくても大丈夫です』という含みのあるフォローをしたつもりが、まさかの失言になってしまったのだから。


「そ、そそそそれは本当にすみませんっ! ププププロの方に失礼なことを言ってしまって!!」

「やーやー。全然だいじょぶだって。実際プレイ人口はめちゃくちゃ男の人が多いしね」

「そ、そう言っていただけると助かります……」

 悪意のない言葉だったのは十分伝わっている。

 このように軽く流せないような人間はいないだろう。


「……お、お話は変わるんですが、リナお姉さんはそんなにすごい方だったんですね。プロになるのは難しいってお兄ちゃんから聞いたことがあって……」

「まあ、ありがたいことにご縁が大きいところもあってさ」

 プロチームに所属し、その名を背負っている身として、謙遜するというのは良くないと言われることもある。

 しかし、ここはどうしても割り切れない部分があるリナである。


「でもABEXにハマってるなら、柚乃ちゃんのお兄さんはあたしのこと知ってるかもしんないね」

「絶対に知ってると思います! ここだけのお話なんですけど、お兄ちゃんは配信活動もしてて!」

「は、配信!? マジで!?」

「はい! チャンネル名とかは全く知らないんですけど、登録者さんがたくさんいてもらえる銀の盾を持っているんですよ!」

「ウ、ウッソ……。それ、めっちゃすごいじゃん……」

「そうなんです。本当にすごいんです」

 春斗が配信していることは、今までに誰にも言ってこなかった柚乃。

 今回その殻を破ったのは、ABEXのプロチームに所属している相手で、配信活動を理解してくれるだけでなく、褒めてくれると思った相手だから。


 そんなリナだから、“身バレしない程度”で自慢したくなる。

 それくらい春斗のことを誇りに思っている柚乃なのだ。


「あのさ、それってマジでバケモノ級にすごいよ……? 視聴者も人間なわけで、異性に興味を持つことが普通だから、配信は同性を集めるのがめっちゃ難しいんだけど、そんな環境下なのにプレイ層が主に男のABEXゲームで盾貰えるくらい数字出してるって……。エグいよホントに」

 饒舌になってしまうのは、自身も配信活動をしているリナだから。

 配信を伸ばすために分析した経緯があり——異性メインのゲームで配信をした方が注目を集めやすく、定着率が高かったという体験をしているからこそ、10万人以上の登録者数で得ることができる盾の情報に驚く以外なかったのだ。


「も、もしかして私が思っている以上に……なんですかね?」

「ABEXでチャンネル伸ばすことができてる男性配信者ってマジで少ないからねえ……。この業界にとって間違いなくかけがえのない存在だよ」

「え、えええ……」

 このように言う相手が業界人なのだ。言葉を疑う余地すらない。

 ただ、同じ屋根の下で暮らしている春斗が……というのは、驚きの感情よりも意外な感情が勝つこと。


「ちょーっと聞きたいんだけど、柚乃ちゃんのお兄ちゃんって今配信中だったりする?」

「いえ、今はお仕事に出かけてます。お休みも少ないくらいで」

「ん!? そんなに登録者がいるのに、めちゃくちゃ働いてんの!? 配信にプッシュしてないわけ!?」

「そ、そうですね……」

 チャンネルの詳細は聞けてないが、『10万人以上の登録者がいる配信者』という時点で、生活に困らないだけの収益を得ているのはほぼ間違いないこと。

 波に乗っているなら、チャンネル運営に力を入れた方がメリットが多いだけに、『宝の持ち腐れ』と例えても間違いではない状況だ。


「私自身、お兄ちゃんには好きなことをさせてあげたいので、シフトを減らすか、専業になっても、と伝えているんですが……」

「あー。お兄さんの性格からして、『生活費だけは絶対に安定させたい!』みたいな感じじゃない?」

「です……。生活費が安定していると私が学業に集中できるから、という思いがあるらしくて」

「なるほどねえ。イイお兄さんだこと、ホント」

『もっと有名になれる』

『さらなる収益が得られる』

 そんな高確率の現実が目の前に転がっていることがわかっていても、家族のことを考えたら当然の選択だと。

 ——リスクのない安定策だと言われたら、その通りでしかないこと。


「私、そんなお兄ちゃんにキツく当たってしまうこともあって……本当に情けないです」

「にひひ、素直になれる時がきたらちゃんとお礼を伝えないとだね」

「……はい。もし伝えることができなかったら、両親が見守ってくれている天国に行けないと思いますから」

「天国に行けたとしても怒られちゃうだろうしね?」

「ふふ、間違いないです」

 冷酷なことを肯定する返事でもあるため否定するべきところだが、鼓舞するためにあえての言葉を選んだのだ。


「あの……それでどうしましょう? リナお姉さんは私のお兄ちゃんに会っていきますか? 今日は19時頃に帰ってくると思います」

「それじゃあご挨拶だけさせてもらおうかな。交流が一つでもあれば、今後なにかしらのイベントに招待しやすいしね」

「本当ですか!?」

「そんなにいい人には是非参加してもらわないとだしね」

 目を細めて言い切る。 

 柚乃の兄の存在にますますの興味が湧くリナだった。

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