第44話 柚乃とリナ③ と再会

「さて、柚乃ちゃんのお兄さんにはどんなイベントに声をかけさせてもらおうかな〜」

 そんなリナの声に対し——。

「ありがとうございますっ!」

 と、嬉しさを露わにするように語尾を跳ねさせる柚乃。

 自分のことのように喜ぶことができるのは、それだけ春斗に恩を感じているから。


「……やった」

 こんな巡り合わせになるとは思ってもいなかったこと。そして、春斗が絶対に喜ぶこと。

 ニマニマが止まらない柚乃だったが……。「あっ」との声を出し、我に返るのだ。


「うん? どしたの柚乃ちゃん」

「あ、あの……。ほ、本当にすみません。やっぱりお兄ちゃんはイベントの参加は……難しいかもしれません」

「えっ!?」

「えっと、こればかりは本当に詳しく言えないのですが、配信のお兄ちゃんは嫌われキャラなので、周りの方々が許してくれないのかなと……」

「ちょ、待って待って。そんなことある!? めちゃくちゃいい人じゃん」

「いい人なんですが、そんなことがありまして……」

 貴重な言葉をかけてもらったからこそ、申し訳なく伝える。

 これは、春斗がどのような配信をしているのかを知っているから。

 万人受けするようなスタイルを取っていないからこそ、予め伝えるのだった。


 *  *  *  *


 夕暮れの空も変わり、月明かりが差す時間帯。

 雑談を交わしながら料理を作り終えた後のこと。

『テテテテテテテン』と、リズミカルな音楽が柚乃のスマホから鳴る。


「っ! お兄ちゃんから電話来ました」

「お仕事終わった感じかな? 遠慮なく取っちゃって」

「ありがとうございます。通話はスピーカーにしておきましょうか? 声を聴くとよりどんな人なのかわかると思うので」

「柚乃ちゃんにお任せするよ」

「では一応スピーカーにしておきますね。お兄ちゃんには悪いですけど、聴かれて困るようなお話も特にないですから」

 言葉の通り、春斗には不親切な対応を取ってしまうが、ここは恩のあるリナを優先するべきところ。

 話をつければ、『応答』のボタンを押し、次にスピーカーを押して、通話を開始させた。


『あ、もしもーし、ゆー?』

「もしもし。お兄ちゃんお仕事終わった?」

『うん、今終わったところ! って、早速本題なんだけどなにかあったの? バイトが終わったら絶対連絡してってメッセージが届いてたから』

「その件なんだけど、今日の下校中に自転車のチェーンが外れちゃ——」

『——それ大丈夫!? 転けてない!? 怪我してない!?』

「こ、声大きいって……。スピード出すような道とかないし、怪我もしてないから……」

 言い終わる前に声を被せられる柚乃。

 チラッとリナを見てみれば、クスクス笑っている。

 聴かれて困るようなことはなにもないが、こればかりは恥ずかしく思う柚乃である。


『ならよかった……。あ、それで俺がゆーの自転車を持って帰ればいいってことだね。どこに駐輪させてるの?』

「いや、自転車が動かなくなって困ってたところでお姉さんが助けてくれて。噛んでたチェーンを戻してくれたから、動かせる状態になって家にあるよ」


『それは優しい人に出会え……ん? チェーンを戻してくれたってそれ、手が黒くなってたでしょ!? どこに住んでるとか聞いた? お礼しに行かないと!』

 春斗もまた同じなのだ。

『人になにかしてもらった時はちゃんとお礼をするように』ということを親から口酸っくして言われていたのは。

 柚乃と同じ行動を取るのはごくごく自然なこと。


「うん。だから洗面台を貸したりとかのお礼を兼ねて、お家に招いてご飯をご馳走するようにしたから、私を助けてくれたお姉さんが今いるからねって連絡をしたくて」

『ゆー! それさすがっ! じゃあお礼品を買ってくるから、自分が家に帰るまではなんとか引き留めるようにお願い!!』

 当然、この内容はリナにも聴こえている。


『お礼の品』の言葉を聞いて再びリナに視線を向ければ、手を左右に振っている。

『お礼はだいじょぶ』との気持ちを理解する柚乃だが、両手でバッテンを返しながら通話を続けるのだ。


「ありがとうお兄ちゃん。お仕事終わりなのにいろいろごめんね」

『全然全然! なにも負担じゃないから。あっ、そのお姉さんに好きなものを聞くことってできない? それに沿ったものをお渡しするのが一番喜んでくれると思うから!』

「甘いものが好きって言ってたよ。お姉さんゲームするらしいから、ながらで食べられるような手軽なものがよさそうかも」

『了解! じゃあお店入るからまた! お姉さんには兄がもうちょっとしたら帰ってくるってことを伝えててね』

「わかった。急がずに気をつけて帰ってきてね」

『あはは、ありがと。ゆーは高校お疲れさま』

「ん、それじゃ」

『うん、またね』

「はーい」

 春斗の最後の言葉に返事をして、通話を切る。


「……と、今のが私の兄です」

「めちゃくちゃ親しみやすそうなお兄さんなのはわかったけど……さ? 柚乃ちゃんは柚乃ちゃんでそんなに気遣わなくてよかったのに」

「こればかりは親の教えですから」

「もー」

 このように言われたら誰だって言い返すことはできない。

 ほんのりとした抵抗を見せるも、観念するしかないリナである。


「それにしても、通話で聞いた感じのあのお兄ちゃんが嫌われキャラを演じてるっていうのホント驚きだよ。どう考えても組み合わせ悪くない?」

「あはは……。正直、私もそう思ってます。配信をする時は台本を用意してないとすぐにボロが出るくらいの人ですし」

「だ……台本?」

「も、もちろん演劇で使われるようなキッチリしたものじゃないですよ! なんと言いますか、その時々で使える攻撃的なセリフ? ですかね」

「へ、へえ〜……。それはそれは」

 この時、ハッと心当たりを見つけたリナは口に手を当てるのだ。

 驚きと動揺をこの仕草で噛み砕くのだ。


「……でも、リナお姉さんが教えてくれた配信市場のことを聞いて、お兄ちゃんがなんで相性の悪いものをあえて選んだのか納得しました。一人の配信者として同業さんと戦えるように一生懸命立ち回りを考えたんだなってわかって……。結果、ますます頭が下がってしまいますけど」

「配信で得たお金は柚乃ちゃんの学費に回すようにしてるくらいだもんね、オニーちゃんは」

「む、無理だけはしないように改めて言おうと思います」

「ふふ、それがいいね」

『配信で得たお金は柚乃ちゃんの学費に回すようにしてる』ことをどうしてリナが知っているのか。

 それに柚乃が気づかないのは、恥ずかしくなってしまう内容だったから。そして、照れ臭い内容だったから。


「いやあ、早く帰ってこないかねえ。柚乃ちゃんの自慢のオニーちゃんが」

「そ、それお兄ちゃんには内緒ですからね……」

「にひひ、りょーかい」

 柚乃がここまで尊敬する相手で——兄の正体に8割ほどの確証を得たリナはもう挨拶を楽しみにするばかり。


 ——そして、待ち遠しい時間が何十分と続いただろうか。

 リナは人生で一番の驚きに襲われるのだ。

 玄関のドアが開いてすぐ。

「あー! 柚乃が本当にお世話になりまし……た!?」

「んっっ!? は!? なんで!? あの時のカフェのお兄さんじゃん!?」

 顔を交わした瞬間、初対面ではないことが判明したことで。


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