第42話 柚乃とリナ①
互いに優しい心を持っているからこそ柚乃とリナの相性はよく、初対面だとは思えないくらい会話を弾ませながら歩くこと15分。
「お〜。立派な一軒家!」
柚乃の自宅に着けば、早速の声を上げるリナである。
「ありがとうございます! このお家は生前に両親が残してくれたものでして」
「なるほどねえ。ご両親はさぞかし誇らしく思ってると思うよ。まだ高校二年生なのに、こうした振る舞いができて、大切なお家に招待してる柚乃ちゃんだからさ」
「あは、そうだと嬉しいですね」
「社会人のあたしがそう思うもん。絶対そうだって!」
『あ、ごめん……』と、謝ることで暗い空気を作らず、前向きの言葉を伝えて明るくさせられるのはリナらしい性格だろう。
実際に温かくなった気持ちで鍵穴に鍵を挿し、玄関を開けた柚乃は早速中を案内する。
「リナお姉さん、お手洗いはこちらです」
「お邪魔しま〜す。って、ごめんね、柚乃ちゃん。遠慮なく使わせてもらうよ」
「いえいえ、手を汚させてしまったのは私のせいですから。タオルはかけているので、自由に使ってください。お手洗いが終わったらこちらのリビングにまでお願いします」
「はあ〜い」
元気な返事で答えて洗面台を利用するリナは、手についた頑固なチェーン汚れをハンドソープで落とし終えた後、整理整頓された綺麗なリビングに入る。
そこにはもうテレビをつけ、キッチンで料理の準備を始めている柚乃がいた。
「ゆ、柚乃ちゃんごめん。ちょっと洗剤使い過ぎたかも」
「全然気にしないでください! チェーンの汚れなので、たくさん使わないと落ちないですから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
初対面の相手ではあり、なにかと苦労している家庭環境であるのは間違いないため、使えば使うほどに申し訳なさが出ていたのだ。
理解してもらえると安堵する。
「あの、リナお姉さんはアレルギーとか嫌いな食べ物はありますか?」
「ううん、マジでなんでも大丈夫だよ〜。聞いてくれてありがと」
「いえいえ、では料理を作っていきますので、テレビを見ながらでもゆっくりされてください」
ニコッと笑顔を浮かべた柚乃は、冷蔵庫を開けてさらに食材を選別している。
すでに台所に置いている大量の食材からしても、最大限のもてなしをしようとしているのは明白。
そして、料理を嗜んでいるリナだからこそ、たくさんの食材を扱う大変さは理解している。
「ねえ、柚乃ちゃん。せっかくだから一緒に作らない? あたしこう見えても料理好きなんだよね」
「えっ!? でもそれでは……」
「好きなことをさせる分にはバチは当たらないって! むしろ重ねてお礼できるって言い方もできるじゃん? 柚乃ちゃんからすれば」
『だから一緒に楽しも』と、つけ加えたリナにはもう言い返す言葉もなくなる。
「そ、そのように言われたらお願いするしかないじゃないですか……」
「にひひ、誰かと一緒に料理作る経験ってなかなかないから、むしろさせてほしいんだよね」
「でしたら……一緒にお願いします」
「うい!」
配信で使うトークスキルをしっかり活かし、柚乃を完璧に納得させたリナは、キッチンの中に入っていく。
「では、リナお姉さんにはまず副菜を一品お任せしてもいいですか? 食材や調理器具は自由に使ってもらって大丈夫ですから。あとは棚や冷蔵庫も自由に開けてもらって大丈夫です」
「じゃあまずはいろいろ確認させてもらうね〜」
「是非是非」
料理作りにおいて大事なことの一つは段取りである。
スムーズにことを進めるためにも、調味料や細かな調理器具の場所を把握していく。
そんな中でリナは話題を飛ばした。
「いやあ、柚乃ちゃんはホンット立派だよねえ。あたしが高校二年生の時なんか、遊んでばっかで気が向いた時にしか家事してなかったし」
「やっぱりこの家庭環境が大きいですね。……兄をできるだけ楽にさせたい気持ちもありまして」
「——おっ!?」
今、初耳な内容が飛んだ。『兄』がいることを初めて知った。
『一人暮らしをしている』との勘違いに気づいた瞬間だったが、状況にあったリアクションを取ることで上手に驚きを隠したリナだった。
これは『ごめんなさい! 誤解されるような言い方をしてしまって……』というような言葉を柚乃に言わせないように、である。
「これに答えるのは恥ずかしいかもだけど、お兄ちゃんはどう? 優しい?」
「は、はい。自慢の兄ですよ。……本当にすごいんです。私のお兄ちゃんは」
「例えば例えば?」
「えっと、これは少し湿っぽいお話になってしまうんですが——」
その前置きをして、柚乃は説明を始める。
「お兄ちゃんは元々、大学進学する予定があったんですけど……家庭環境が変わってからは私を高校に進学させるために、大学に進学させるために、自分の予定を変えて高校卒業に必要なだけの出席日数や最低限の単位を取るだけにして、あとの時間はバイトをたくさん入れてお金を稼いでくれて……」
「うんうん」
この時ばかりは相槌を打つだけに留め、確認の手を止めて話を聞くことに集中するリナ。
「そのせいで、という言い方は間違っているのですが、学年の中でも良い成績だったのに、下から数えた方が早いくらいになってしまって……」
「……」
「本人の中では絶対に辛い思いがあったはずで……。どんなに体が疲れていても、どんなに熱があっても、私を心配させないために弱ったところを見せなくて……。って、これは悪いことなんですけどね!?」
普段言えてない心の底の想いを口に出せば、羞恥に襲われる。
熱くなる体を冷ますように、特に用もなく冷水で手を洗う柚乃。
「……ま、まあその、お砂糖とお塩を間違えて使うくらいに抜けたところのあるお兄ちゃんなんですけど、頭が下がるばかりで尊敬する人です……ね。以上です」
「……」
「リナお姉さん?」
「ご、ごめんごめん。ウルッてきてさ」
兄妹でどれだけ支え合って生活しているのかを知り、冗談混じりに答えながらも目が潤むリナだった。
そんな兄のことに興味が湧くリナでもあった。
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