第41話 お助けとすれ違い

「え、あの……」

 いきなり声をかけられ、まばたきを早めながら動揺してしまう柚乃。

 だが、『どしたのお姉さん。もしかしてチェーン外れちゃった?』の声をかけてきた優しそうな目元をした金髪の女性にすぐに返事をする。


「は、はい。いきなりこうなってしまって」

「ふんふん。ちょーっと見てみてもいい?」

「あっ、どう……ぞ?」

 まるで何度か顔を合わせたことがあるような距離。そのコミュニケーション能力の高さにまだついていくことができない柚乃は、おずおずと自転車を隅に移動させる。

 そこに手提げバッグを地面に置いて確認を始める女性。


「あー。これチェーンが噛んじゃってるね。ペダルが回らないでしょ?」

「そ、そうなんです……。なので困っていたところで……」

「うんうん。じゃあすこぉし待っててね。すぐ解決してあげるからさ」

「えっ……」

「これでも学生の頃はチャリ直しのリナぇって呼ばれてたんだから」

 口元はマスクで隠れている。それでも目元を細めて笑顔を作ったリナは、なんの迷いも見せることもなく素手でチェーンに触れ始める。


「おいしょ……。おいしょ……。おいしょ!」との声を出しながら、噛んでいたチェーンを外し、鬱血うっけつした指でチェーンリングにはめ直すように何度も繰り返す。

 そして——2分後。

 試行錯誤で綺麗にはまったのだ。


「よし、カンリョ。ほら、ペダル回るようになった」

「っ!」

「これでいつも通りにお家に帰れるねぇ。よかったじゃん」

 チェーンに触れたことで黒く汚れた手や手のひらに当たらないようにペダルを回し——直したことを証明させる。

 そんな最後の最後まで気遣いを見せるリナは、なにも変わらない様子で手提げバッグの持ち手に腕に通し、立ち上がる。


「まあ直ったには直ったけど、チェーンの劣化が原因で外れたりするらしいから、一回自転車屋さんで見てもらった方がいいと思うヨ? 怪我しちゃったら大変だし、あくまで応急処置だからサ?」

 促し100%。

 それでいて恩に着せないように語尾を上げたリナは、両手首を使って帽子の位置を整えながら再び笑顔を見せる。


「わ、わかりました。近いうちに自転車屋さんでチェックしてもらいます」

「んっ。あたしの記憶だとそこまでお金もかからなかったから大丈夫大丈夫。それじゃ気をつけて帰ってねん」

「あっ——」

 本当に恩に着せるつもりがないのは、事が済んだらすぐに去ろうとしているのが証拠。

 それでいて、申し訳なさを感じさせないように黒く汚れた手を見せないように背中に隠しての別れの言葉を口にしたリナ。


 無論、それは柚乃には通用しない。

『人になにかしてもらった時はちゃんとお礼をするように』これは今は亡き両親から口を酸っぱくして教えられたこと。

 また今回の件は『お礼の言葉』で済ませられるはずもない。


「——あの!」

 勇気を出して、柚乃は言うのだ。


「——是非お礼させてください!」

「ううん、全然気にしなくていいよ。好きでしただけだしさ」

「それは私が私を許せません……」

「う゛。ま、まあ……」

 逆の立場になって考えるリナは、言葉を濁して答えるしかなかった。

 逆の立場なら、同じようなことを絶対に言うのだから。

 絶対に気が済まないのだから。


「いやでも、大人が高校生にジュースとか奢ってもらうわけにはいかないし……」

 すぐに代案を考えるが、大人のプライドがある。

 100円であったとしても、初対面の高校生の女の子に大事なお金を使わせるわけにはいかない。


「あ、あのジュースは……」

「……嫌?」

『コク』

「実際あたしも嫌ではあるけど……」

 すぐに手詰まりになり、無言の時間が訪れる。

 お互いが綺麗な気持ちを持っているからこそ、折り合いもなかなかつかない。


「お姉さんにつかぬことをお聞きしますが……」

「ほ? 難しい言葉知ってるねぇ」

「あ、ありがとうございます。それでですけど、今、お腹は空いていたりしますか?」

「あっ! 空いてる空いてる! じゃあそうだ!!」

 柚乃の先手を聞いて妙案が浮かんだリナは、一際明るい声を出す。


「今から一緒にご飯食べに行く? お金はあたしが出すから、お店は決めていよ! って感じでどうかな。(初対面で安心もしにくいだろうから、人目がある)カウンターのお店でも大丈夫だしさ」

 “一人で寂しく”ご飯を食べるところだった。という体で話を流す。

 だが、柚乃も柚乃で妙案があった。


「それではお姉さんのお金が……。な、なのでご迷惑でなければ、私のお家でご馳走になりませんか?」

「えっ!?」

「私のお家はここからそう遠くもありませんから。それに両親はいないので、多くの気を遣われることもないかなと」

「んえ゛!?」

 柚乃はもう別れを乗り越えている。

 だからこそ、『気疲れすることはないよ』と、リナを思ったことを言うが、リナからすればそうではない。


「じゃあお邪魔しよっかなっ!!」

『高校生の女の子が一人きり!?』そんな心配から速攻でOKを出すのだった。


 こうしたすれ違いが起きてしまうのも、お互いに優しい心を持っているからに違いないだろう。

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