第40話 罰が当たった?

 2日後のこと。

 高校が始まる月曜日である。


「あっ、おはよう柚乃ちゃん」

「おはよー。相変わらず早いね涼羽ちゃんは。——あと偉い」

「ありがとう……。次は期末テストが控えてるから頑張らなきゃって……」

「それは確かに。また褒めてもらえるといいね。某お兄ちゃんに」

「っ、も、もう……。柚乃ちゃんってば……」

「あは」

 顔を合わせて早々、恥ずかしそうな声を漏らして頬を朱色に変える柚乃の親友、涼羽。

 また、もじもじと伏し目になる。


 このクラスで誰よりも早く登校し、自習に取り組んでいる彼女なのだ。

 受験生になった時にたくさんの大学を選べるように、という理由で勉強をしているとは別に——テストで高得点を取りたい理由がバレているからこそ、いつも痛いところを突かれてしまう。


「じゃあ私ももうちょっとしたら学校早く来るようにしようかな。そっちの方が集中できると思うし」

「も、もうちょっとしたら?」

 涼羽が引っかかったのがこれ。

「明日にでもって言いたいところだけど、最近は朝にバカ兄貴の遊びに付き合っててさ。まあ付き合わされてるって言う方が正しいけど」

「え?」

「勝負がつくまで絵しりとりしててさ」

「……」


 まさかの遊びだろう。

 青の目を丸くしてパチパチとまばたきを繰り返す。

『どうして絵しりとり?』と聞かれることを瞬時に察した柚乃は、先に説明を加える。


「バイト先で描く絵をもっと上達させたいんだって。まあこんなことやり始めたら睡眠時間絶対減らしてくるから、描ける絵のレパートリーを増やす方向で説得したけど」

「本当に春斗お兄さんらしい……。真面目で一生懸命で。でも、レパートリーを増やす方になってよかった。今のイラストでも十分素敵だから」

 個性的なイラストなのは否定のしようもなく、配信に乗せれば笑われるイラストを描く春斗。

 涼羽の言葉は客観的なものではなく、特別な感情が含まれたものでもある。


「まあただでさえ忙しい人なのに、時間配分が下手だから困るんだよね。てか、風邪引いても無理して普段通りに振る舞おうとするからタチ悪くって。その演技だけは変に上手いし」

 その一方でボロボロに言う柚乃だが、全ては心配の気持ちからである。

 時間に余裕ができる夜ではなく、朝にやるようにしているのも、バイト終わりの体を考えてのこと。


「柚乃ちゃんに心配をかけさせたくないんだろうね。普段のやり取りでわかるよ」

「……私は別に心配しないのにさ。まったく」

「ふふっ、嘘つき」

「う、嘘じゃないし……」

 視線を彷徨わせて早口になる柚乃。

 このような嘘が下手なのは兄譲りだろう。

 そして——これに関しては前例がある。


「そうかなあ。春斗お兄さんが熱を出した時、柚乃ちゃん急いで学校から帰ったような」

「っ!!」

「『早退したい』って言ってたような」

「……」

 春斗が40度近い熱を出したその日。

 一日中落ち着きなく、その日だけは授業に集中した様子もなく、最後のSHR《ショートホームルーム》が終わった瞬間、急いで駐輪場に向かった柚乃なのだ。

『別に心配しない』という言い分に対して、説得力は皆無である。


「よ、よくよく考えれば心配しない家族はいないわけで。今のは私が間違ってた」

「うん」

「はあ。分が悪いことするんじゃなかった」

 アクティブな柚乃で物静かな涼羽だが——からかい、からかわれる。それがずっと変わらない二人の関係。


「……お家帰ったらバカ兄貴にお仕置きしよ。気が済まなくなった」

「ふふふっ」

「こ、今回は本気だからね。言っとくけど!」

「本当の本当に?」

「本当だし……」


『春斗が風邪を引いたせいで前例を作られた。全てはそのせい』というのは事実だが、風邪というのは仕方がないもの。

 可哀想な八つ当たりだろう。

 それでも涼羽が笑っていられるのは、お仕置きというお仕置きをしないことがわかっているため。

 少し脇腹を突いてみたり、逆に手間をかけて大好物を作ってみたり。

 いつもこんな風である。


「じゃあ今日春斗お兄さんに確認のメールしてみようかな」

「えっ!? そ、それは別にしなくても……ね?」

 柚乃も時に詰めの甘さが出るところもまた、春斗譲りだろうか——。



 それから数時間後のこと。

「……罰が当たったかも」

 そんな柚乃がこの声を出したのは、放課後になり、帰路を辿っていた途中。

 動かなくなってしまった自転車を見ながらである。


「……私のために頑張ってる人にああ言っちゃダメだってことだよね、やっぱり……」

 人通りのある道でこうなってしまった。

 ペダルが回らなくなってしまった。

 恥ずかしさを我慢して押しながら帰ることを覚悟した時だった。


「——あらら。どしたのお姉さん。もしかしてチェーン外れちゃった?」

 透き通ったような綺麗な声をかけられる。

 柚乃が斜め後ろを振り向けば、帽子を被り、黒マスクをつけた金髪の女性がトコトコと近づいてきた。

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