第37話 Side、リナの配信

「さてとさてと〜」

 Axiz clownのグッズやスポンサー商品が並ぶオシャレで清潔な防音室。

 その一室で音符がついたような声を上げるリナは、予約枠を設定したことをTwittoツイットで報告し、配信の準備をテキパキとこなしていた。


 まずは簡単な清掃。次に薄化粧をして。

 リナはこの業界には珍しい顔出し配信でチャンネル登録者を伸ばした一人。

 部屋の中を背景にして容姿を常に映すからこそ、これは特に気にかけている部分。


 そして——。

「ああ、ちょっとちょっと……」

 配信で使うカメラをテスト起動。画角の確認を行ってすぐ、スポンサー商品が正面を向くように急いで調整する。


「よしっと」

 身の回りの準備を終わらせれば、引き出しの中から取り出す。

「んー。今日はこれとこれもマストにしてと」

 取り出したものは、メモ用紙と5色ボールペンの二つ。

 紙に書かれているのは配信で話す話題の一覧であり、今日見つけた話題をさらに書き記んで、絶対に話すことに追加で丸をつけていく。


 リナが配信で一番に大事にしていること、そのモットー、、、、はできるだけ多くの話題を視聴者に届けること。

 楽しい時間を作り、無言の時間を多く作らないこと。


 そう。これは配信を始めてからずっと続けていることだからこそ——。

(まさかあたしと同じことをやってる人がいたなんてねぇ……)

 ABEX界隈の問題児、“鬼ちゃん”には好感があった。

 配信者としてリスペクトする思いがあった。

 配信スタイルは全く違うが、自分と同じことをしていたとあの放送事故で知って。


 そんな同業者を思い浮かべれば、思うことがどんどんと湧いてくる。


(てか、コレができる人がわざわざ煽りを武器にする必要はなかったと思うけどね〜)

『視聴者を楽しませる努力を続けていれば、いつかは報われる』

 これを『綺麗事だ』と言われたら反論はできないが、リナは今も信じていること。


「綾っちがあそこまで絡んでいくってことは、ホントあのスタイルが似合わない感じのイイ人で、人としての魅力があるってことなんだろうし」

 メモ用紙を壁に貼り付けながら、ニヤリと呟く。

 このように言えるのは、今までにリナが見てきた綾の行動から。


 特に如実なのが、配信者の集まりやプロゲーミングチームの交流会に参加した時。


 コラボ配信で見せるフレンドリーな姿とは打って変わり、リナを含めた知人の同性にくっつきっぱなしの綾なのだ。

 タイミングの関係で異性と一対一になる機会があっても、長居することなくメタルスラ○ムのような逃げ足を見せ、知人のくっつき虫になる。

 人気のある同業の男性から遊びに誘われても、絶対に首を横に振るほど。


 顔を合わせるからこそ、女子校通いの影響がモロに出てしまっている綾が、鬼ちゃんにだけはグイグイいけているのだ。

 このことから、『煽り』とのギャップがとんでもないくらい、似合わない人物が鬼ちゃんであるのは、明らかだろう。


(まあ、鬼ちゃんのやり方はめちゃくちゃわかるけどねぇ——)

「——あたしもその一人なわけで」

 配信者に大事なのは、自分の武器を持つこと。キャラ立ちをしっかりさせること。

 注目を集めるために、相手の記憶に残るように考えて鬼ちゃんは、唯一の煽り系を取ったのだろう。

 リナもインパクトのある武器をしっかり考えて、キャラを作った一人なのだから。


「……っと。そろそろお仕事やりまくりますか」

 時計を見れば、予約時間の残り5分前。

 本来ならば残り時間を待つところだが、リナは自身のキャラを立たせるように配信をスタート。


「ほーい。みんなお待たせー」

 すぐに声と顔を載せれば——。


『きたああああああああ!』

『やったあああああああ!』

『ナイス早め配信!』

『やっぱり早く始めたかw』

『今日も可愛い!』

 視聴者のコメントが大量に流れる。そのコメントを見ながら、言葉を続けるのだ。


「いやあ、なんか予約時間まで待ちきれなくってさ〜。って、そうだそうだ。早くから待機してくれたドーテー視聴者にこれ見せたげる」

 本配信になるまでは、いつもこうしたラフな時間を過ごすのだ。

 ゲーミングチェアから立ち上がって全身を見せるリナは、この配信のために着たミニボトムのファッションを映す。


「あたしが脚出すの久しぶりっしょ? てかこの服マジで可愛くない? 勝負服ってくらいに自信あるんだけど」

 両手を軽く広げながら視聴者に届ければ、早速反応がある。

『あ、脚!』

『脚綺麗すぎ』

『太もも……いい』

『はあ、はあ、はあ』

『はあはあはあはあ』

 なんてファッションには触れず、部位にしか触れないコメントが大量に。


「はーあ。そーんなやらしいコメすぐ打つから卒業できないんだって。興奮し過ぎだし」

 軽くあしらいながらゲーミングチェアに座り直せば、『リナちゃんで卒業させてくれ!』なんて熱いコメントが届く。


「まあ気が向いたらソレはアリかもねぇ? 下手っぴは下手っぴで可愛いし」

 ニヤリとしながら答えれば、『おおおおおおおおお!』とコメントが大きく湧き上がる。


 恋愛経験もオトナの経験も豊富。この手の相談もOK。

 そんなキャラで売っているリナは、今日も序盤からしっかりとインパクトを残すのだ。


 それから配信を始めて2時間後の休憩中。

「あ、そうそう。そういえばみんなはスタバの新作プラペチーノ飲んだ? あたし早速飲んだんだけど、マジで美味しかったよ。ちなみにちゃんとメッセージ描いてもらってさ——」

 この話題を出すリナは、飲み終わったカップを配信に映すのだ。


『wwww』

『なんだそのイラストwww』

『めちゃくちゃ個性的で草』

『てか普通に身バレしてるやんwww』

 ツッコミが飛ぶそのコメント欄。

 そして、配信を偶然見ていたチームメイトの一人が、特徴的なイラストを見て愕然と目を見開いていたとは知らずに——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る