第35話 Side、リナの偶然
歩くこと10分前後。
リナは目的の店であるスターバックにたどり着く。
時間帯が時間帯なだけあって、予想していた通りオシャレな店内は空いていた。
(よしっと。めちゃ都合いい)
普段からカフェを利用しないだけあって、レジに何人も並んでいるというのは焦ってしまう原因にもなる。
それがないだけ、入りやすくもある。
改めて帽子を深く被り、マスクを上げるリナは、ピーチフラペチーノが打ち出されたポスターを見ながら入店した。
「いらっしゃいま…………せ!」
(ん?)
そして、すぐに聞こえる愛想の良い店員の元気な挨拶。
(なんかめっちゃ間があったけど……なんだろ。さすがに身バレはしてないと思うケド……)
一瞬この予感がするも、なにか別の原因があったのだと判断する。
リナが今までに身バレしたのは、たったの一度だけなのだ。
それも、ABEX
自身の経験と変装の下、自意識過剰な考えはそうできない。
(って、やっぱりオシャレなお店にはイケたスタッフが多いよねぇ……。見るからに恋人持ちっていうか)
そんなことを思いながら、ピンと姿勢を正してレジに立っている店員に向かっていく。
「こんにちは!」
「ん、こにちは〜」
(すっごいニコニコするじゃん。これ綾っちが絶対好きなタイプ。って、絶対人気スタッフだろうけど……)
なにかいいことがあったのかというくらいに、キラキラとした笑顔を見せている『春斗』というネームプレートをつけた店員。
常連を増やすという目的で、店長があえてこの店員をレジに立たせているという気しかしないほど。
「店内ご利用ですか?」
「持ち帰りで〜」
「承知しました! それではご注文が決まりましたらどうぞ」
「えっとー、
「ピーチフラペチーノのトールですね! カスタムの方はどうされますか?」
「あー。そこら辺のことあまり詳しくなくって。今日発売だからなおさら困らせると思うんだけど、なにかオススメってあります?」
(どうせ買うなら、一番美味しく飲みたいしね。700円もするし)
お金を使うのだから、無駄にはしたくない。
配信業で大きな収入を得ているリナだが、こうした気持ちは昔から変わっていないこと。
「そうですね……。ピーチフラペチーノにはシロップが入っていないので、甘い方がお好みでしたらホワイトモカシロップの追加がオススメです。追加料金がかかりますが、実際にこちらが一番ご注文の多いカスタムとなってます」
「へえ〜。このシトラス果汁っての追加したお客さんいます?」
「本日2名いらっしゃいます。オレンジやゆずの果汁が使用されてますので、トロピカルな味わいになりますね」
「ほ〜」
(めちゃ丁寧……。これ初めてスタバ利用する客からしたら、絶対ここ通おうってなるやつじゃん)
嫌な顔を見せることなく、わからないことを快く教えてくれる。
初対面の相手だが、好感をすごく覚える。
(あたしの配信ももっとコレを意識していかないとだねぇ……)
リナの目標はチャンネル登録者数100万人。
また顔出しの配信をしているからこそ、こうした接客からくる定着率やリピート率に通ずるものがある。
「これ言うのは失礼かもだけど、本日発売の商品なのにお兄さんかなり詳しいね?」
「ありがとうございます! 実はその……本日4杯ほど飲んで味を確かめまして」
「ぷっ、4杯も!? お腹大丈夫なの?」
「ぼ、ぼちぼちです」
「ぷふふっ、それ絶対苦しいやつじゃん」
めちゃくちゃ愛想のよかった表情から、一瞬だけ苦しい顔を見せた春斗という店員。
予想外の報告と変化に、マスクを押さえながら思わず笑ってしまうリナである。
(こんなに一生懸命なスタッフ初めて見たかも……)
今日だけで4杯も飲んでいるのは、『好物だから』という理由ではなく、自身の口で味わうことで、カスタムの質問にしっかり答えられるようにするためだろう。
(じゃあニッコニコしてたのは、あたしがポスター見てフラペチーノの注文する可能性があったからとか、かね?)
お腹がパンパンになるという代償を負ってまで、質問に答えられるようにしてたのだ。
『報われる機会が訪れるかも!』と思うのは普通だろう。そう思うだけで嬉しくもなるだろう。
(ふふっ。それなら挨拶に間があったのは、注文されるかどうかドキドキしてたっぽいね)
そう思うと、イケてる店員が可愛く思えてくる。
「じゃあホワイトモカシロップを追加しよっかな」
「ありがとうございます。それではお会計が755円になります」
「カードで」
「それではこちらにお差し込みください」
「ん、どうも」
差し込み口を丁寧に案内され、軽く頭を下げて差し込む。
(もろもろ教えてもらったお礼になにか奢りたかったけど——)
お腹が苦しいなら仕方がない。
少し残念な気持ちで会計を終わらせ、受け取り口に移動する。
それから3分後。
「お待たせしました。こちらピーチフラペチーノです」
「めっちゃ美味しそ! ありがと〜」
先ほどの店員からフラペチーノを受け取る。
「あ、そうそう。シトラス果汁のカスタムも気になったから、またお邪魔させてもらうね」
「はい! またのご利用をお待ちしております!!」
「それじゃあバイバイお兄さん」
「ありがとうございましたっ!」
最後まで丁寧な店員に手を振って店を後にする。
(いやぁ、そりゃまあ口コミも高くなるよねえ……)
立ち止まって先ほどの店を調べれば、レビュー数が123件。星の評価は脅威の4.5。
コメントを調べてみれば、案の定——先ほどの店員さんを指しているような高評価文がある。
「あの人配信すればバチバチに伸びそー……」
心の声を無意識に漏らしながら、ストローに口をつけた瞬間だった。
「……ほ?」
容器になにか描かれていることに気づく。
クルクルとカップを回転させて、読める位置に動かせば——。
『素敵な一日をお過ごしください! 応援してます!』
その文字と、ゆるいイラストが描かれていた。
「ん、んえ……? 『応援』ってあたし……バレてた? マジで!? あ、
衝撃の事実とフラペチーノの美味しさで頭の中で渋滞が発生する。
(って、このイラストは……可愛いエイリアン? クラゲ?)
その個性的で要領が掴めないイラストで、さらに頭が渋滞を起こす。
「……」
頭を整理する間、無言でフラペチーノを味わいながらまばたきを繰り返す。
(……にひひ。まあいっか。今日の配信ネタ“クラゲ”ットっと)
あの接客だけでなく、こちらのプライベートを優先して対応してくれたことは本当に心地よく、ご機嫌な気持ちで帰路に戻るリナだった。
——綾っちにも今度教えてあげよー! と、そんな気持ちも抱きながら。
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