第34話 リナのイイコト

 出来立ての手料理を綾が食べ終え、2時間ほどの雑談に花を咲かせたその後のこと。


「リナさん、今日は本当にありがとう! 送ってくれてありがとうっ!」

「いやいや〜。またいつでも送ってあげるから、遠慮なくウチにおいでねん。ご飯食べにくるだけでも歓迎だしさ」

「うんっ! 引き続き頼りにさせてもらいます!」

「そうこなくっちゃ」

 このやり取りをするのは、綾が一人暮らしをしているマンションのエントランス前。


「綾っちはこれから配信アレするんだっけ?」

「そう! 配信アレばりする!!」

『配信』の言葉を濁すのは、第一に身バレを防ぐため。

 リスクヘッジについては、事務所から口を酸っぱくして説明されていること。


「お、気合い入ってるじゃん」

「リナさんのお料理食べた分は、ちゃんと頑張らんとやけんね!」

「そっかそっか。ならここでエネルギーを消費しないようにってことで——」

「——えっ、そげん気遣わんでよかよ!?」

「にひひ、その代わり戦犯こいたら許さんぞ〜! つってね」

 ニヤリと目を細くしながらウインクを一回。


「それじゃね〜」

『できるだけ早く配信をさせてあげたい』というのは本心からある想い。

 返事を待たずに『バイバイ』と手を振る。


「——あっ、リナさん気をつけて帰ってねっ!」

「うい! さんきゅ!」

 最後にかけられた言葉にしっかり反応して綾と別れるリナは、黒マスクを上げ、帽子を深く被り直しながら、家路を辿っていく。

「ふう。相変わらずコレは不便だねぇ……。芸能人はもっと不便なんだろうけどさ」

 一人、苦笑いを浮かべながらボソリと。


 ABEXをプレイしている者なら、誰もが一度は聞いたことのあるプロゲーマー。

 また、ABEXをプレイしている者なら誰もが知っていると言っていいほど、サポートキャラのうまさでは必ず名前が上がるほどのプロゲーマー。


 大手プロゲーミングチーム、Axiz clown所属。『Ac_RiNa』


 その実力もさることながら、顔出しの配信スタイルを武器にチャンネル登録者数は60万人超え。

 多くのファンを抱えているリナだからこそ、外出時は容姿を隠しながらの生活を送っている。


(……まあ今の生活があるのは顔出ししたからだし、後悔はなにもしてないけどさ)

 高校を卒業し、仕事をしながら配信の世界に足を踏み入れたリナ。

 最初は誰も視聴してくれなかったが——少しずつ、ほんの少しずつリスナーを増やしていき、勢いを増すことができたのは、顔を出しながら配信するスタイルに変えたおかげ。

 結果、専業に舵を切る選択を取ることもできたのだ。


(当時のあたしに今の登録者数聞かせたらめっちゃ驚くだろうねぇ……。にひひ)

 当時のことをどこか懐かしく思いながら、歩みを進めていたリナは——ここで、「あ」との声を出して、唐突に立ち止まる。

「……」

 この時、ふと思い出すのは、今朝のTwittoツイットに流れてきた一つの広告。


 今日からスターバックで期間限定発売されるという『GOROGOROごろごろピーチフラペチーノ』のプロモーション。

 フルーツの中で桃が一番の大好物リナにとって、いいねを押してすぐに詳細を確認した商品。

 直近で言えば一番目についた商品で、『飲みたい!』と思った商品。


「うーあ。やっちゃったなあ。もっと早く思い出せてたら綾っちと一緒に行けたんだけどねえ……」

 器用に片眉を上げながら、頭をカキカキする。

『配信ばりする!!』と笑顔で言っていた綾なのだ。

 本当に素直な性格をしているだけに、もう準備を始めていることだろう。

 今から誘いの言葉をかけるだけでも、邪魔をしてしまうのは間違いようのないこと。


(まあ……ここで思い出せただけプラスかな。近くにスターバックあるし、時間的に客も空いてるだろうし)

 普段からカフェを利用しないだけに、一人で行くのはちょっぴり寂しく思うリナだが、今はもうピーチフラペチーノの口になっている。

 これ以上は考える間もなく、体を半回転させてカフェに向かって歩いていく。


(ちょっと高い買い物になるけど、その分あたしも夜の配信を頑張るってことで……)

 自分で自分を甘やかしたり、自分だけで楽しんだりするよりも、知人や友達、視聴者を甘やかしたり、楽しませることが好きなリナは、後者にお金を使うことの方が多い。

 そのためにすぐこう思うのだ。


(配信で飲んだ感想ちゃんと伝えよーっと)と。

 頭の中には常に意識しているのがコレ。

 容姿は別にして、多くのファンを抱える理由を持っているリナであり、視聴者に楽しみを与えている彼女だからこそ、イイコトも返ってくる。

 今、興味を持っている人物に会うことができる。そんな出来事が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る