第33話 綾とリナの仲

 場所は変わらず、リビングの中。

「ご飯食べてないならちゃんと言いなよー、綾っち。すぐ作ってあげるんだからさ」

 清潔に保たれたオープンキッチンに立ち、トントントントンとリズムよく包丁を扱っているのはリナである。

 ソファーの背もたれからちょこんと顔を出している綾に、八重歯を見せながら気持ちのいい笑顔で伝えていた。


「だ、だって迷惑やろ……? もう何回もご飯作ってもらっとうし……」

「そんなことないっていつも言ってるじゃん。チームメイトなんだから遠慮することないし。まあ、配信中の話題にさせてもらうけど」

「もぉー。リナさんがその話題を出す度に、うちのところにメッセージくるっちゃからね。『手作り食べられるなんてズルい』とか、『そのポジションくれ』とか!」

「ひひっ、まあまあ綾っちはお腹を満たせるってことで。それにあたしの話題を配信で出してもらってもいいからさ」

「んっ!」

 年の差が4つ離れた二人。

 チームメンバーとしても、年齢としても先輩な22歳のリナは、綾のお姉ちゃん的な役割を持っていた。


「本当……リナさんばり器用よね。配信もして、自炊もできて。うちはスーパーで惣菜を買ったり、ユーバーイーツで適当に済ませとうもん」

「でも綾っちの場合はそれが一番理に適った生活じゃない? 大学に通いながら配信してるんだから、自炊する暇なんてないでしょ?」

「そう……やけど」

「まあ手料理を振る舞えるようになりたいって気持ちはわかるけどさ。気になる人ができたら特にねぇ」

「っ」

 この言葉を投げられた瞬間、目を丸くしてソファーから顔を引っ込めた綾である。


「にひ。あ、そうそう。話は変わってずっと気になってたことがあるんだけどさ」

「う、うん?」

 この前置きで安全な話題になったと思う綾は、またひょっこりと整った顔を出す。


「これは今さらの話ではあるんだけど、綾っちが鬼ちゃんと絡んだ時、千夜ちよさんからなにかメッセージ飛んでこなかった? あたし達のチームってスポンサーついてるから、世間体がシビアなところあるじゃん?」

 今もなお、煽り系配信者の鬼ちゃんと絡んでいることから、問題に思われていないのは言うまでもないが、これは配信者ストリーマーの大会に鬼ちゃんを参加させたいリナからして、当時のオーナーの意向と、立ち回りを知りたかったこと。


「えっとね、実は初めて鬼ちゃんとマッチングした後、すぐにオーナーに連絡したっちゃん。偶然とはいっても、中にはチームを組んでるって勘違いする人もおるやろうけん」

「お! 報連相ほうれんそうできてて偉いじゃん! それで?」

「嬉しい返信がきたよ。『どんなことでも私が対応するから、あなたはこれからも自由に活動なさい』って。『リナさんと同じように期待してるから』って」

「え、マジで!?」

 この時ばかりは料理の手が止まったリナ。

 又聞きではあるも、お世話になっているオーナーから褒められるのは、やはり嬉しいことで。

 そして、メンバーを守りながら、伸び伸びと活動させようとするオーナーの一貫した態度に触れるだけで、このチームに所属してよかったと感じられたことで。


「やけんうち、放送事故をする前の鬼ちゃんにメールを返してたり、相互フォローの関係になったっちゃん。試合マッチが終わってから、ばり丁寧なメッセージで挨拶されたけんね!」

「なるほどねぇ」

 くすっと笑みを溢すリナは、再び手を動かし始める。

 綾は綾らしい対応をしていること。また、オーナーの千夜は千夜らしい対応をしていると思って。

 これはお互いがお互いを信頼しているからこそのやり方だろう。


 また、千夜が接触NGを出さなかったおかげで、今猛烈にチャンネル登録者数を伸ばしている鬼ちゃんと関係を継続できているわけである。

 これはチームの名前を広めるという点においても、大きなプラスとして働くだろう。

 現状、追随を許さないほどの勢いを叩き出している鬼ちゃんと深い関わりを持っているのは、Axiz clown所属の綾だけなのだから。


「千夜さんがそのスタンスなら、ガチの運営判断になる……か。運営としては鬼ちゃんがどのくらいのラインを攻めるか気になるところだろうから、そこさえわかればマジでいけるかも」

「リナさん本気で鬼ちゃんを配信者ストリーマー限定の大会に参加させようとしとる……」

「そりゃそうだって! てか、鬼ちゃんからしたら初めての大会になるだろうから、マジで視聴者に可愛がられるんじゃない?」

「……」

 この問いかけで、頭上にもくもくの吹き出しを浮かばせる綾。


 鬼ちゃんの実物=春斗を知っているだけに、簡単に想像がつく。

 声が上擦っているところや、ソワソワとマウスカーソルが動きっぱなしな様子、そして、緊張から飲み物をたくさん飲み、トイレに駆け込むような姿まで。


「ふふっ、でも困るなぁ……」

「困る?」

『可愛がられる』ことを同意した上でのこの言葉。


「だって、鬼ちゃんがもっと人気になったら、うちとコラボする予定が全然取れんくなるかもやもん……」

「それなら大丈夫大丈夫! 代わりにあたしがコラボしとくから」

「なんっっでっ!!」

「あはっ」

 渾身のツッコミを炸裂させる綾だった。


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