第30話 変わらずの兄妹

 綾と別れ、無事に帰宅した後のこと。

「ただいまー」

「あ」

 玄関を開けながら声を飛ばせば、リビングから一言。

 すぐにパタパタとした足音を響かせて、早足で出迎えてくれる柚乃である。


「おかえりお兄ちゃん。お仕事お疲れ様」

「ありがとう。もろもろ頑張ってきたよ」

「それでさ? どしたのそれ。なんか懐かしいお菓子持ってるけど」

 そんな妹は目を丸くして、手元に視線を向けてくる。

 春斗が手に持っているのは、綾からの貰いもの——。


「アンパングミ懐かしいよね。俺もそう思ったよ」

「買ったの……? お兄ちゃんそんな趣味じゃなくない? 差し入れのお菓子もまだまだ残ってるし」

 家族や知人には羽振りよくして喜ばせようとする春斗だが、自分で贅沢をしようとはしない。

 兄の性格を知っているだけに、なにかと引っかかる柚乃なのだ。


「はは、さすがにこれは貰ったグミだよ。ゆーの言う通り、お菓子も残ってるしね。っと、はいこれ。めっちゃ美味しかったから残りはあげる。ゆーも数年ぶりに食べるだろうし」

「それはそうだけど……いいの? それ女の人からもらったお菓子でしょ?」

「えっ!? な、なんでわかったの!?」

「女の人からもらう方が自然だし、その手のお菓子を買う人、可愛い人ばっかりって説あるし」

「そんな説……あるんだ」

 20年生きてて初耳だった。

 一体誰がそんな説を作ったのかはわからないが、このグミをプレゼントしてくれた相手はあのAyayaなのだ。

 確かに正しい説と言える。


「……お砂糖とお塩を間違えるくせに案外モテるよね、お兄ちゃんって。私に連絡先を教えて欲しいって言ってきた人、今までにもいたし」

「ちょっと待って。そんな人がいたの!?」

「冗談だケド。なに本気にしてるわけ」

「……し、知ってたけどね!? そんなことだろうとは思ったよ」

「嬉しそうにしてたくせに」

 今日はどこか意地悪な柚乃はアンパングミを受け取り、『全部わかってるからねー』と言わんばかりにピクリと眉を上げた。


「ちなみにだけど、ゆーの連絡先を教えて欲しいって頼んできた高校の友達はいるよ」

「うわ、さっきの仕返ししようとしてる……」

「そんなつもりはないからね!? タイミング的にはそう誤解されても仕方がないと思うけど」

「本当かなあ」

 腰に両手を当てて前のめりになる柚乃に対し、両手を振りながら必死の弁明を行う春斗。

 妹に責められるのは大の弱点なのだ。

 その度合いによっては、数十分動けなくなるほどのショックを受けてしまう。


「お兄ちゃんが高校生の頃って私は中学生だよ? 全然接点がないんだけど」

「そ、それはその……」

「それはその? なぁに?」

 一歩、また一歩と近づいて顔を近づける柚乃は圧をかけていく。


「これは誰しもあると思うんだけど、家族のことを友達と話すことあるでしょ? 昼休みとか放課後とか」

「え? まさか自慢したの? ……あ、その顔、絶対私の写真も見せてるじゃん」

「と、とにかくみんな羨ましがってたよ」

「まったくもう……。恥ずかしいことして……」

 頬を朱色に染める柚乃は、体を半回転させて背中を向けながら細声を漏らす。

 

「——まあ、わからないこともないけど」

「ね」

「てかさ、お兄ちゃんはいつまで玄関いるの? せっかく出来立て準備してるのに」

「あっ、ごめんごめん! すぐ上がるよ」

 二人きりの家族。一度話せば時間を忘れるほどにずっと話してしまう。

 そしてそれはお互いが思っていること。

 靴を脱いでいく春斗を待ち、一緒にリビングに向かっていく。


「ね、今日はなに作ってくれたの?」

「チキンドリア、豚しゃぶのサラダ、コンソメスープ」

「お〜っ! それは楽しみだ!」

 休日だからか、今日は一段と凝った料理ばかり。

 声色を明るくして瞳を輝かせる兄を視界の隅に入れ、こっそりとニヤける柚乃だが、すぐにスイッチを入れるように表情を変える。


 目をジトリとさせて——。

「手」

『洗ってきて』と、指示するようにするように洗面台を指さすのだった。

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