第29話 バイト終わりと綾と

「お仕事お疲れ様やね〜、鬼ちゃん」

「っ!? 白雪さんそれシー!」

「にひひ、ごめんごめん」

 夕方からの入ったブックカフェのバイトが終わったその後。

 店の外に待っていた綾に、からかわれる春斗がいた。

 

 人差し指を口元に近づけて、誰にも聞かれていないか慌てて周囲を確認するが、さすがは同業者。

 時と場合を考えての言葉だった。


「もー。心臓に悪いってAyaya、、、、、さん」

「今日はちょっとそんな気分でね」

「まったく……」

『お互いにしか知らないこと』を話すのは確かに楽しいが、それ以上にバレないかの緊張が勝る春斗であり、陽気な綾である。

 

「あっ、そうそう! 一回カフェを出た時にコンビニでお菓子買ったっちゃけど、これ食べる?」

「お菓子?」

「うんっ! じゃじゃーん!」

 そんな効果音と共に綾がカバンから取り出したのは、国民的アニメのキャラがドーンとパッケージになった子ども向けのぶどうグミ。

 一袋が60円前後で、薄い半透明シート(オブラート)まで食べられる6個入りのグミである。


「……え? 白雪さんはこれが好きなの?」

「あー、春斗さん『子どもしか食べないお菓子』って思っとるやろー。これがグミの中で一番美味しいとよ? はいっ! これ全部あげる」

「あ、ありがとう……。って、白雪さんの分はちゃんとある?」

「三つ買ったけん大丈夫よ」

「三つも!?」

 パッケージ的に一個買うだけでも恥ずかしく思う春斗なのだ。

 複数も購入していることは驚いてしまうこと。


「春斗さんに渡す用と、帰りながら春斗さんと一緒に食べる用と、今日配信しながら食べる用で三つ」

「あはは、それならよかったよ」

「優しいよね、そうやって考えてくれるところ」

「もらい物だから当たり前だよ。それにしてもこれ食べるのいつぶりかなぁ。多分小学生ぶりかも」

「えっ、そんなに長く食べとらんと!? それはもう人生の五分の一は損しとる」

「そんなにハードル上げちゃって」

「そのハードルを余裕で超えていくけん大丈夫よ〜」

 コクコクと自信満々に頷きながら、ミルクティー色の髪を揺らす綾。


「じゃあそのハードルを超えたら配信でオススメしようかな」

「ほんと!? その枠期待しとく!!」

 この時、頬の緩みが止まらない綾である。

『煽り系の配信者が子ども向けのお菓子をオススメした場合、視聴者はどんな反応をするのか』

 想像するだけでワクワクできることなのだ。


「あっ、そう言えばこれ聞こうと思ってたんだけど、綾さんと今日一緒に喋ってた涼羽ちゃん……顔見知りだったの? 仲良く喋ってたし、見送りまでしてたから」

「ううん、今日初めてお喋りした仲よ」

「さ、さすが白雪さんで……」

「いやいや、今回は春斗さんっていう共通の話題があったからよ」

 両手を振りながら否定する綾だが——ここで唐突に声色を変える。

 眉もピクピク動かしてニンマリとした表情を作るのだ。


「それにしても、あんなに可愛い女の子をお家に連れ込んで、イチャイチャして、一緒にバイト先に、って……まるで彼女さんみたいやねえ?」

「彼女だったらみんなに自慢してます」

「あははっ、うちもそうする」

 即答すれば、即答で返される。


「その涼羽さんからたくさん聞いたよ〜。春斗さんのいいところ」

「そ、そんな話をしてたの!?」

「一番盛り上がったところでね。『配信キャラの設定絶対間違っとるやろ!』って心の中で何回もツッコミ入れたくらいよ」

「は、はは……。なんか恥ずかしいなぁ……」

 直接褒められるよりも、第三者同士で褒めてくれてくれる方がなにかとむず痒いものである。


「あれやろう? 外が冷えるからパーカーを貸したり、お菓子とかジューズをたくさん用意しておもてなししたり。涼羽さん嬉しそうにしちょったよ」

「本当!? それは嬉しいなぁ……。涼羽ちゃんは二人目の妹みたいに思ってて」

「ふーん。春斗さんは涼羽さんのこと異性としては見とらんと……? あんなに可愛くて良い子だし」

「そ、それはえっと……」

 首を傾げながら、興味深そうに聞く綾。

 そして、この質問には弱い春斗である。


「ま、まあその……見ないようにしてる……が、本音かも。もしそうなってしまったら妹とも距離を取られてしまいそうで」

「……そっか」

(気になってる人のお洋服をお家に持って帰ることはしないと思う……よ?)

 というのが同性としての意見だが、人の好意を教えてしまうのはなにかとご法度。

 心のうちにしまう綾である。


「……ね、春斗さん。うちの上着羽織はおる? その服装やと肌寒いやろうし、うちもちょっとはいいところを見せんとやし」

「もう見せてもらったし、学生さんが無理しないの。服のサイズもアレだしね」

「そうやって大人ぶって……」

「大人だから気持ちだけ受け取らせて。ありがとうね、白雪さん」

「……う、うん」

 涼羽にも今の表情を、真剣な表情を見せて言ったのだろうか。

 これ以上はなにも言葉を返せなくなってしまう。


「あとさ、白雪さん。言いにくいことが一つあるんだけど……」

「なに?」

「このグミ食べたくても食べれなくて……。このシールみたいなのが剥げなくて……」

「えっ? あ……ぷふっ、それグミをギュッと押し出して食べるやつよ」

「そんな食べ方だったっけ!?」

「も、もう……。そういうところ……ズルいっちゃけど」

「え?」

「なんでもなーい」

 しっかりしていたのに、いきなり困り顔に変えて鬼ちゃんらしいところが浮かびあがらせる。

 そんな春斗に対し、間延びした声を上げて満天の星空を見ながら目を細める綾だった。

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