第27話 対面の日
「春斗お兄さん、やっぱり凄い人気……」
ブックカフェの中でミルクティーを口にする涼羽は、テストの問題用紙を広げながらレジに立つ彼をこっそりと見つめていた。
もう何度目だろうか、彼に声をかけるお客さんを……いや、彼を目当てに来店しているだろう女性客を目にしていたのだ。
『おおっ、今日も一生懸命働いてるね、ハル君』
『あはは、ありがとうございます。あっ、その服装……もしかして休日出勤ですか?』
『うん、そなの。お休みいただいてたのに、いきなり仕事を任されちゃって』
『うわぁ、そうでしたか。お仕事お疲れ様です。ゆっくり体を休めてくださいね』
『ありがとう』
『ご注文はいつもの……ブラックのコーヒーのMサイズで大丈夫ですか?』
『うん。よろしく。メッセージ付きだとお姉さん嬉しいな?』
『はい、喜んで』
仕事帰りのOLと楽しそうに話している春斗。
その10分後。
『わっ、春斗っちいるじゃん!』
『ホントだー!』
『はいはい。自分がいることわかってたくせに。……と、いつもありがとうね。今日のご注文は?』
『アタシはSサイズのいちごラテ!』
『私は抹茶ラテのS!』
『あれ、珍しいね……? Sサイズを頼むの』
『今カフェをハシゴ中なんだよね。で、まだお腹膨らんでる感じなの。ほら、触る?』
『触りません』
『私のは?』
『触りません』
女子大生のような二人組と話す春斗。
さらに10分と少し。
『いつもお疲れ様、春斗くん』
『いえいえ、こちらこそいつもお世話になってます。ご注文はどうされますか?』
『うーん。今日はあなたのオススメを選んでみようかしら』
『自分のオススメは……そうですね、ブラッドオレンジです。酸っぱくて美味しいですよ』
『あらそう。じゃあそれを3ついただけるかしら。一つはあなたの分だから、お仕事終わりにでも飲んでちょうだい』
『えっ!? そ、そんな! もう何回も奢っていただいているので!』
『ふふっ、遠慮しないで。ほら早くお会計を』
どこかの女性社長だろうか。黒のスーツを羽織って気前のいいやり取りをしている。
(お客さん、いいな……。羨ましいな)
青の目を細め、心の中で涼羽が思うことはこれ。
彼の妹、柚乃とは小学校からの付き合いがある。もちろんその頃から春斗とも。
そんな小さな頃から関わっているせいだろうか、彼からは二人目の妹のように扱われているのだ。
異性として見てもらえていない、そう感じているのだ。
勘であるが、その勘は当たっている。
妹の友達をそんな目でみるわけにはいかない、そう思っている春斗なのだから。
「……どうすればいいのかな」
思わず声が漏れる。その時だった。
「っ!」
接客を終えた彼がレジの中からこちらに目を合わせてきたのだ。
ずっと見ていたことがバレた。そんな心配は……一瞬だった。
春斗は『お勉強頑張ってる?』と言わんげに小さく手を降ってきたのだ。
「……」
緊張を隠しながらこちらも手を振り返せば、彼はニッコリ笑ってお客さんの接客に戻った。
(もう、春斗お兄さんは……)
人の気も知らないで……。なんて気持ち。
でも、嬉しかった。
お客さんとはまた違う、特別な関係であるようで。
——彼の彼女っぽいやり取りもできて。
涼羽は春斗のパーカーに触れると、ふふっと笑う。
この嬉しさだけで今日はこのカフェにきてよかったと思える。
が、しかし。
この大きな嬉しさが、大きな不安に一変するのは……この30分後のこと。
『久しぶりやね、春斗さん。と言っても二日ぶりくらいだけど』
『おっ! 白雪さんいらっしゃいませ。まさか来てくれるなんて思ってなかったよ』
「……っ」
この声を聞いた矢先、息を呑んで視線を向ける涼羽。
今日、初めてお客さんの名前を呼んだ春斗であり、雰囲気でわかるのだ。彼がどのお客さんよりも打ち解けていることを。
しかも、その相手は——。
(す、凄い美人さん……)
ミルクティー色の綺麗な髪。ピンク色の大きな瞳と筋の通った鼻に、肉つきの薄い唇。
どこかのモデルさん? なんて思うほど綺麗な女子大生は、ニコニコ嬉しそうに春斗と会話を続けている。
『ええー? なんで来ないって思ったと?』
『だって今日は休日だから大学はないでしょ?』
『あーね! それは確かに』
『休日に来るのは珍しいから……さては遊び帰り?』
『ううん、お仕事が終わったけん贅沢しにきたとよ。それに、春斗さんにどうしても言いたいことあったしぃ。あ、注文はホットココアのおっきいサイズと、キャラメルパンケーキで』
『了解。それで……俺に言いたいことって?』
『あの件に決まっちょるやろー。金曜日の
『ッ!』
『えっと、うちの可愛いところはないとか、全然興味ないとか……。うち、傷ついたなぁ』
『ちょ、ちょっと待って! それは違うって! それはその……』
ジト目を作って綺麗な顔を近づけていく白雪と、あわあわと慌て出す春斗。
この光景を見聞きする涼羽は当然思う。
(はいしーってなんのことだろう……? それに、春斗さんはそんなことを言うような人じゃ……)
そして、弁明したくなる気持ちが前に出たのはここまで。
『ぷっ、そんなに慌てなくてもわかっちょるって。冗談よ冗談』
『えっ……』
『本当ありがと、春斗さん。うちのことを考えてくれたの嬉しかったけん、そのお礼を言いたくて』
『いやいや、お礼を言われるようなことじゃないよ。当たり前のことをしただけだから。困らせることを言っちゃうかもだけど、白雪さんとはこれからも関わっていきたいし』
『も、もう。そ、そげんなことじゃ困らんたい……』
『そう?』
『そ、そうよ。うちも春斗さんとは関わっていきたいけん、一緒……やね』
『あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ』
『う、うん……』
『っと、そろそろ注文の方進めちゃうね』
『あっ、春斗さんもなにか頼んでよかよ。うちのこと考えてくれたけん、嬉しかったことお裾分け……いい?』
最初は優勢だった彼女……白雪だが、なぜか今では劣勢になっている。
『これからも関わっていきたい』と言われた辺りから、頬を赤くさせて意見を伝えている。
まるで、自分と重なるようなその姿に……涼羽は察する。
もしかしたら、あの人も……と。
∮ ∮ ∮ ∮
『それでは、ごゆっくりどうぞ』
『うん。春斗さんはお仕事頑張ってね! ファイ!』
『ありがと。頑張るよ』
春斗と別れの言葉を交わし、注文品が乗ったおぼんを持つ白雪がキョロキョロと席を探し始める。
その様子をこっそり見続ける涼羽は、ふと彼女と目が合う。
途端。
「っ!?」
(えっ……)
白雪は、涼羽を見て……正確に言うのなら、涼羽が羽織っているパーカーを見て、心当たりがあるようにビクンと肩を上下させたのだ。
それからなにを思ったのか、涼羽の隣席に落ち着きなく腰を下ろす白雪だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます