第25話 鬼ちゃんの嫌がらせ?

「は、春斗お兄さん……やっぱり凄いね……。こんなにたくさん……」

「はあ……」

 テーブルとカーペットに置かれた差し入れを見て、涼羽すずはは苦笑いを。柚乃ゆのは両手を腰に当てて呆れていた。

 その差し入れというのは一目では数えきれないほど。


 2Lの炭酸飲料、りんごジュース、お茶が1本。

 ファミリー用のチップスが2袋。

 ファミリー用のチョコレート1袋に、ファミリー用のクッキーが1袋。

 数種類のグミとアメ。駄菓子。

 さらにはショートケーキが1個ずつ。


 勉強するはずだった机の上は、一瞬にしてドリンクやお菓子によって占領されたのだ。

 これは、春斗が運び終わった後のやり取りである。


「な、なんかごめんね。お兄ちゃんってば、差し入れはあればあるだけ嬉しくなるって思ってる人だから。私達が食べられる量のことなんて全く考えないから」

 柚乃はしっかりと補足と弁明を入れる。

 差し入れの量が間違っているからこそ、『こんなに食べる人だと思っているわけではない』と、失礼のならないように。

 春斗の性格をわかっている涼羽だが、これも念のためである。


「きっとテンションが上がっちゃったんだろうなぁ……。久しぶりに涼羽ちゃんが来るから」

 どうしてこんなことになったのか、その心情を察しながら柚乃はテーブルの上に置かれたお菓子を次々とカーペットに置き、飲食する場所を作っていく。


「普通こんなパンパンにテーブルの上に置かないよね? どこで食べろって言ってるんだか……」

「ふふっ、春斗お兄さんはなにも変わってないね」

「まあね。ずっとこれだからさすがに困っちゃうよ。お兄ちゃんのいいところなのはわかってるけどさ」

 ジト目になる妹は簡単に想像ができていた。

 見境なしに、値段を見ずに、喜んでもらうためにボンボン買い物カゴにお菓子やジュースを入れていく兄を。


 実際、これを止めることはできなかったのだ。

『買い物は一人で行ってくるね! なにが差し入れされるか楽しみにしてて!』と笑顔で制されたせいで。


「しかも、飲み物を入れるコップも、ケーキを食べるフォークも忘れてるんだよ? これじゃあ悪質な嫌がらせだよ」

「あっ、本当だ。ふふふっ」

「ニコニコしながら『じゃじゃーん』って見せびらかしておいてこれだから……。なんで私とお兄ちゃんでこんなに抜け具合が違うんだろう」

 次々と抜けているところを発見していく。シンプルな悪口が飛び出すが、部屋の空気はほんわかしていた。

 春斗を知る二人だからこそ、『仕方がない』で終わる話なのだ。


「まったくもう……。惜しいところまでできてるのになぁ」

 グチグチとした文句が止まらない柚乃。だが、その目は優しかった。声色も同じで、内心は笑っているようだった。

 そんな彼女の気持ちは十分わかってるように、口を挟まずに静かに見守りながら、表情を和らげている涼羽である。


「さてと、不満はこのくらいでコップとフォークを取ってくるね」

「ぁ、もう少し待った方がいいかも……だよ? 春斗お兄さん用意し忘れたことを知ったら凄く反省しそうだから……」

「それは大丈夫。お兄ちゃんはゲーム部屋に移動してるから」

「そ、そうなの?」

「間違いなく」

 嬉しそうに差し入れを運んできた様子を見てわかったのだ。

 少し前に送った謝りのメールを読んでくれたのだろう、と。

 喜んだ春斗が次にどんな行動を取るのか、一つ屋根の下で生活している柚乃には手に取るようにわかるのだ。


「仮にお兄ちゃんがリビングにいたとしても、お手洗いって言えば誤魔化せるから」

「うーん……。それはさすがにわかっちゃうと思うよ? 柚乃ちゃんのお部屋からだと、リビングとお手洗いの位置は逆でしょう?」

「……普通はそうなんだけどね。『悪いタイミングで声かけちゃってごめん』って謝ってくるから」

「ええっ!? た、試したんだ?」

「一緒に生活してると抜けてるところがたくさん見つかるから、わたしがこっそり補填できる用の言い訳が通用するか試すようにしてるの。喜んでほしいって気持ちが空回りしてるだけだから、注意するのは可哀想だもんね」

 自分がサポートできることなら注意せずに放置。それが柚乃のスタンスである。


「それに、注意をして泣いちゃっても困るし」

「春斗お兄さんが泣いちゃうのは、柚乃ちゃんの卒業式じゃないかな」

「あー。ハンカチ1枚じゃ足りないよね、絶対」

「3枚くらい必要かも」

「だよねー」

『泣いちゃう』の冗談から、仲良く軽口を言い合う。このタイミングで立ち上がる柚乃である。


「それじゃ、私はリビングに行ってくるね。ケーキは生ものだから早く食べちゃわないとだし」

「わたしも手伝うから」

「ありがと。でもここはお兄ちゃんにバレないことを優先にしよ? その方が涼羽ちゃんも嬉しいでしょ?」

「ぁ……うん。わかった」

 人手が増えれば、足りない物を取りにきたとバレる可能性が高まる。

 気遣いの気持ちは受け取り、一人でリビングに向かうのだった。



∮    ∮    ∮    ∮



「涼羽ちゃん、今日は17時で帰るんだよね?」

「うん。これ以上遅い時間になっちゃうとご迷惑をおかけするから」

「もし予定入ってなかったらだけど、もう20分待ってみない?」

「20分……?」

 それから、差し入れを食べながら返されたテストの復習をする二人は、こんな会話を続けていた。


「そう。お兄ちゃん、今日の夕方からバイトが入ってて、17時20分にお家を出るから」

「っ!」

「あの挨拶だけじゃ物足りないだろうし、お兄ちゃんもお兄ちゃんでなるべく早く話を終わらせたと思うから」

「……」

 その言葉に手の動きを止める涼羽は、不安そうな青の眼差しを柚乃に向ける。


「春斗お兄さんのご迷惑にならないかな……。お仕事前だから、その……」

「じゃあ直接聞いてくるね。メールの件をお兄ちゃんに伝言してくれたお礼はちゃんと返したいから」

「えっと、お願いします……」

「はーい。あ、カフェにお邪魔する方がお兄ちゃんとの時間は多く取れるけど、どうしよっか」

「そ、そんなこと聞かなくてもわかってるくせに……」

「意地悪じゃなくて一応の確認だよ!?」

 恥ずかしそうに俯く彼女に慌てて弁明する柚乃。


 その後、銀の髪を揺らしてコクッと頷く涼羽であった。

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