第20話 兄(バケモノ)と妹の外食
その日の夕方。
「ふっ」
「な、なにお兄ちゃん。いきなりニヤニヤして」
バイトを終わらせた柚乃は、兄と一緒にファミリーレストランに足を運んでいた。
春斗が優しい笑顔を浮かべていたのは、メニュー表を一緒に見ていた時である。
「ご、ごめんごめん。ゆーと一緒に外食するの久しぶりだからつい」
「……」
「ん? 柚乃?」
謝りながらその理由に答えれば、言葉を返されることなくムスッとした顔で半目を作られる。
「そんなに嬉しそうにされると気持ち悪いよ」
「いやいや、そんな気持ち悪がられるくらい嬉しそうにはしてないって……」
「してたよ。普通はニヤニヤしないもん」
その通り、『それほど嬉しそうにしてた』が正しいだろう。
二人の会話を聞いていない相手ならば、『初々しいカップルだな』と、誤解されても仕方ないほどに。
「なんか恥ずかしいよ。20歳にもなって妹と出かけるのが嬉しいってなってるの」
「それは人それぞれだからいいじゃん……。それにさっきも言ったけど、久しぶりなんだから」
「なんかお兄ちゃん勘違いしてない?」
「勘違いって言うと?」
「『どこに誘っても断られる』って思ってるんじゃないかってこと。一応言っておくけど、私……そんなことないんだからね?」
内容が内容だったのか、目線を落としてメニューを捲りながら答える柚乃。
『気軽に誘ってよ』との思いは十分に伝わるもの。
「あ! じゃあ一ヶ月に3回くらいは外食に行く日を作ってみる? その方が自炊の休暇が取れるし、リラックスも出来るだろうしさ。毎日メニューを考えるのも大変でしょ……?」
「それはヤダ」
「え、ヤなの?」
「うん。ヤダ」
毎日の料理を作ることがどれだけ大変なのか、主婦の声をネットで調べている春斗でもある。
少しでも負担を減らせるように、なんて提案だったが……即断られ呆気に取られてしまう。
「それまたどうして?」
「贅沢だからだよ。外食は自炊をするよりもお値段がするんだよ? 1回の外食で3回も自炊ができるくらいに」
「でもさ、休暇とリラックス、それにメニューを考えなくていい日が取れるなら御の字じゃない?」
「私が嫌々お料理をしてるならそうかもだけど、実際好きでお料理をしてるし」
食費のことを考えて自炊を選んでいる柚乃であるが、一番の理由はこっちだと目を合わせて答えるのだ。
「それに、『体調が悪い日は無理をしないようにする』ってお兄ちゃんと約束してるでしょ? だから無理して外食の日を作らなくていいよ」
「……」
「まあ何度も外食するより、コンビニでプリンでも買ってお兄ちゃんと一緒に食べる方が私は嬉しいし」
「そっか。じゃあ今日はプリンでも買って帰ろうか」
「ん。私は焼きプリンにする」
「じゃあ俺はミルクプリンで」
「お兄ちゃんのは売り切れてるよ。昨日、連絡を忘れてた罰で」
「その時はゆーのプリン食べるから大丈夫」
「そんなことしたらまたお尻叩くからね」
と、帰宅の際に買うデザートを仲良く決める兄妹。
「じゃあ外食の話はもう終わりね。お兄ちゃんはこれからも私の料理を美味しく食べてたらいいの。わかった?」
「あはは、了解了解」
外食の回数はこれまで通り変わらない。『たまに行く』との結論が出され——柚乃はすぐに話題を繋げるのだ。
「ね、お兄ちゃん。一つ確認なんだけど」
「ん?」
「明日は
「……ぁ」
情けない声を出して口を抑える春斗。この反応で忘れていたことは誰の目にもわかるだろう。
「ええ……。もしかして配信の予約しちゃった……?」
「いや、そうじゃなくて二人に出すお菓子を買うの忘れてた……」
「——む」
「痛ッ!?」
眉間にシワを寄せ、取り返しがつかない……なんて絶望の顔を浮かべる春斗に、即デコピンを食らわせる柚乃。
「ねえ、それくらいで『やらかしたー』って顔しないでよ……。お菓子は外食の後にでも一緒に買いに行けばいいじゃん」
「いや、明日こっそり出そうと計画してたんだよ……。サプライズみたいな感じで。その方がゆーも喜んでくれるって思ったから」
「そんな理由……!?」
「うん……。はあ。外食に浮かれてないで早いうちに買いに行っておけばよかったよ……」
計画していたことが上手にいかなかった。
ガクンと肩を落として落ち込む春斗を不思議そうに見つめる柚乃である。
首を傾げながら当然のことを言うのだ。
「お、お兄ちゃん。今さらこんなことを言うのは遅いけど、涼羽ちゃんがお家に来るの朝早いわけじゃないんだし、今日の夜中か明日の朝にこっそり買いに行けば計画は上手く進められたんじゃない?」
「…………ああ」
『本当だ』の声。
「もちろん気持ちは嬉しいから、そんなに落ち込まなくていいと思うよ?」
「『頭固いけど』って言いたそうな顔で言うのはやめてほしい……」
「正確に言えば頭が固すぎる、だけどね。男性脳はそんな感じらしいから仕方ないよ。うん」
「はい……」
「ふふ、落ち込むのはそのくらいでそろそろ注文しよ? ほら、お兄ちゃんの好きなチーズハンバーグもあるよ」
「チーズトッピングしちゃおうかな」
「私のこと考えてくれたから、チーズトッピング2個にしていいよ?」
「あはは、それじゃあお言葉に甘えて」
そうして、気持ちを切り替えて店員さんに注文していくのだった。
そして、春斗がドリンクバーを注ぎに行っている時。
『……こんなお兄ちゃんで本当にいいのかなぁ、
クスッと微笑みながら呟く妹でもあった。
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