第21話 涼羽の来客

 兄妹仲良く外食をした翌日。

 日曜日の13時のこと。


 涼羽すずはと連絡を取っていた柚乃ゆのは、『ピンポーン』と鳴るインターホンを聞いた後、すぐに口を開いていた。


「あ、このピンポン涼羽ちゃんだ」

「おっ!」

「それじゃ、お出迎えしてくるね」

「了解」

 スマホをポケットに入れてソファーから立ち上がる柚乃は、そのまま廊下に出て玄関に向かっていく。

 そして……その背中を当たり前に、ご機嫌に追いかけるのが兄、春斗である。


「……ねえ」

「ん?」

 振り返らずとも兄の足音で背後にいると気づくのは当たり前。


「『ん?』じゃなくって、なんでお兄ちゃんがついてくるの? お出迎えしてくるって私言ったじゃん」

「いや、ついでに俺も挨拶しようかなって思って」

 玄関で突然と始まるやり取り。


「もー……。挨拶はこのタイミングじゃないよ。涼羽ちゃんは私が出てくるものだって思ってるんだから、いきなり挨拶するのは相手を困らせるだけだって」

「そ、そう言われたら確かに……。じゃあ……えっと、ゆーからその機会を作ってくれない? もちろん涼羽ちゃんが嫌なら控えるけど、兄としては筋を通したい部分だから」

 春斗は兄でありながら、柚乃の親代わりでもあるのだ。困り顔を浮かべるも、言い切る頃には真剣な表情に戻す。


「そんな怖い顔しなくても……。涼羽ちゃんが『嫌』って言うわけないでしょ?」

「あはは……。涼羽ちゃん優しいもんね。それこそ、ゆーと同じくらいに」

「そ、そこをセットにして褒めなくていいよ……。私、学校でお兄ちゃんのこと……ク、クソ兄貴って言ってるし」

「——はっ!?」

 いきなり褒められたがゆえの照れ隠しだが、この衝撃的な呼び名は春斗の冷静さを一瞬にして削ぐ刃となる。


「それに、優しいから嫌って言わないわけじゃないと思うよ。涼羽ちゃんは」

「ちょっと待って……ゆー。クソ兄貴……? 俺クソなの……!?」

「大事なところ聞いてないし……」

 絶望の表情に染まる春斗だが、思春期の女子は基本そのようなもの。

 本心とは別で、どうしても攻撃的な口調になってしまうもの。

 その証拠こそ、『俺クソなの……!?』の問いかけに肯定をしなかったのである。


「……まあ、(涼羽ちゃんも喜ぶだろうし)挨拶の機会は作ってあげるから」

「あ……。う、うん……」

「じゃあほら、そんなところでショック受けてないで早くリビングに戻る。これ以上涼羽ちゃんを待たせるようなことするなら、お家でもクソ兄貴って呼んじゃうからね」

「……はぁい」

 しょんぼりとした兄の背中を優しく押す柚乃は、廊下とリビングが繋がるドアをガチャンと閉める。


『あとで謝らなきゃなぁ……』

 そんな独り言を呟きながら、柚乃は早足で玄関に駆けていく。

 そうして、すぐに扉を開ければ——ちんまりと立っていた涼羽すずはが、青の瞳を細めて柔和な笑みを浮かべていた。

 この表情で全てを悟り、眉尻を下げて罰の悪そうに確認を取り始める。


「あ……。も、もしかしなくても聞こえてた? 私とお兄ちゃんの会話」

「うん。いつになっても仲がいいね。柚乃ちゃんと春斗お兄さんは」

「べ、別に仲がいいわけじゃないよ。いつもあんなで迷惑かけられっぱなしなんだから」

「ふふ、それは無理があるよ」

「えっ?」

 バッサリと言い切られた理由を知るのは、3秒後のことだった。


「わたし知ってるんだからね。柚乃ちゃんのスマホのお気に入りに、春斗お兄さんとのツーショット写真が入っていること」

「っ!?」

 昨日の放課後にからかったこと。

『私知ってるんだから。お兄ちゃんとおしゃべりするためにお仕事先のカフェに寄ってること』

 この機会を待っていたと言わんばかりに、からかいのセリフをまるまる返されてしまう。


 以前スマホのアルバムを見せてもらった時、涼羽の目に偶然止まったのがそのツーショット写真だったのだ。

 この一度の偶然で、雌雄は決す。


「うぅ……。そ、それはもう認めるからお兄ちゃんには言わないでね? 私がブラコンだって勘違いされちゃうから……」

「ふふっ。大丈夫だよ。誰にも言わないから」

「あ、ありがとう」

 敗北宣言を聞き、落ち着きのある声で余裕のある返しをする涼羽すずは

 しかし、優位を取れたのはここまでである。


 幼馴染とも言えるこの二人は、からかい、からかわれる、お互いの距離を測れた親しい関係。

 好きな人がバレている関係でもある。


「……ね、それにしても」

 突としてこんな前置きをする柚乃は、『ツーショット写真バレ』の恥ずかしさを残したまま、赤面顔で攻めるのだ。


「涼羽ちゃん。今日はお家で遊ぶのにオシャレな服装だね」

「っ!!」

「そうやってお兄ちゃんにアピールするつもりなのかなあ〜?」

「そ、そんなこと……ないです……」

 たった一言だが、先ほどの余裕が一瞬にして消え去る威力を持っていた。

 モジモジと内股になってミニスカートを押さえる涼羽は、上目遣いになって顔を真っ赤にする。


 柚乃はちゃんと見抜いていたのだ。普段の服装よりも露出が多いことを。


「でも……。あ、あの、柚乃ちゃん……」

「ど、どうしたの?」

「この服装……似合ってる……かな? 春斗お兄さん、褒めてくれると思う?」

 おずおずと不安そうに聞いてくる涼羽に意地悪はしない。

 からかっていい時とそうでない時を弁えている柚乃は、笑顔で言うのだ。

 

「あ、自信持って大丈夫だよ。お世辞抜きで凄く似合ってるから」

「そ、そう……?」

「うん。お兄ちゃんも涼羽ちゃんに挨拶したがってるから見せびらかしちゃお?」

「そ、そそそんなことできないよ……!」

「ふふ」

 この笑い声が、玄関前の立ち話を終わらせる言葉。


「とりあえずお家の中にどうぞ。お兄ちゃんの挨拶は心の準備ができた時で大丈夫だから」

 お互いのからかい合いはもう済んでいる。

 自分のペースで。そう優しい言葉をかけられる涼羽すずはだった。



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