第19話 高校で 柚乃&涼羽

 土曜日の午前中のこと。

涼羽すずはちゃん、さっき返却されたテストの点数……どうだった?」

「数学は94点だったよ」

「っ! やっぱりクラスの最高得点は涼羽ちゃんだったんだ! さすがぁ」

 休日授業を終え、放課後を迎えた春斗の妹、柚乃ゆのは、下校の準備を進めながら小学校時代からの友達でもあり、隣席に座っている涼羽すずはと雑談を交わしていた。


柚乃ゆのちゃんはどうだったの」

「私はなんとか90点」

「わ……。苦手教科なのに10点しか落としてない方がさすがだよ?」

「えへへ、ありがとう。一応これでバカ兄貴を心配させずに済むかな」

 ミディアムロングの銀の髪。澄み渡るような青の瞳と日焼けのない白い肌。

 大人しい性格の涼羽に、嬉笑を浮かべて答える柚乃である。


「あ……。春斗お兄さんは元気にしてる?」

「それはもう元気にしてるよ。昨日なんかお家に帰る連絡をせずに油を売ってたくらいなんだから。お家のルールを破って」

「あらら……。それじゃあ柚乃ちゃんお仕置きしたんだ?」

「もちろん。『次からはちゃんとしろー』ってお尻をバシバシ叩いちゃった」

「ふふふ」

 小学校からの仲である涼羽は、柚乃の家庭環境をよく知っているのだ。

 お互い笑顔で当たり前にやり取りをするが——。


「ッ!?」

「っ!!」

「っ!?」

 彼女らの近くで集まっていた三人の男子、クラスメイトはこの会話を耳に入れた瞬間、肩を揺らしてこちらに振り返る。

 ここで男子らと目を合わせた柚乃は、すぐにジト目に変えて言い返すのだ。


「なぁに? そこの男子は。なにか言いたそうだけど」

「「「な、なんでもねえよ!」」」

 否定の口を揃えて再び輪を作る男子らだが、ここからの会話は丸聞こえである。


「お、おい。聞いたか!? 迷惑かけただけで柚乃ちゃんに尻叩いてもらえるんだってよ!」

「お兄ちゃんが羨ましすぎるぜ……」

「最高じゃねえか……」

 柚乃は知らない。また、涼羽も知らない。

 秘密裏に行われた『高校二年生男子が思う可愛い女子ランキング』1位、2位を獲得している二人であることに。

 そんな有名な柚乃だからこそ、こんな会話になるわけでもあるが——。


「う、うわあ……」

「ちょ、冗談だって! そんなに引かないでくれよ柚乃ゆのっちー! ただの冗談だろ!?」

「言っていい冗談と悪い冗談があると思う」

 最初に弁明する男子に言葉を返せば、もう一人の男子が返してくる。


「そんな酷いこと言うなよお!」

「当たり前のことを言ってるだけだよ」

 眉をピクピクさせて反論すれば、最後の男子がこう提案してくる。


「まあまあそんなこと言わずに! あ、今日一緒にボウリング行かね!? 涼羽ちゃんもどうだ!?」

「わ、わたしは遠慮します……」

「私も。って、野球部は今日部活あるでしょ? 変なこと言ってないで早く準備しなきゃ」

 この事実がトドメである。


「そ、それを言うのかよ……」

「さ、最低だぜ……」

「もう少し現実を……忘れたかった」

「はいはい。部活いってらっしゃい。三人とも頑張ってね」

「「「うぇーい……」」」

 適当にあしらう柚乃はしなやかな手を振って男子と一区切りをつけると、涼羽すずはとの会話に戻る。


「はあ……。本当子どもっぽいんだから」

「ふふ、柚乃ちゃんに構ってほしいんだと思うよ。柚乃ちゃん人気者だから」

「ううーん。からかわれてるだけだよ? 私は」

「でも、昨日も告白されてたよね……? お昼休みに」

「えっ、も、もしかして見てたの!?」

「ううん。見てたわけじゃないけど、呼び出しをされてたからそうなのかなって思って」

 動揺する柚乃を見て察する涼羽は、首を傾げながら追及するのだ。


「その様子だと断ったんだ……?」

「うん。悪い人じゃなかったんだけど、バカ兄貴と比べたらどうしてもどうしても子どもっぽく見えちゃって」

「え、えっと、春斗お兄さんと比べるのは可哀想だと思う……よ?」

「……」

 両手を重ねながらおずおずと意見する涼羽を数秒見つめる柚乃は、ニヤリと口角を上げて言うのだ。


「さすがは私のお兄ちゃんを狙ってる涼羽ちゃんで」

「っ、それは気のせい……だよ」

「私知ってるんだから。お兄ちゃんとおしゃべりするためにお仕事先のカフェに寄ってること」

「そ、それは偶然です……」

「ちなみに今日、バカ兄貴と一緒に外食する約束してるんだー」

「ぅ……」

 整った眉を無意識に中心に寄せる涼羽。表情に出ることがわかっている柚乃は、ニヤニヤしながら言うのだ。


「ほら、やっぱり羨ましそうな顔した」

「してない……です」

「ふふ、とりあえず日曜日はバカ兄貴もお家にいるからね」

 見透かしたような返事をするもの当然。

 強がっている時や、嘘をついている時に『ですます口調』になる癖を持つ涼羽なのだから。

 そして、その日は遊ぶ約束を交わしている二人でもある。


「さてと、私はそろそろバイトに行かなきゃ」

「あ、それなら途中まで一緒に帰ろう……? 今日はわたしも学校には残らないから」

「ありがとう。嬉しい」


 そうして、教室から玄関に移動した彼女らには、とあるイベントが待っていた。

「おいしょっ」

 いつも通り背伸びしながら柚乃が靴箱を開けた瞬間である。


「わっ」

『柚乃さんへ』と、書き記された3枚の手紙がパラパラと落ちてくるのだ。


「や、やっぱり柚乃ちゃん凄い人気……」

 なんて驚きをしながら涼羽も靴箱を開ければ……こちらもまたパラパラと3枚の手紙が落ちてくるのだ。

 こちらも『涼羽さんへ』と書かれたもの。


「……」

「……」

 二人は無言で顔を見合わせると、膝を曲げて丁寧に床に落ちた手紙を拾っていく。

 そんな様子を見る生徒は、こう思うのだ。


『また告白されてるよ……』と。

『また振られるぞこれ……』と。

『懲りずによくやるよ……』と。


 誰も驚かないのはこの学校ではよくある光景だから。


 そして、学園中に広まっている噂が一つあるのだ。


 何十人もの相手から告白をされているこの二人を、たぶらかしているバケモノがいる、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る