第18話 Side、綾の朝
「げっ……!?」
翌日の朝。ビヨーンと寝癖を立たせたパジャマ姿の綾は、アラームを止めたスマホを見て目を丸くしていた。
睡魔は一瞬にして飛び、カエルが潰れたような声を出していた。
「な、ななななにが起きちょっとこれ……」
綾の視界に入っているのは、表示上限数を振り切った
今までに何度かこの通知数を体験したことがある彼女だが、それは有名配信者とコラボしたり、大会でよい成績を収めた時。
今回、話題になることはなにもしていないからこそ、あの文字が脳裏をよぎるのだ。
「こ、これ……炎上しちょる……? や、やっぱりあの視聴者さんが拡散したっちゃろうか……」
炎上の心当たりは二つもあるのだ。
同じ
——プロチームに所属している綾にとって、これは当然非難されるべきこと。
そして、プライベートで鬼ちゃんとゲームをしていたこと。
——男性視聴者が8割を超える綾のコンテンツは、男の影が浮かんだだけで炎上してしまう。
今回の件は意図的ではない。
現実で顔を合わせていた春斗が、まさかの鬼ちゃんだったからこそのトラブル。
情状酌量の余地はある。むしろ許されるべきことだが、そう簡単に終わらないのがこの業界の大変なところ。
「ううぅ……。本当に悪気があったわけじゃないとよ……」
生活費と学費を配信で稼いでいる彼女にとって、炎上は一番恐ろしいもの。
今すぐにこの現実を忘れたい。そんな気持ちに襲われる綾だが、配信者としての責任はきちんと果たさなければならない。
「な、内容を確認せんと……」
それが、勇気を振り絞る言葉。
震える指を画面に近づけ、目を瞑りながら通知欄をタップした綾は、ゆっくり目を開けていく。
「っ」
そして、今までの不安が杞憂だったことに気づくのだ。
『やっぱりAyaya最高! これから頑張ってな!』
『これからもついていくぜ! ウェーイ!』
『さすがは俺のAyayaだわ!!』
『もっと好きになったぞ!』
「……」
そのコメントを見て目を擦る綾だが、幻覚を見ていたわけではない。
通知欄には変わらずの褒め言葉がズラリと並んでいるのだ。
「こ、これ、なにが起こっちょっと……?」
状況についていけないのは当然である。
なにもしていないのに、なんの自覚もなしに、なぜか評価が上がっているのだから。
詳しい内容を知るため、もう少し通知を漁っていくと——。
『昨日の鬼ちゃんの配信でAyaya褒められてたよ! これがそのURLね!』
ようやくその理由を見つける綾だった。
「んん!? お、鬼ちゃんがうちのことを褒めたと……!? 配信中に!?」
予想もしていなかった嬉しい内容。
送られたURLを反射的に押す綾は、動画を再生させながらコメント欄を確認する。
そのトップには、視聴者が書いたまとめが表示されていた。
05:27 鬼ちゃんの質問タイム。
07:13 妹ちゃんに触れる。
09:10 鬼ちゃん逆ギレ。
その文字に続き……。
10:49 Ayaya褒める1。
14:10 Ayaya褒める2。
17:41 Ayaya触れる1。
18:20 Ayaya触れる2。
気になる内容がたくさん書かれているが、一番気になるのは自身のこと。
「……」
10:49の時間を押すと、すぐに流れるのはこの声。正真正銘の鬼ちゃんの声だった。
『そもそも叩くことがないよ。正直……凄えなって思うばかりだし』
「っ」
『彼女のチャンネル登録者数って確か30万人……? あ、今は34万くらいか。俺とはかなり差があるのに見下すような態度は一切なかったし、こんな俺相手にも丁寧に対応してくれたし、本当に人間が出来てると思う。だからあれだけファンがついてるのは納得だし、もっと伸びてほしいと思う』
そして、視聴者のコメントを見たのか、すぐに焦った声が聞こえる。
『ま、まあ、結局そんなやつも俺が踏み台にして、甘い汁吸う予定だからよろしくなお前ら』
「もう、なん言っちょっとね……」
思わずツッコミを入れる綾は、14:10の『褒める2』を押す。
『Ayayaさんの凄いと思うところを配信者目線で教えてほしい……って? まあ、視聴者を退屈させないような工夫を凝らしてるところじゃね。あの人配信中は常になにかをしてる状態だろ? チャンネルが大きくなっても未だに意識してやってるのは視聴者のことを大切にしてるからだと思う。俺と違って』
「鬼ちゃんだって意識しちょるくせに……」
次に17:41。
『Ayayaの可愛いところ教えてくれって? いや、すまん。可愛いところは見つからんわ。ゲーム中にそんなこと思わんし』
「……」
最後に18:20。
『Ayayaの好きなところは? って、お前らお金出せばなんでも答えてくれると思うなよマジで。好きなところもねえわ』
「…………」
この二つに関しては、鬼ちゃんらしさが全開に出た返事。
視聴者の何人もが、『そんなことないやろ!?』『酷すぎw』『マジかよ』なんてコメントを書いているが……綾は違う。
目を細めて喜色を浮かべていた。
「ありがとう、春斗さん……」
この行動には感謝でいっぱいだった。同じ配信者だからこそわかるのだ。
褒めるラインを見極めている、と。
最後の二つに関しては、配信者としてどうかではなく、『異性としてどうか』という質問。
これの質問に対し、『ここが可愛い』、『ここが好き』なんて答えたのなら、当然、こんな噂が立つ。
鬼ちゃんは出会いを求めている。Ayayaにアピールをしている、と。
そんな話が広まった時点で、Ayayaの男性ファンは鬼ちゃんを煙たがる。毛嫌いもする。視聴者同士での対立も生まれる。コラボもしづらくなる。お互い配信を続けるためにも距離を置かなければいけなくなる。
二人の配信者が両者の視聴者に認められた関係でいるのは、『お互いが異性として見ていない』という前提があるから。
鬼ちゃんは、その前提を崩さないような線引きをしっかりと行っていたのだ。
「本当カッコよかね……」
自分の印象が悪くなる覚悟で言っている。
朝日が体に当たっているせいか、ポカポカと胸は暖かくなる。
頬が赤くなる。
「ふふ、でも褒めるのはこれだけ……。あとで問い詰めちゃろ。うちに酷いこと言ったけんね」
嬉しそうに、そして楽しそうに呟く綾だった。
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