第17話 結局の鬼ちゃん
それからのこと。
準備を整えて大きく深呼吸。咳払いをして鬼ちゃんのスイッチを入れた春斗は、LIVE配信をONにするのだ。
「よー。お前ら。待たせたな」
この第一声を入れ、ABEXの画面に切り替えるとコメントが大きく流れ出す。
『きたぁああああ!』
『待ってたぜ!』
『こんばんはー』
『楽しみにしてたぞ』
あの放送事故を起こして以降、アンチのコメントはなかなか目につかない。好意的なコメントで流されている状況だった。
「って、嘘だろ……。今2000人も見てんの!? マジか……。暇人多すぎてちょっと引いたわ」
『今視聴者数に驚いたの誤魔化しただろw』
『うるせえよシスコン(笑)』
『お仕事終わりだもんな、鬼ちゃんは』
『妹ちゃんのご飯は堪能しましたか?』
配信者と視聴者の間で行われるのは煽り合いであるが、鬼ちゃんは上手に躱すのだ。
「ま、まあ、とりあえず今日は1時間から2時間配信予定な。最初の20分はボット撃ちしながら質問タイムって感じで」
ボット撃ちとは、的当てのようなもの。
試合前に行う準備運動だからこそ、コメントに目を通しながら質問に答えることができるのだ。
「さてと、一応投げ銭のコメントを優先して答えるけど、そこは文句なしで頼むわ」
前置きを入れ、愛用している武器、R-301を拾って質問タイムを始める。
質問コーナーが設けられているということだけあって、たくさんのコメントが書き込まれる。
鬼ちゃんは最初に読んだのは、2300円投げ銭コメントだった。
「えっと、コメントはどの程度の質問まで答えるの……って? まあ、他の配信者と同じラインを設けるわ。身バレするような質問は答えられないし。だから金をドブに捨てるような質問はやめてくれな」
お金を稼ぐ大変さ、その大切さを知っている鬼ちゃんは、お金をもらうだけの行動は取りたくなかったのだ。
お金をいただいておいて、『それは答えられない』なんてあしらうことをしたくなかったのだ。
この気持ちは、視聴者にも伝わること。
『ところどころ優しさ出てんだよなぁ……コイツ』
『こんなお兄ちゃんがいる妹さんが羨ましいよおー』
『なんだかんだ妹ちゃんもブラコンっぽいよな』
『サブ垢のIDがバレたら絶対キモがられるぞ(笑)』
口調は乱暴だが、相手のことを考えている言葉。
意図せずツンデレ属性を持つ鬼ちゃんになっているのだ。
鬼ちゃんはボット撃ちを続けながら質問タイムを続ける。
5000円の投げ銭。『妹ちゃんとの今日のやり取りを教えて』と。
あの放送事故後、妹のファンが着々と増えている現状なのだ。
「はあ……。俺に妹がいるかどうかは知らないけど、今日怒られたわ。靴べらで尻しばかれたし」
『靴べら!?』
『なにをしたらそうなるんだよお前……』
『なんかしょげてね? 声』
『そりゃ大好きな妹に怒られたら萎えてもしょうがねえよw』
そうして、『なんで怒られた?』なんて質問にも答える鬼ちゃんである。
「怒られた理由? まあ、俺が完全に
『クソやんお前!』
『最っ低やな!』
『腹切って詫びろ』
『妹を心配させんじゃねーよ』
説明した途端、罵詈雑言が飛び交う。
妹の可愛い声に心を射抜かれた視聴者は、鬼ちゃんの味方をすることなく、容赦ないコメントを流すのだ。
この文字を見て鬼ちゃんは声を荒げる。
不利な状況であればあるだけ、抵抗したくなるのだ。
「はあ? お前らうっせーよ。俺が悪いって言ってんだろ。クソ反省しとるわバカが」
『コイツ、キレやがったw』
『逆ギレかよ(笑)』
『なんか思った以上に反省してそう』
『妹の尻に敷かれてる鬼ちゃんの構図もうオモロい』
キレながらボット撃ちを続ける鬼ちゃんだが、銃弾の命中率はさすがの
飽きさせない画面を視聴者に見せながらどんどんと質問に答えていく。
『妹ちゃんのことは大好きですか?』6000円の投げ銭。
「……あ、あのさぁ、もっと別のこと質問しようぜ……。それを答えても6000円の価値ないだろ」
『切り抜きが目的だろこれ(笑)』
『オラ、早く答えろよ』
『鬼ちゃんが言ったら仕方ないよな……。身バレしないことなら答えるって』
『答えてくれるよなあ!?』
盛り上がるコメント欄。鬼ちゃんはボット撃ちを止め、頭を描きながら答えるのだ。
「……まあ、チョコよりは上だわ。ってか、俺の部屋防音じゃないからマジでこんな質問はやめてくれ。頼むわ本当」
『お前のチョコの基準がそもそもわからん(笑)』
『そんなこと言うから妹攻めされるんよ……』
『妹さんこの配信見てねえかなぁ』
『鬼ちゃんが質問にもっと制限かけないのが悪いわ』
視聴者の言う通りだろう。
『言えばわかってくれる』と思っている鬼ちゃんが悪い。正論が多く流れた結果、妹攻めは当然のように繰り返される。
そして、数十先の質問でドーンと入れ込まれた。
今日初めてとなる5桁の投げ銭、12000円のお金。そして、『配信外のAyayaさんってどんな感じ?』とのチャットが。
「あ、待って。この質問はキツい……。俺の場合は特にキツいって。なんでこれに12000円も……。え? そもそも他の配信者ってこんな質問に答えてる?」
『答える答える!』
『答えるぞ!』
『妹ちゃんと同じくらいこれ気になるわ』
『ボロボロに叩くか!?』
実際、他の配信者は答えないだろう。
しかし、赤スパと呼ばれる1万円超えの投げ銭の圧。
さらにはコラボ回数が浅い鬼ちゃんはその辺の知識が薄いのだ。
視聴者のコメントに騙され、最後のコメントを拾う鬼ちゃんは、こう言葉を続けた。
「いや、嘘つくと迷惑かけるし、そもそも叩くことがないよ。正直……凄えなって思うばかりだし」
『お!?』
『ああー! 鬼ちゃんの化けの皮が外れていく』
『優しいお兄ちゃんの声が出てきたw』
『こんなに楽しい質問タイム初めて(笑)』
この時、鬼ちゃんはコメント欄を見ていなかった。天井を見て思い出すように答えていたのだ。
「彼女のチャンネル登録者数って確か30万人……? あ、今は34万くらいか。俺とはかなり差があるのに見下すような態度は一切なかったし、こんな俺相手にも丁寧に対応してくれたし、本当に人間が出来てると思う。だからあれだけファンがついてるのは納得だし、もっと伸びてほしいと思う」
『めちゃくそ褒めるやんw』
『Ayayaの好感度爆上がり!』
『おいおーい。お前のキャラ崩壊してるぞー』
『煽り配信者なのに、他の配信者の迷惑にならないようにしてるから……(笑)』
「……ッ」
視線をPCに戻し、鬼ちゃんはようやく現状に気づく。
意識的な咳払いをして、ボット撃ちに戻りながら言うのだ。
「ま、まあ、結局そんなやつも俺が踏み台にして、甘い汁吸う予定だからよろしくなお前ら」
『よろしくな、じゃねえよ(笑)』
『その取り繕い方はもう意味ない』
『ここ切り抜きされるな……』
『いい加減学べ……。そして台本もっと用意しろよw』
この日、この質問コーナーだけで今までの最高投げ銭金額を稼ぎ出す鬼ちゃんだった。
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