第13話 動き出した日③

「……」

『……』

 二人はロビー画面に戻った後、無言になっていた。

 敵を一人も倒せなかったという戦犯になったからではない。


『あ、あの……鬼ちゃん?』

「な、なんですかAyayaさん。じゃなくって白雪さん」

 そう。お互いの正体を知った状態だから、である。


『えっと……今、どんな気持ちやと?』

「え? どんな気持ちって言われても、頭が全然追いついてないよ。だって確率的にありえないことが起きてるでしょ……? 配信者同士がリアルで顔を合わせてたってことだし」

『そこを聞いてるわけじゃないったい。もっと別の!』

「別って?」

『うちが相談したこと……お、覚えちょらんと? 忘れてるなら全然よか——』

「え? 本人からそれ言うの?」

『ぅぅんもぉぉおおっ! やっぱり覚えちょるやんっ!』

 勇気出したね……。なんて含みに、綾の感情は一瞬で爆発する。


「日数的に忘れられることじゃないって」

『うぅぅぁぁあああ! もう言わんで!! もう言わんとって!!』

「あ、あはは……」

 こんなにも悶えたAyayaの声は、誰も聞いたことがない。今、この場にいる春斗が初めてである。


『あぁもう! 終わったぁ……。うちの人生終わったぁ……! なんでよりにもよってうちが気になっちょる人に恋愛相談なんかしたとよ!! 鬼ちゃんくらいポンコツやあ……」

「さりげなくディスられたんだけど……俺。って、ん? 『うちが気になってる人』なの? 友人さんじゃなくって」

『……』

「えっ!? まさかのそっちなの!?」

『う、うぅぅう。もう顔が真っ赤たい……。次からもう春斗さんと顔を合わせれんばい……』

 弱々しく、震えた声がこちらに伝わってくる。

 春斗も反応に困る状況。どんな声をかけるべきか頭を働かせていると……綾は動いた。

 恥ずかしさを誤魔化すように反撃してくるのだ。


『って、なんで鬼ちゃんがカフェでバイトしとっと!? 広告収の方がお金もらえるやろ!?』

「ま、まあそれはそうだけど、俺の配信って煽りがメインだからいつ広告が停止されてもおかしくないんだよね……? 実際に運営から注意されてるし……」

『えええ』

 配信一つで生計を立てる場合、広告が停止された瞬間に収益がゼロになってしまう。

 仮にそんなことになれば、柚乃ゆのは心配するだろう。学業に集中できなくなるだろう。

 それを防ぐための保険。第二の柱を立てている春斗である。


「でも、こんな偶然って起こるんだね……。宝くじを当てるよりも凄いことかも」

『ね、ねえ……。そうやって気を遣って話題を逸らしてくれるけん、もう言うばい』

「ん?」

『う、うち……春斗さんのことが好きなわけじゃないけんねッ!! 相談した通り、気になるだけ!! よかね!?」

「わかってるって。だから俺もこんなに冷静なわけで」

 普段と変わらない声で綾を諭す春斗だが、その耳は朱色に染まっていた。

 頬を掻きながら、恥ずかしさを必死に隠していた。


『そ、それならいいっちゃん! あ、あとこのことは絶対秘密やけんね! 間接的にAyayaは鬼ちゃんのことが……その……」

「それもわかってるよ」

『ん、なら、よかばい……』

 と、返事をした綾は、暗い声色に変えてこんなことを口にするのだ。


『あ、あの……鬼ちゃん。ここで話題を変えるっちゃけど、うちら炎上する可能性……ない?』

「うん……。俺もそれを言おうと思ってた」

 お互い、配信業界に疎いわけではない。考えることは同じである。


「正直、覚悟しておいた方がいいかもね……。あの味方さんの情報の出し方次第だけど、最上位プレデター帯が二人もプラチナ帯でパーティーを組んだのは迷惑な話だし、俺とAyayaさんがリアルで顔を合わせてるほど親密な関係だってバレたら、男性ファンの多いAyayaさんの視聴者は怒るだろうし……」


 この業界は『人』にファンがつく。今回の件で彼氏彼女の関係だと誤解されたらのなら、一撃でアウトである。視聴者は離れ、アンチになって攻撃を始めるだろう。

 そして、どのような工程をてこのようになったのか……。この事実を伝えても誰も信じてはくれないだろう。

 天文学的な確率が起きたと言っても過言ではないのだから。


「まあ、でも白雪さんのことは絶対に守るから大丈夫だよ。俺が脅したとか言えばいいんだから」

「ええっ!?」

「今回の件は俺が悪いよ。このサブ垢を配信に載せてなければ、バレることもなかったわけだし」

『そ、それはダメよ! うちにも責任があるっちゃから!』

「いやいや、それは結果論。原因を作った俺に全ての責任があるよ」

 その責任を取って、綾を守りつつ引退する覚悟を見せた春斗。


 そんな時——。

 Oimo_daisukiyoのアカウントに一件のメッセージが届いたのだ。


【先ほどの味方です。今日は本当にありがとうございました! 一緒にプレイすることができて光栄でした】

 その挨拶の次にこんなことが書かれていた。


【本題です。今回はお二人共々にトラブルがあったことでしょうし、どこにも拡散するつもりはありませんのでご安心ください。僕が拡散することといえば、ファンであるあなたに関することだけです(笑) それでは、今後のご活躍をお祈り申し上げます。季節の変わり目なのでお体には充分お気をつけください。長文を失礼しました】

 

 これで、全てを悟った春斗は言う。


「……あ、白雪さん。炎上は大丈夫みたい。でも、犠牲になるのはやっぱり俺だわ」

 安堵の気持ちとヤバいという気持ちが入り混じりながら……。



∮    ∮    ∮    ∮



 数時間後のこと。編集された一本の動画がSNSに投稿されていた。



【プラチナ帯で鬼ちゃんと遭遇! 鬼ちゃんの秘密暴露! 声あり】

 いかにも目に留まるタイトルで……。


『お、お前……。よくこれがサブ垢だってわかったな……』

【一年以上も前ですけど、一回だけありますよ! その動画はもう削除されてますけど】

『そ、そうだったっけか……。こっちのアカウント使ってて初めてだぜ? サブ垢だって気づかれたの。一年以上も前って言うと、チャンネル登録者も全然いなかった頃だし』

【登録者100人くらいの頃から見てます!!】

『そ、そんな時から!? いやぁ、本当ありがとな。嬉しいわ』

 視聴者に感謝しているところから——。


『な、なあ。そんなお前に一つお願いがあるんだけど』

【なんですか?】

『あのさ、確かに俺は鬼ちゃんなんだけど、『気のせいでした!』『間違いでした!』ってチャットに書いてくれね? このアカウント大切だからバレるわけにはいかねえの』

【大切?】

『これ誰にも言うなよ……。このアカウント、『お芋』と『お妹』を掛けて作った名前なんだよ』

【そんな意味だったんですか!? って、めちゃくちゃシスコンじゃないですか!】

『べ、別にいいだろうが! ま、まあとりあえずこんな理由だから頼むわ!! OK!?』

【おけです!】

『よし!』

 視聴者にお願いしているところの内容を。


 そして、この動画にはしっかりと編集が加えられていた。

 Ayayaのサブ垢のIDにはしっかりとモザイクが入れられ、彼女の影はなに一つとしてなかった。


 その代わり、鬼ちゃんだけは特別製だった……。

 完全な特定を避けるためか、『Oimo_daisukiyo』の『yo』だけモザイクがつけられていた。

 そのせいで、強い想いが記されたIDに変わってしまうのだ。


 冗談っぽい『大好きよ』ではなく、『大好き!』と。


 それだけでなく、この動画の最後には鬼ちゃんの名言が、エコーのかかった音声で入れ込まれていた。


『俺はアンチからどんな攻撃をされても効かねえよ。俺自身、攻撃される覚悟を持ってやってんだから』……と。


 最近、ABEX業界の話題を掻っ攫っている鬼ちゃんの新たな燃料投下。

 これにSNS利用者はピラニアの如く食いつくのだ。


『これは絶対に効くだろ(笑)』

『鬼ちゃんの家族愛チャンネルに名前変えようか!』

『編集最高すぎ!』

『サブ垢の名前さすがに恥ずかしすぎるw』


 RT、いいねは僅か60分で双方1万を超えるほどの反響に包まれていた。

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