第12話 動き出した日②

【鬼ちゃんのサブ垢ですよね!?】に続く綾のチャット、【どうしてそう思うと?】を見た春斗は焦りの声を漏らしていた。

「ちょ、そんなこと聞かなくていいって!」と。


 鬼ちゃん本人だと確信しているような味方と綾のチャットを止めなければ、身バレという最悪な形になってしまうのだ。

 真っ白になる頭で反射的に考えるのは一つだけ。

 どうにかして二人の邪魔する、である。


「し、白雪さん。ちょっとDiacordディアコードの方ミュートにするね。あと、ゲームの方のVC音量は0にしてて! 絶ッッッ対に!」

『……Diacord繋いでる時は、音量入れてないよ?』

「了解。ならそのままにしてて! すぐ戻ってくるから!」

 この状態ならば、ゲーム内で味方と喋っていても、綾にだけは声が届かない仕様になる。

 これでなんとか誤魔化せる……! なんて安堵した気持ちが芽生える春斗だが、綾はずっと春斗の正体を気にしている人物。

 また、味方と二人きりで喋るという狙いも理解している。


 綾は言われたままに動くわけもなく、速攻でゲームの設定ボタンを押し、VCの音量を0から50に上げるのだ。

『絶ッッッ対に!』なんて釘の刺し方をすれば、こうしない人はいないだろう……。


 そして、声が筒抜けになる設定に変えられたことに気づくわけもなく、春斗は味方に話しかけるのだ。


「お、お前……。よくこれがサブ垢だってわかったな……」

 声色と口調を変えて、鬼ちゃんを露わにして。


「え? このアカウント配信で載せたことなくね?」

【一年以上も前ですけど、一回だけありますよ! その動画はもう削除されてますけど】

「そ、そうだったっけか……。こっちのアカウント使ってて初めてだぜ? サブ垢だって気づかれたの。一年以上も前って言うと、チャンネル登録者も全然いなかった頃だし」

【登録者100人くらいの頃から見てます!!】

「そ、そんな時から!? いやぁ、本当ありがとな。嬉しいわ」

 鬼ちゃんは味方に媚びていた。いや、不快にさせないように媚びるしかなかったのだ。


「な、なあ。そんなお前に一つお願いがあるんだけど」

【なんですか?】

 そう、こちらの要求を叶えてもらうために。


「あのさ、確かに俺は鬼ちゃんなんだけど、『気のせいでした!』『間違いでした!』ってチャットに書いてくれね? このアカウント大切だからバレるわけにはいかねえの」

【大切?】

「これ誰にも言うなよ……。このアカウント、『お芋』と『お妹』を掛けて作った名前なんだよ」

【そんな意味だったんですか!? って、めちゃくちゃシスコンじゃないですか!】

「べ、別にいいだろうが!」

 お願いを叶えてもらうため、早く叶えてもらうためにはメリットを与えなければ、と考えた鬼ちゃんは内緒の話を出す。

 これが、のちにネットで大弄おおいじりされることなど知らず——。


「ま、まあとりあえずこんな理由だから頼むわ!! OK!?」

【おけです!】

「よし!」

 すぐに帰ってきたチャットはこれ。

 聞き分けのいい返事にホッとした声をあげた鬼ちゃんだが……ここで乱入してくるのだ。

 この会話をずっと聞いていた、パーティの綾が……。


「な、なんて話をしちょっとね……。それよりもうちの言った通り鬼ちゃん本物やったやんッ!!」

「なっ、あ? え……? おいおい出てこなくていいって! ん? VCの音量オフにしてるんじゃないの!?」

「オフにしちょったとしてもチャットは表示されるけん普通にわかるばい! 『動画消されてる』とか『登録者』とか!」

「……」

 危機的状況に襲われていたためにすっかりそのシステムが抜けていた春斗。一瞬にして真っ青な顔になり、冷や汗が流れるが、まだギブアップはしない。


「いや、チャットだけなら誤魔化すことができたかもしれないでしょ」

「ううん、誤魔化せん!」

「誤魔化せるって!」

「誤魔化せんったい!」

「いやいやいやいや、誤魔化せる可能性あるし……」

「絶対誤魔化せん!!」

 感情的になる綾はバリバリの方言で言い合う。

 だが、それも仕方がない。

 鬼ちゃんの皮を被っていた春斗に恋愛相談をしてしまったのだから。


『あのね! カフェの店員さんをしちょっちゃけど、ばり大人っぽくて優しいと!』

『お兄さんが堂々とした態度で注意してくれたと!! ばりカッコいいやろ!? もう好いとーてたまらんらしい!』

『その他にも、優しく構ってくれるっちゃん。下手やけんが一生懸命動物の絵を描いたり、嬉しくなるメッセージを書いてくれたり、面倒見もいいやろ!?』


 こんな、もうアウトな内容を……。


 しかし、綾はまだレッドラインを超えてはいなかった。

 自分の正体はバレていな——。

【え? あの、一緒に組んでる人ってAyayaさんですか?】

「っ!?」

「あ、やっぱり君もそう思う? 声とか似てるよね」

「ふ、二人してなん言っちょっと!? うちはAyayaじゃないったい……」

 味方のチャット一つで1対2の構図が生まれる。


「だ、だってうちが鬼ちゃんと一緒にするなら、最上位プレデターのアカウント使うはずでしょう、、、、?」

「ね、ねえ。そこで丁寧な言葉に直したらますます怪しくなるって」

「うぅう……! じゃあどうやって誤魔化せばよかったとね!? これ以外に誤魔化す方法なかよ!」

「『Ayayaでーす』みたいなネタで攻めるみたいな」

「絶対誤魔化せん!」

「いや、絶対いけるって。芸能人だって変装せずに堂々としてたら気づかれないらしいし」

 冷静さのかけた二人はゲーム内でガヤガヤ言い合いを続ける。

 そんな中、野良の味方は正論をチャットに打つのだ。


【すみません。お互いに誤魔化すって言葉は使っちゃダメなんじゃ?】

「あ……」

「ぁ……」

 その後、二人の声はどんどんと萎んでいく。


【あ、あの、お二人ってコラボされてましたよね? お互いに気づいていなくて、サブ垢ってことは……】


 この、集中力やメンタルをやられた4試合目……。

 鬼ちゃん、138ダメージ。0キル。0アシスト。0ダウン。

 Ayaya、98ダメージ。0キル。0アシスト。0ダウン。


 平均4パーティを破壊してきた二人は、敵を一人も倒せずに戦犯を獲得していた。


 そして、ロビーに戻った二人は……話し合いである。

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