第11話 動き出した日①

 迎えた約束の日。

 ゲーマー向けのボイスチャット用ツール、Diacordディアコードを使いながら、ABEXのルームに綾を迎え入れていた。


『わー。なんかばり不思議な感じがする!』

『あはは、それは俺も。まさかお客さんとゲームする日が来るなんて思ってなかったよ』

 二人はすぐにゲームを開始することはなく、軽い会話を交わして場を馴染ませていた。


『って、これが春斗さんのアカウント? Oimoおいも_daisukiyoだいすきよって。あははっ!』

『絶対突っ込まれると思ったよ……』

『お芋好きやと?』

『いや、別に好きなわけじゃないんだけど、なんか可愛いかなって』

『なんかこれにられたらはらかきそー』

『はらかく?』

 語尾の方言にはついていける春斗だが、変わった言葉はまだまだ飲み込むことは難しい。


『腹立ちそー! ってこと!』

『ま、まあこの名前で煽ったりしたら結構……うん。感じるところはあるかも』

『あ、煽りで思ったっちゃけど……春斗さんって鬼ちゃんの声にそっくりやね!? マイク越しやと特に!』

『え? そ、そう……? 俺はその人の声を知らないから、なんとも言えないけど……』

 大丈夫。

 絶対にバレない。

 サブ垢なんだから。

 そんな余裕があるために、春斗は取り乱すことはない。


『いやあ、本当に似ちょる似ちょる!』

『それを言うなら白雪さんだってAyayaさんの声に似てるんだけどなぁ……。方言もそうだし』

『えっ……!? それ方言が同じやけんそう思うだけよ!』

 お互いが同じ言い分になるのも当然である。

 実際、同じ人物なのだから。


『ま、待って!? もしかしてうちがAyayaさんとか思っちょっと……?』

『よくよく聞いたら本当に声も似ててさ。瓜二つってくらいに』

『それを言うなら、春斗さんだって鬼ちゃんの声にばり似ちょって!』

 と、こうして元の話に戻ってしまう。ここでまた言い返したのなら完全なループに陥ることだろう。


『……ま、まあこの辺にしよっか。そもそも俺が鬼ちゃんとか、白雪さんがAyayaさんとか、確率的にありえないんだから』

『そ、そうやね! うん! うちら最上位帯じゃなくてプラチナ帯やもんね!』

『そうそう』

 両者共に掘り起こされたくない内容。

 決着は簡単についた。


『あ、それでマッチはどうしようか。二人デュオでいく? それとも三人トリオでいく?」

『んー。三人の方がプレイ人口が多いから三人で! 味方さんはランダムやね!』

『了解。じゃあそろそろ始めよっか』

『うんっ!』

 そうしてスタート画面を押す。

 すぐにソロの味方が入り、三人チームになるとキャラピックの画面になる。


『白雪さんっていつもどんなキャラを使ってるの? それ以外のキャラを使おうとは思ってるんだけど』

『…………ジブ』

『はーい。じゃあ俺はオクタンで』

『ふーん』

『ど、どうかした?』

『ううん、なんでもない!』

 綾の頭によぎったのは、鬼ちゃんのメインキャラもオクタンだということ……。

 何気ないところから情報を一つ掴んだ矢先、カウントダウンが始まり、プレイヤーが乗る飛行機が大きなマップを横断していく。

 この間にすることは、どの場所に降りるのか、である。


『お、味方さん激戦区にピン刺しちょっよ! いっぱい戦おうぜってことやんね!』

『一戦目から激しい戦いになりそうだなぁ……』

 味方のピン刺しに従い、三人は一緒に飛行機から降下。マップ中央の激戦区に向かう。

 そして、降りながら行うのは索敵である。


『『うわ、2パーティかぁ』』

『……』

『……』

『ね、ねえ。気のせいじゃなければさ?』

『あははっ、ハモったね!』

 なんて笑い声を出しながら答える綾だが……次の瞬間、驚きのあまりに真顔になっていた。

 動揺を露わにするようにまばたきを繰り返していた。


(う、嘘やん……。なんで最上位プレデターのうちと同じ索敵スピードやと……? 意味がわからんよう……)

 強い違和感。

 さらに、予定と違う!! それが綾の考えていることだった。



∮    ∮    ∮    ∮



 これは、約束の日の前日のこと……。


「ふふ、明日は春斗さんとゲームばいっ」

 お風呂上がりの綾は、ドライヤーで髪を乾かしながらニコニコの笑顔を浮かべていた。

 彼と一緒にプレイすることが楽しみなのはもちろん、気になっている人に褒めてもらえる! と思っていたからこその表情でもある。


 春斗はプラチナ帯のプレイヤー。本垢の自分とは3ランクも離れている。

 つまり、足を引っ張ることなく、彼の力になれる可能性が高いということ。

『上手だね!』

『心強い!』

『白雪さんと仲間で本当によかったよ』

 そんな声が聞けると思っていた。春斗からの評価を上げることができるとも思っていたのだ。


「ん〜。今日は時間が過ぎるのが遅いったい……。早く明日になってくれんかね……」

 そんな思いは続き、ベッドに入った綾だったのだ。



∮    ∮    ∮    ∮



 その可愛らしい願望は……儚く散った。


 1試合目。

 春斗、2870ダメージ。8キル。2アシスト。10ダウン。

 綾、3210ダメージ。6キル。3アシスト。11ダウン。

 二人だけで約4パーティの撃破。

 チーム順位、一位。


 2試合目。

 春斗、2343ダメージ。7キル。1アシスト。8ダウン。

 綾、2255ダメージ。6キル。3アシスト。8ダウン。

 次の試合も4パーティの撃破。

 チーム順位、一位。


 3試合目。

 春斗、3171ダメージ。9キル。4アシスト。9ダウン。

 綾、2828ダメージ。8キル。4アシスト。6ダウン。

 これまた4パーティの撃破。

 チーム順位、一位。


 三回連続の優勝。


 1試合目の終わりは『まぐれまぐれ』『ちょっと調子がいい!』『上手やん!』なんて会話が飛び交っていた。

 2試合目の終わりもまだ同じような会話があった。

 しかし、3試合目の終わりではもうそんな会話はない。


 成績もそうだが、カバーの速さ。安全地域の予測。敵をキルする速度。立ち回り。

 お互いが『大差ない実力』を持っていることは明らかなのだ。


『……春斗さん、聞くっちゃけどそれサブ垢やろう!? 上手すぎよ! メインのランク帯はなんね!!』

『白雪さんこそ……』

『なんか、プレデターな気がするっちゃけど……。春斗さん……』

『白雪さんがそうだから?』

『ち、違うったい!』

 ここまで来れば、双方気になるのはメインアカウントであり……。疑念を抱えたまま迎える4試合目。


 ——悲劇は突然と訪れるのだ。


【え? 本物ですか!?】

 3人目。野良ソロの仲間が、このチャットを打ったのだ。


『……』

『……』

 このチャットを見る二人は無言になる。冷や汗をかく。

 これは配信者にしか掛けられない言葉なのだから……。


 そして、誰に対してのチャットなのかは次で明かされる。


【鬼ちゃんのサブ垢ですよね!?】と。

 その通りである……。春斗はすっかり忘れていたのだ。

 一年と少し前。チャンネル登録が伸び悩んでいた頃、視聴者と1vs1の企画を行った際、このアカウントを使用、配信していたことを。


 Oimoおいも_daisukiyoだいすきよなんてインパクトのあるIDだからこそ、ファンは覚えているのだ。


『あ、あはは……。な、なに言ってるんだろうね! ほ、本当なに言ってるんだか!』

『……』

 このチャットを見た綾は喋らない。

 喋らない代わりに、チャットを打つのだ。


【どうしてそう思うと?】と、顔をじわじわと赤らめながら……。

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