第10話 約束の前日

「ふーん……」

 AyayaとのDMを交わした翌日の夕方、19時。

 今日もまたブックカフェに出勤していた春斗は、1時間の休憩で軽食を取りながら、店内にある女性誌に目を通していた。


「今はこんなファッションが人気なんだなぁ……。これなんかゆーに似合うかも」

 そんな独り言を漏らしつつスマホを起動させると、インターネットを使って似たファッションを探す。

 春斗が考えていることは一つ。バイト終わりに帰宅した後。

『こんなのがあったんだけど……どう? 今度一緒に探しに行かない?』なんて妹に声をかけること。

 柚乃ゆのは休日にバイトをしているが、働いた稼ぎは全て将来の貯金にてている。

 必要最低限のものしか買わないため、一般的な女子高生よりも服を持っておらず、持とうともしないのだ。


「これで少しは気持ちを緩めてくれたら嬉しいな……。お金のことは俺がなんとかするんだから……」

 遠慮をせず、自由に過ごしてほしいからこそ、春斗は時折このように作戦を練っているのである。

 妹のことを考え、完全に一人の世界に入りながら10分、20分と時間を費やしていた矢先だった。


「ふんふん。これ可愛かねー、黒のワンピース」

 ミルクティー色の髪、ピンク色の爪に華奢な人差し指、可愛い声色が視界と耳に入ってくる。


「うーん。確かに可愛いけど、モデルさんのスタイルがあるからって感じがするなぁ」

「このモデルさんヒール履いてないけん、ヒールを履けば全然平気やっちゃない? あと、保険で背丈が大きく見える帽子を被るとか」

「あー。なるほど。その組み合わせならいい感じかもね。じゃあこれも調べてみよう」

「yeah〜」

「……」

「……」

「ん?」

 ここで春斗は気づく。なぜか会話が成立していたことに。

 パチパチとまばたきを繰り返し、首を回して隣を見ると、クリームの乗った抹茶ラテを手に持ってにぱあと笑顔を浮かべる白雪綾がいた。


「お、おお……」

 いきなり現れた彼女にぎこちない返事をしてしまうのも無理はない。

 天文学的な確率に当たった可能性があるのだ。

 昨日の話を聞き、彼女が自分のことを気になっていると。


「今日も大学終わり? 白雪しらゆきさんは」

「ん! それにしても、春斗さんは女性誌なんか見るっちゃ? 男の人が真剣に見ちょるの初めて見たばい」

「あ、あはは……。これは恥ずかしいところを見られちゃったなぁ……。実は妹のためにちょっとね。とりあえずここの席座る?」

「座るっ! 実は聞くつもりやったっちゃん。ありがとー」

 ポンと抹茶ラテをテーブルに置き、優しく椅子を引いて正面に座る綾。


「って、ビックリやっちゃけど。春斗さんに妹さんがおるの」

「話題にすることもなかったからね。今は高校生なんだけど、可愛い服とか好きだから、これを参考に今度一緒に出かけようかなって思ってて」

「ば、ばりいいお兄ちゃんやん!!」

 ピンクの瞳を大きくして、艶のある口を丸くしている。


「ま、まあそんな兄になれたらって思ってはいて……」

「ふーん。なんか春斗さんの妹さんが羨ましいなー」

「羨ましい?」

「うん。うちって一人っ子やけん、お兄ちゃんとかお姉ちゃんが欲しいっちゃん」

「弟か妹じゃないんだ?」

「下の子には甘えられんやろう……?」

「な、なるほどね」

 細い首を傾げて上目遣いで同意を求めてくる綾に、言葉を詰まらせてしまう。

 女の子らしい仕草に目を奪われていたのだ。


「それはそうと、なんか春斗さんって鬼ちゃんに似とーかもしれんね」

「っ」

「あのゲームしちょったら聞いたことはあるやろう? 煽りの鬼ちゃんって」

「え? いや、ないよ……? うん。そんな配信者さん。うん、俺は知らない……」

「いや、知っちょるやろ! その誤魔化し方一緒よ!」

「そっ、そうなの……? 本当に知らないから、本当に」

「えー? うちのお気に入りの配信者さんなのにー」

「な、なんかごめん」

 と、両手を合わせて謝る春斗だが、その心臓は周りに鼓動が聞こえそうなほどに激しく跳ねていた。

 この名前が出てくるとは思わなかったのだ。そして、過激な配信をして敵を作ってしまっている影響もあり、絶対に身バレしないようにしらばくれるのだ。


「知らないなら教えるったい! で、興味を持ってほしいけん」

「いや、俺は別に……」

「——その鬼ちゃんってね、ばり人を煽ってアンチの視聴者も増やす賢い配信をしちょっちゃけど、その理由はなんやと思う?」

「えっと、単純に煽るのが好きだからじゃない……? そんな人も中にはいるし」

 引き攣った顔でそれらしい理由を並べるが、一刻も早く終わらせたい話題である。


「それが違うと! 妹さんを進学させるためやとよ! ほら、視聴数とか再生回数が増えたら広告費が多くなるけん!」

「お、おお……」

「自分を悪く見せてでも、妹さんを大学に行かせたい! ってばりカッコよかろう!?」

「カッコいい……のかなぁ?」

「カッコよかよ!!」

 両手を握りしめて、前のめりで伝える綾。その瞳はキラキラと輝いていて——。


「……そ、そう。まあ、そうなんだ」

「ん? 春斗さんなんか照れちょらん……? 鬼ちゃんの話よ?」

「も、もちろんわかってるって。でも、そんなことなら見てみようかなぁ」

「感想待っちょるよ?」

「う、うん……」

 この圧に負け、自分の動画を自分で見て感想を伝えなければならなくなった鬼ちゃんである。が、このおかげで一つの話題も終わった。

 春斗にとっては願ったり叶ったりのことで、『配信者』の流れで綾に問うのだ。


「ね、ねえ。俺からも白雪さんに一つ聞いていい?」

「よかよ」

「えっと、変なことを聞くんだけど、白雪さんって配信者のAyayaさんの友達だったりする……?」

「な、な、なんで……そうなると?」

「いや、なんとなくね? あはは……。白雪さんも知ってると思うけど、Ayayaさんと同じ方言を持ってるから」

 春斗が行なったのは昨日の探り。

 しかし、ネットリテラシーが高いのは、彼女もまた同じだった。


「ご、ごめんやっちゃけど、うちは知らんよ。Ayayaさんは!」

「えっ、チャンネル登録者数30万人を超えてる人だよ?」

「えっと……名前からして女の人やろう? 多分!」

「うん、そうだね」

「うちは女性の配信は見らんと!」

「あっ、そうなの?」

「そうよ! あー、抹茶ラテ美味し! 春斗さんも飲む?」

「いや、飲むって言われたら困るでしょ?」

「っ、そ、そうやね。冗談よ、冗談……!!」

 ここで強引に話を終わらせた綾は、じゅーっとさらにたくさんのドリンクを口に含んで喉を潤すのだ。


 お互いに身バレしたくないからこそ、『知らない』を突き通す。

 そして、『昨日の話はやっぱり別の人だったか』と思う春斗。

 そんな防御の高い二人は明日、サブ垢でコラボをする。

 

 最上位プレデターの立ち回りや実力を隠し通せるわけもなく……。

 そして、そのコラボこそ、転機が訪れるものとなるのだ。

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