第8話 とある異性①

「ごちそうさまでした。今日のご飯も美味しかったよ。いつもありがとね」

「はーい。当たり前のことをしてるだけだけどね」

 バイト先から帰宅した後のこと。

 春斗は柚乃ゆのが作ってくれた料理を平らげ、いつものように感謝を伝えていた。


「あ、お兄ちゃん。明日も親子丼で大丈夫? なにか足りないならおかず多めに作っておくよ?」

「いや、全然大丈夫! って、俺もゆーに頼ってばかりじゃいられないから、そろそろ料理を教えてほしいなぁ……なんて」

 ここで琥珀色の瞳を持つ柚乃に期待の視線を向けるが、簡単に振り払われることになる。


「お砂糖とお塩を間違えるような人はキッチンに立たせません。いつか火事も起こしそうだもん」

「あ、あはは……。その節は本当ごめんね、本当」

 柚乃の誕生日。慣れない料理を一生懸命取り組み、おもてなしをしようとした春斗だが、調味料を間違えるという最悪の結果を作ってしまったのだ。

『美味しい』と言いながら食べてくれた柚乃だが、それ以降、キッチンは出禁にされているのだ。


「ある意味いい思い出になったからいいけどね」

「『ある意味』なのが本当に情けないよ」

「まあ、真面目な話をさせてもらうけど、お兄ちゃんはなにも気にしないで。家事はわたしの担当なんだから」

「そ、そうは言っても、俺が料理を覚えられたら楽になるでしょ?」

「うーん。楽にならないって言ったら嘘になるけど、私は好きでやってることだし、お兄ちゃんがこれ以上頑張ったら体壊しちゃうよ? 絶対」

 頬に伸びる触角の髪を人差し指で巻きながら、柚乃は言葉を続けるのだ。


「私、知ってるんだからね。カフェのお仕事が終わっても、お兄ちゃんが夜遅くまで動画の編集をしてること。そんな忙しいお兄ちゃんに甘えたらバチが当たっちゃうよ」

「いや、それは甘えてるって言わないよ。ゆーは学校に行って、バイトをして、家事もして、さらには大学に向けての勉強もしてるんだから。俺よりも忙しいよ」

「お兄ちゃんの方が忙しいよ」

「ゆーの方が忙しいって」

「お兄ちゃん!」

「いや、ゆーだって」

 実際はどちらも忙しいこと。お互いがお互いを思いっているだけに、こんな言い合いが突然と発生する。

 どちらも譲らない戦いがリビングで繰り広げられること1分。


『ブーブー』と、テーブルに置いていた春斗のスマホが振動した。

「あ……」

 タイミング良いと言えるのか、これがキッカケで二人の戦いは終了を告げる。


「通知?」

「うん。ちょっと荒らされいろいろあって、個人メッセージしか通知こないようにしてるんだけど……」

 鬼ちゃんのTwittoツイットアカウントは、相互フォローの相手しかD Mダイレクトメッセージができないようになっている。

 つまり、必然的に自分と関わりのある人からのメッセージとなるのだ。


「誰だろ」

 思っていることを声に出し、その通知を確認すれば——Ac_Ayayaの名前が目に入ったのだ。

 画面をタップして内容を表示させれば、そこにはチャンネル登録者数30万人超えの配信者とは思えないメッセージが入っていたのだ。


『鬼ちゃーん! 次はいつコラボできそう……? 早いうちにスケジュールの調整ができたらって思っちょっちゃけど、難しい?』

 現在の登録者数が18万人の鬼ちゃん。それでもAyayaには敵わない数字であり、彼女にとってメリットが少ないコラボだが、自ら率先して調整してくれようとしていたのだ。


「……」

「ね、お兄ちゃん。そのメール女の人でしょ」

「え、なんでわかるの……?」

「嬉しそうに画面を見てたから」

 スマホから顔を上げると、頬杖をつきながらジト目を作っている柚乃がいた。


「女の人だから嬉しいってわけじゃないよ? メールの内容が嬉しくて」

「本当かなあー」

「本当だって。こんな俺とコラボしてくれるって旨のメールだったからさ」

「えっ」

 驚いたように眉を上げる柚乃は、複雑そうな表情に変える。


「なんか騒がしそうだね……? お兄ちゃんとコラボできる人ってことは、その人も煽る人なんでしょ?」

「いや、それが普通のプロゲーマーって感じで」

「プロゲーマーさん!? それって大丈夫なの……? お兄ちゃんが私のために悪役になってるのはわかるけど、『悪いことしてる人とコラボしてるから、この人も煽り行為を容認してる!』って勘違いされちゃわない?」

「うーん。なんか、まあ……大丈夫なんだよね」

 今の言葉は春斗の頭の中にも入っていたこと。

 だからこそ誰ともコラボをせずに一人で活動していたが、今はそうではない。

 放送事故を起こし、視聴者にビジネス煽りがバレてしまったのだから。


「そ、そうなの? 大丈夫ならすぐに返信した方がいいよ? 貴重な人でもあるんだから」

「ああ……。自分の食器を洗ったから返信するよ」

「私が洗うから早く返信!」

「ははっ。了解。気を遣ってくれてありがと」

 ここからは仕事の内容になる。

 春斗はスマホをゲーム部屋に持っていき、バイトのシフト表を見ながらAyayaとスケジュール合わせを行うのだ。


 そうして、無事にコラボする日程と時間が決まり、残りの時間を雑談に使いながら距離を縮めていた矢先、Ayayaはこんなメールを飛ばしてくるのだ。


『ね、いきなりやっちゃけど、鬼ちゃんって恋愛相談とか出来る人やったりすると?』

『恋愛相談?』

『例えば、気になってる異性と仲良くなるには! とか』

『え?』

『勘違いせんでよ! これはうちの話じゃなくて友達の話ったい! 友達の話で普通のアドバイスしかできんかったけん困っとーと!』

 友達の話だ! と意味深長に強調する彼女は、『異性の意見も聞きたいと!』なんて説明を加え、とある人物のことを伝え始めるのだ。



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