第7話 バイト終わり

 バイト終わりの22時。

「もしもーし。今バイト終わったよ」

 春斗は夜風に当たりながら、妹の柚乃ゆのに電話を入れていた。


『連絡ありがと、お兄ちゃん。お仕事お疲れ様』

「ゆーこそ学校お疲れ様。今日も嫌なことはなにもなかった?」

『もう……。お兄ちゃんは心配しすぎ。いつも通りだよ』

「そっか。それはよかった」


 お節介を焼いていることを承知で、これは毎日聞いていることだった。

 高校二年生の柚乃であるが、両親はもう亡くなっている。

 周りとは家庭環境が違く、家族間の話題が多く出る場所でもあり、春斗も実際に体験してきたからこそ、敏感になって確認しているのだ。


『あ、お兄ちゃん。そう言えば一つ聞いておきたいことがあって』

「ん? どうしたの?」

『再来週の日曜日、涼羽すずはちゃんをお家に呼びたいなって考えてるんだけど、配信の予定とか入ってたりする……?』

「おお、涼羽すずはちゃんか。予定はないから自由に使ってもらって大丈夫だよ。ちなみに何時に来るとか決まってる?」

『13時にお家に来て17時まで遊ぶ予定だよ』

「了解。じゃあその日は配信しないようにするね。さすがにあの声を聞かれるわけにはいかないから。あはは……」

 ゲーム部屋で配信をしている春斗だが、その部屋は防音設計になっているわけではない。


『ザコの到来でぇす』

『は〜い、物資運搬おちゅかれでーす』

『出直してくださいねえ』

 なんて煽りの声が響いてしまうからこそ、来客がある日には絶対に配信をしないのだ。

 もしこの声を聞かれたのなら、必ず引かれるだろう。仕事をしていると説明しても引かれるだろう……。

柚乃ゆのちゃんのお兄ちゃんはヤバい人だよ』

 なんて噂を出さないためにも、これは徹底していることだった。


『涼羽ちゃんなら事情を汲み取ってくれると思うけどね』

「まあ、念には念をってことで。俺が嫌われるだけなら全然いいけど、ゆーに影響が出るのは間違いないから」

『ふふ、まあ影響が出た時は出た時だよ。いつものように二人で乗り切ればいいだけだもん』

「ははっ、それもそうか」

 両親のいない生活を続けているからか、柚乃は本当に強くなっていた。

 一つの成長を感じられ、春斗は嬉しそうな笑い声を電話に残す。


『じゃあ早く帰ってきてね、お兄ちゃん。今日は親子丼を作ってるから』

「えっ、親子丼!? マジで!? もう急いで帰るよ!」

『急いで帰ってきてくれるのは嬉しいけどいいけど、外も暗いんだから気をつけて帰ってきてよ。お兄ちゃんもいなくなったらヤだから』

「……わかってるよ、もちろん」

『ん、ならいい。すぐにご飯食べられるように温めておくからね』

「本当にありがとう。じゃあまた家で」

『はーい』

 その会話を最後に通話ボタンを切った春斗は、スマホの液晶をフリックさせてSNSアプリが並ぶ画面を表示させる。

 この時、一瞬で顔を強張こわばらせるのだ。


「は? な、なにこれ……」

 ようやく気づくのだ。Twittoツイットのアイコンの右側に、『99+』の通知が来ていることに。

 つまり、三桁を超えるなにか、、、が自分に送られているということ。


「……」

 この数字を見たのは、放送事故を起こしてしまった日以来のこと。

 嫌な予感に襲われ、頭を抱える春斗だが、見ないことにはどうしようもない。

 柚乃が作ってくれた親子丼を美味しく食べるためにも、モヤモヤを残したくもなかった。


「この通知、Ayayaさんを殴ったことに対しての内容だろうなぁ……」

 登録者30万人を超える配信者に迷惑行為をしたのだ。このようになるのは当然で、批判を受けるのも当たり前。

 しかし、鬼ちゃんとしては正しい行動をした。


「ま、まあ上手に爪痕を残せたってことで……」

 彼女をダシに使ってしまったが、これも今まで通り活動するため。

 どんな誹謗のメッセージが届いているのかと確認する春斗だったが、そこには予想だにしない内容が届いていた。


『またAyayaとコラボしてくれ! 面白かったぞ!』

「……ん?」

 一番最初に目についたメッセージ。


『お前っていいヤツやな。これから応援するわ。頑張れよ』

「……んん?」

 二番目に目についたメッセージ。


『次の配信いつ? 投げ銭させてほしい』

 三番目に目についたメッセージ。

 Ayayaに失礼なことをしたのにもかかわらず、なぜか全て好意的な内容が届いていたのだ。


「……いや、意味がわからないんだけど。なんで批判のコメントがないの?」

 独り言を言いながら通知をさかのぼっていくと、なぜこうなっているのか春斗は察した。


「ちょ、な、なんだよこの切り抜き……」

 Ayayaとのコラボで行った『いいところ』が全て切り抜かれていたのだ。


『俺と絡んで大丈夫?』とAyayaを気遣っていたところを。

 自分も使うアサルトライフル、R-301を彼女に譲ったところを。

 回復アイテムを一個多く渡したところを。

 敵味方ともに褒めていたところを。

 その一つ一つが丁寧に。

 さらには『Oh Yeah』のネタ風切り抜き動画はいいねが5万もつけられていた。


 その動画のコメント欄を覗いてみれば、鬼ちゃんにとって最悪な感想しかなかった。


『鬼ちゃんポンコツで可愛いんだけど(笑)』

『なんかAyayaのこと妹みたいに接してるよな』

『この動画だけで普段どんな風にしてるのかわかるんだが(笑)』

『もうさ、鬼ちゃんの妹に台本捨てさせようぜ?』

『全方位から煽られて草』

 そして、春斗は知るのだ。なぜ、5万いいねがつくほどの反響を受けていたのかを……。


「う、嘘……でしょ」

 液晶に映る。

 Twittoツイットのフォロワー数が20万人を超えるプロゲーマー、Ayayaが——。

『殴られたけん仕返し♡ 詳しくはうちの配信動画から!』なんてコメントと共に、拡散に協力しているところを


「う゛う゛……。お、俺を踏み台にしやがった……コ、コイツめ……」

 春斗の身に鬼ちゃんが宿る。だが、それだけ。なにもすることができない。

『うちを踏み台にしようとした罰だ!』なんて攻撃は筋が通っているのだから。

 そもそも彼女を利用しようとしたせいでこうなっているのだから。


「……マズい。これはマズい……」

 頭を抱えながらこれからの立ち回りを考え、とりあえずツイートするのだ。


『はあ。用事終わって見たら荒らされてるんだが。お前らそんなに俺に構ってほしいの? めんどくさいから相手にしないけど』

 好意を寄せるユーザーを振り払うような文面。しかし、反応すればするだけもう可愛がられる領域に入ってしまっている。


『週6のバイトしてるらしいから、今までバイトしてたのかな!? お疲れ様です!』

『ゆっくり休んでね』

『めんどくさい=反論できない!(笑)』

『正直めっちゃ構ってほしい』


 この次にやってきた。

『うちにも構って!』——Ac_ayaya。

「い、いやいや……。あなたは出てきたらダメだって……」

 一般人のように登場してくる。そんな彼女に春斗は返信するのだ。


『お前だけは絶対に許さんからな。また殴らせろ』

『コラボの誘いばり上手いやん! うちもOK!!』

『うちもOK!! じゃねえよ。ふざけんな』

 この二人の仲良さそうなやり取りは、お互いに2000いいねを獲得するのだった。

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