第6話 とあるお客さん①
「メープルラテホットのレギュラーサイズに、アイスココアのレギュラーサイズですね。店内でお召し上がりになりますか? ありがとうございます。お会計が780円になります」
現在16時過ぎ。ブックカフェの制服を身に
高校生の頃から週6で働いている春斗である。最初の方はいろいろと迷惑をかけてしまった職場だが、今はもう立派な戦力となって一人前に働いている。
「ふう。休憩を入れてあと6時間……か。よし、頑張ろう」
レジに表示されている時間を見ながら小声で気合いを入れる。
そうして、テキパキと働き続け30分が過ぎた頃。
顔見知りのお客さん来客した。
「春斗さーん。やほやほ」
「お、こんにちは
ボブのかかったミルクティー色の髪。色白の肌にピンクの瞳。ブランドのバッグを背負った小柄な女の子——白雪
「もう大学は終わったの?」
「うんっ! 終わりんご。あ、でも今日は午後の一コマしか受けてないけん……じゃなくて、一コマしか受けてないからめっちゃ元気」
「あはは、もう気を緩めていいんじゃない? ここでからかう人は誰もいないんだから」
「……そうやって春斗さんが甘やかすけん、二カ月経ってもうちの方言は直らんとよ」
「はいはい。ごめんなさいね。店員をそんな目で見ないでください」
この会話でもわかっただろうが、彼女は都内の大学に通うため、地方から引っ越していた新一年生なのだ。
頑張って方言を抑えているのは、『大学でからかわれるっちゃもん!』とのことらしく、弄られることを気にしている。
『早く直したい』なんて思いから文句を言ってくる彼女だが、春斗から言われた言葉は嬉しいようだ。
ピンクの両目を細めて恨めしそうに見てくるが、口元は上がっていた。
「それで、今日の注文はどうする? いつもの?」
「そう。ストロベリーホワイトモカのおっきいサイズで冷たいの! お金はちょうどあるったい」
「かしこまりました」
「カップにメッセージも書くとよ?」
「はーい。イラスト付きでいいよね」
「ん、ありがと!」
このようにお願いできるのは、ある程度の顔見知りだからであり、来店する度に『カップになにか書け!』とお願いする綾なのだ。彼女曰く、それが楽しみの一つらしい、
「今日はなに書いてくれると?
「一昨日はタヌキね」
「あれイヌやろう?」
「タヌキだよ」
「こ、これよ?」
と、ポケットからスマホを取り出すと、すぐに見せてくるのだ。一昨日描いたカップの写真を。
「うん、これタヌキ」
「これタヌキやっちゃ……」
大きな瞳をパチパチとまばたきしながらスマホを凝視している彼女。表情からは『マジか』なんて言葉が読み取れる。
「って、白雪さんカップの写真撮ってたんだ……?」
「毎回撮っとーよ。面白いっちゃん」
「イラストが個性的で?」
「そう!」
「遠回しに下手って言ったなぁ……。まあ下手だからいいんだけどさ」
実際、絵心はない春斗ですが、趣があるもの。写真を撮るくらいに綾の心を掴んでいるわけである。
「でも、今日は自信あるよ。練習してきたから」
「本当ね!?」
「うん、カエル描くから見ちょって」
「うん、見ちょく」
真剣なスイッチを入れたばかりに彼女の方言がそのまま移ってしまったが、綾は素直に返事をして突っ込まない。
春斗も何事もなかったようにカップにペンを走らせていく。
「……」
「……」
5秒、10秒と経ち——。誕生する。
「あ、やべ……。ごめん、失敗した。カエルの目……潰れてしまった」
「あーあ。殴られたカエルになっとーやん」
「えっと、もう一回書き直していい? なんか悔しい」
ミスしたからと言ってカップを変えるわけにはいかない。同じカップにリベンジをとお願いするが……。
「ダメよ。うち持ち帰りやけん、ダブルカエルは恥ずかしいっちゃん」
「た、確かに……。ダブルカエルは恥ずかしいか……」
この正論により諦める。あとは今日のメッセージを書き記すのだ。
『Thank you』
『気をつけて帰ってね』と丁寧な文字で。
これで彼女の要求に応えた春斗は、注文されたドリンクを作りながら会話を続ける。
「白雪さんは家に帰ったらなにするの? やっぱり大学の課題?」
「ううん、ゲームするったい」
「おー。それはいいね。パズルゲームとか育成ゲーム?」
「うちにそんなイメージあると?」
「なんか平和なゲームしてそうだなぁって思ってるけど……違う?」
「そうよー。うちがしちょるのABEXやけん」
「えっ!? ABEXなら俺もしてるよ」
「そうやと!?」
偶然の流れに二人とも盛り上がる。が、あの言葉を春斗は出さない。いや、出せない。
『じゃあ今度一緒にしよう?』なんて誘いを。
理由は明白。春斗のABEX IDは『Oni_chan』なのだから……。煽りで有名な『Oni_chan』なのだから……。
IDを変えて、隠れ
プレイヤーに名前を見てもらえることで、YouTubeへと流れてくれる可能性を減らしてしまうことになるのだから。
今、ここで春斗が考えていることは三つ。
『メインアカウントだけは絶対に教えられない』
『メインアカウントだけはバレるわけにはいかない』
『サブ垢で誤魔化そう』
これである。
「ちなみに春斗さんのランクってどのくらいやと? 最上位ランクならうちと一緒に出来んちゃけど……」
「あはは、さすがに最上位ランクじゃないよ。まだプラチナだよ」
「っ! うちもプラチナ!!」
「えっ、本当? なら一緒にできるね」
ABEXはフレンドであろうとも、ランク帯が違えば一緒にランクマッチを回すことはできないのだ。
今回は上手く条件を切り抜けたことになる。
「もう今度やるしかないっちゃんね!」
「じゃあ今度時間を合わせてやろう? IDも書いておくよ」
「ありがとう!」
こうして約束を果たした二人だが、春斗のメインアカウントは上位750人しかなることのできない最上位ランク、プレデターである。
やり込み具合からも、周りのプラチナ帯とは実力の差が出るのは明白……。
また、綾にサブ垢の可能性を疑われるのも当然だった。
そして、春斗は耳に入れることになる。
今回交わしたこの会話を、プロゲーマーでもあり、Vtuberでもある『Ac_Ayaya』から……。
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