第5話 知らない間に

 ゲームをやめ、春斗がバイトに出かけた矢先のこと。

 SNS、Twittoツイットには『Ayaya鬼ちゃん』の文字がトレンド入りしていた。

 その枠をタップすると、詳しい詳細が出てくる。


 Axcis crown所属のプロゲーマー、Ayayaと鬼ちゃんが偶然マッチングし、コラボをしたと。


 トレンド入りするほどの話題になるのは当然のことだった。

 数々のABEX大会に参加し、知名度や好感度の高いAyayaと、煽り行為をすることからいつも一人で配信し、好感度が低い鬼ちゃん。

 そんな異色の二人がコラボをしたのだから。


 また、トレンド入りしたのはその他の理由もあった。

 Ayayaの配信動画を切り抜き、上手に編集された動画を作った人物がいたのだ。

【煽りの鬼ちゃん、Ayayaに優しすぎる(笑)】とのタイトルで——。


『あ、そう言えばR-301使うよな? Ayayaって』

『うんうん! 愛している銃、訳して愛銃〜』

『ここに落ちてるからマークしとくわ』

『ありがと! って、鬼ちゃんは使わんと? 少し前にR-301強つえええーって言いながら悪さしちょった動画見たよ』

『あ、いや……俺はもう拾ってるから』

『それなら拾うね! 鬼ちゃんの近くにいるけん』

『はーい。って、本当やな』


 と、やり取りしたところで二人のキャラがすれ違った瞬間、陽気なBGMに刺し変わり、武器を背負う鬼ちゃんの背中がズームアップされる。

 そこに映っているのは、ショットガンとスナイパー。アサルトライフルのR-301ではない。

 そして、動画は続く。


『あれ、鬼ちゃんR-301持っちょらんくない?』

『ッ、いや持ってるし……』

 そう鬼ちゃんが否定した瞬間、先ほど背中がズームされた画面に切り替わる。

Ohオウ yeahイェア……』なんてダンディーな効果音と共に。


『本当? うちの目にはショットガンとスナイパーに見えたっちゃけど』

『本当だって。持ってるって』

 ここで再び差し込まれる。

Ohオウ yeahイェア……』の声とズームされた背中が。

 完全にネタ化したこの1分にも見たない動画は、一瞬にして1万人に拡散された。いいね! は3万もつき、次々と感想が書き込まれるのだ。


『鬼ちゃんマジで好き(笑)』

『これはもう前のキャラに戻れないんじゃないか……?』

『一応、最初の方にAyaya殴ってたぞ』

『なんか無理して殴ってそう……』

 その他にも、トレンド入りを助長するたくさんの切り抜きが上がったのだ。


『あのさ。俺なんかと絡んで大丈夫なわけ? そっちの配信荒れてねえの?』

『ばり盛り上がっちょるよ。鬼ちゃんと喋ってって要望も多かったとよ』

『そ、そう? まあ荒れてねえならいいけど……』

 口調が乱暴なものの、彼女のことを心配するセリフ。


『鬼ちゃんが誰ともコラボせずにずっと一人で活動してた理由って、相手に火の粉が飛ばないようにって理由……?』

『最初に気にしてる辺りそうっぽいよな』

『コラボ中は誰も煽ってなかったよ』

『めっちゃ気遣ってくれてるやん(笑)』

 Ayayaのことを応援しているファンは、この行動で鬼ちゃんのことをとても好意的に見ることになる。流れるようにチャンネル登録をする視聴者も多くいた。


 それ以外の切り抜きも投稿された。


『もう一人敵さんいるよね、絶対』

『早めに逃げるのはどう? 出待ちして有利ポジション取ってる可能性もあるし』

『おけ! あ、でもうちの物資ヤバたん』

「もー。最初の方で放置するから。倒した敵もあんまり物資持ってないぞ」

 なんて呆れたような声を上げながらも、『はい、じゃあこれ二つ。俺が削られなければもう少し渡せたんだけど、そこはわりい』と、自分が持つ回復アイテムよりも一個多く渡すところを。


『じゃあ俺はそろそろ落ちるわ。ちょっとバイト私用があるけんさ』

『え?』

「私用があるって」

『そうじゃなくって、今うちの口調が移っちょらんかった?』

『……なに言ってるんだか。気のせいだろ』

『移ってたぞってコメントいっぱい届いとーよ? お兄ちゃん、、、、、

『うるせ。ってかお兄ちゃんって言うなマジで。あの件忘れてもらえなくなるから』

 Ayayaの方言が移った可愛い鬼ちゃんを。

 焦ったばかりに『お兄ちゃん』と呼ばれたくない理由を漏らすところを。


 今まで素の鬼ちゃんを誰も知らなかったのだ。

 ゲームは上手いが、煽る嫌なヤツ。関わりづらいヤツ。怖いヤツ。それが共通認識だったが、その仮面がどんどんと破壊されている今なのだ。


『なんか鬼ちゃんが可愛く見えてきた(笑)』

『煽るのに台本用意してるんだぜ? 可愛いだろ』

『ポンコツだけど頑張ってるのはわかるよな。しかも家族のためだろ?』

『嘘をつくのが下手なのがまた可愛いわ』

 鬼ちゃんが煽るキャラをウリにしていなければ、ここまで反響を生まれることはなかっただろう。


『ってか鬼ちゃんにマジで感謝!! Ayayaのお兄ちゃん呼び初めて聞いたし!』

『3秒の切り抜き上がってたぞ。5分で5万も再生されてる』

『俺10回再生してきたわ』

『耳が天国になった』

 これも、Ayayaファンが鬼ちゃんのことを好意的に見る理由。


『なんかAyayaと鬼ちゃんの相性めっちゃよかったよな』

『それ同感。今までコラボしてきた人の中で今日が一番楽しんでたよな。Ayaya』

『一人っ子って言ってたから、なんかお兄ちゃん出来たみたいな感じだったんじゃね?』

『鬼ちゃんの後ろをトコトコついていってたの可愛かった』

『またコラボしてほしいなぁ』

 配信者が楽しんでプレーしていると、視聴者も楽しんで見ていられる。

 この二人のコラボは正解だったと誰もが思っていた。


 そうして、もう一つ大きく反響を生んだ動画があった。

 とあるプレイヤーがツイートしたのだ。


【やべえ、あのクソ馬鹿野郎に負けたけど、上手いって褒められてた。なんか嬉しいわ(笑)】

 なんて題名で——。

『Ayayaナイスカバ〜! ありがと。この敵さん上手かったな……。めっちゃ削られたわ』

 と、本心から褒め称え、煽ることをしない鬼ちゃんを。

 普段から煽るイメージがついており、日常的に相手を陥れている鬼ちゃんのこの言葉はやはり貴重なもの。


 また、昨日の放送事故は記憶に新しくある。

『鬼ちゃんがなにかやらかしたのか!?』

 なんて思うユーザーが次々にトレンドを確認し、Ayayaの配信動画を見る人で溢れ、鬼ちゃんのアカウントに次々とからかうメッセージが届けられるのだ。


 こんなことになっているとも知らない鬼ちゃん……。いや、春斗はブックカフェで働き始める。

 その数時間後、とある人物が現れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る