第4話 Ayayaとコラボ
Ayayaにパンチを食らわせた後、『
「怒ってないといいけどな、Ayayaさん……」
投稿動画を作るために画面録画中の今、録画していることを忘れているように弱々しく、不安そうな声を漏らしていた。
当然である。
彼女と一緒にゲームをプレイするのは、今回が二回目なのだから。
一応はフレンドになっているものの、簡単なメールのやり取りをした程度。お世辞にも仲がいいとは言えない。
そんな相手に迷惑行為であるパンチと、乱暴な口調のメッセージを届けたのだから。
「で、でも、このくらいしないと以前のキャラを保てないから……」
あの配信事故は、『鬼ちゃん』として活動していく上で致命的なミスである。
そのミスを埋めるには、新たに爪痕を残す以外にない。
鬼ちゃんには一つ狙いがあったのだ。
ネタでもいい。『酷いことをされた』なんて話題を彼女がしてくれたら……と。
これだけでも煽りキャラとして復活しやすくなるのだから。
「これも生き残るため……」
鬼ちゃんやAyayaのいる業界は、視聴者から興味を失われた瞬間に終わる世界。それでいて、入れ替わりの激しい世界である。
家族のためにも収入源を失うわけにはいかない鬼ちゃんは、誰よりも必死に現状を打開しようとしていた。
「Ayayaさんには悪いけど、タイミングを見てあと一回くらい殴っちゃお……」
と、捨身の覚悟を決めて物資をどんどんと漁っていく鬼ちゃんだったが、こんなフレンドリーなチャットが届くのだ。
『鬼ちゃん今
「……は? え? あ、あのAyayaさんが俺と喋りたいってこと?」
首をぐっと伸ばし、画面に顔を近づけて読む。
読み間違いがないように、二回も三回も。
なかなか飲み込めないのは、相手はチャンネル登録者数30万人を超える大物の配信者だから。
まさかの状況に緊張に包まれるが、プロと会話しなからプレイできるというのはまたとない機会である。
「よ、よし……」
ここで鬼ちゃんは一つ勘違いを起こしていた。
『仕事の邪魔にならないように、偶然マッチングしてもお互い干渉しないようにする』
なんて配信者の暗黙のルールをAyayaが守っていないことから、彼女もプライベートでゲームをしているのだと。
鬼ちゃんのチャンネルを調べ、配信外であることを確認してチャットをしたのだと。
「うん。向こうもプライベートなら、取り繕う必要はないよね……。メリットもないし」
失礼な行動を取ったが、それは彼女が嫌いだからではなく、ただ『鬼ちゃん』のキャラを保つため。
気持ちを切り替えた鬼ちゃんは、
『
レスポンスが遅くならないように、ローマ字のままで。
『本当!? じゃあ喋ろ!』
陽キャとしても名が通っている彼女は、すぐに話を取りつけると、率先して声をかけてくるのだ。
『おーい、鬼ちゃーん。聞こえるー?』
手をブンブン振っているような元気な声を聞き、マイクを入れる鬼ちゃんは丁寧に挨拶をする。
「あっ、はい。お久しぶりですAyayaさん。この前は本当にありがとうございます。メールでも送らせていただいたんですが、一緒にプレイすることができて光栄でした」
『……』
「あ、聞こえてないですか?」
『う、ううん。聞こえてるっちゃけど……ごめん鬼ちゃん。今配信中やけん……ね?』
「へ?」
完全にプライベートだと思っていた。プライベートだと思っていたからこそ、頭が真っ白になる。
もし鬼ちゃんが顔出し配信をしていたのなら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をネットに晒していただろう……。
「あ、お、おう。そうか。配信中か……。まあ、知ってたからいいわ。ちょっとまあ、今のネタやし……」
台本を用意しなければ、煽りキャラを上手に演じられないほどポンコツな鬼ちゃんなのだ。
『絶対わかってなかっただろ(笑)』
『配信してるか調べればよかった……って思ってるやろうな、今』
『口調めちゃくちゃ変わってて草』
『お兄ちゃんから鬼ちゃんにスイッチ切り替わったな』
この苦しい言い訳にAyayaのコメント欄はツッコミの嵐である。
そして、どのようなコメントが流れているか知らない鬼ちゃんは、口調を変えたまま気になっていることを問うのだ。
「……え、あのさ。俺なんかと絡んで大丈夫なわけ? そっちの配信荒れてねえの?」
『ばり盛り上がっちょるよ。鬼ちゃんと喋ってって要望も多かったとよ?」
「そ、そう? まあ荒れてねえならいいけど……」
賛否両論の配信スタイルで戦っている鬼ちゃんなのだ。
自身の立ち位置を知っているからこそ、一番に気を遣っているところだった。
「あ、そう言えばR-301使うよな? Ayayaって」
『うんうん! 愛している銃、訳して愛銃〜』
「ここに落ちてるからマークしとくわ」
『ありがと! って、鬼ちゃんは使わんと? 少し前にR-301
「あ、いや……俺はもう拾ってるから」
『それなら拾うね! 鬼ちゃんの近くにいるけん』
「はーい。って、本当やな」
後ろを振り返れば、Ayayaが使うオクタンがダッシュで走ってきていた。
ここですれ違うように入れ替わったが、優れた動体視力を持つ彼女は、『ん?』と口にしながら武器を拾った。
『あれ、鬼ちゃんR-301持っちょらんくない?』
「ッ、いや持ってるし……」
Ayayaから距離を取るように逃げる。
『本当? うちの目にはショットガンとスナイパーに見えたっちゃけど』
「本当だって。持ってるって」
否定しながらさらに逃げる。
『じゃあちょっと背中見せて?』
「絶対に嫌。って、おい。ついてくんな!」
『なんで! 確かめたいと!』
「そんな暇ないから早く漁れ! って、敵の足音! 右通路!」
「えっ!?」
この瞬間、両開きのドアを開けて敵が一人飛び出してきた。
Ayayaと距離が空いていたことで、『足音は一つ、敵も一人!』と勘違いしたのだろう。
唐突な銃撃戦が始まるが、障害物のない場所で1対2の有利対面。さらには近接に強いショットガンを持っている鬼ちゃんでもある。
体力を半分まで減らされたが、余裕を持って一人をダウンさせることができた。
「Ayayaナイスカバ〜! ありがと。この敵さん上手かったな……。めっちゃ削られたわ」
『もう一人敵さんいるよね、絶対』
「早めに逃げるのはどう? 出待ちして有利ポジション取ってる可能性もあるし」
『おけ!』
このようにプロを納得させられるのは、鬼ちゃんも同等の知識を持っているから。
『あ、でもうちの物資ヤバたん』
「もー。最初の方で放置するから。倒した敵もあんまり物資持ってないぞ」
『ご、ごめんー!』
「欲しい物資はなに?」
『回復!』
「はい、じゃあこれ二つ。俺が削られなければもう少し渡せたんだけど、そこは
謝りながらポンポンと回復アイテムを床に落とす。
『全然全然! 鬼ちゃんがばりダメージ出しちょった。って、こんなにいいと!?』
「俺一つあるから。あ、でも俺の方が下手だから一個返してもらった方がチーム的にはいいか」
『ううん。多く渡してくれた気持ちは大事にせんとやけん、全部もらう!』
「ちょ早っ!? コラァ、盗むな!」
『もらったったい! 盗んだわけじゃないったい! あ、敵さん後ろ!』
「んっ!?」
気が緩んだところで残りの一人と接敵。すぐに後ろを振り返って一発を打ち込んだ鬼ちゃんだったが、Ayaya一人の銃弾によって撃破される。
『ん、倒した! なんかヘッドショット入った!』
「いや、そんな簡単に言うことじゃ……」
ヘッドショットは一番にダメージが入る箇所だが、一番当てにくい場所。
偶然当たった可能性もあるが、この敵の撃破スピードは狙って当てた可能性の方が高かった。
「このランク帯の敵を瞬殺って……。マジで上手すぎるわ。やっぱプロは凄いな、本当」
『えへへ、ありがとん。じゃあ移動しよ?』
「了解」
鬼ちゃんはもうキャラが崩壊しまくっていた。
口調は鬼ちゃんだが、性格はお兄ちゃんになっているのだから。
この様子はずっと崩れることなく、二人は三試合の1時間を遊び尽くしたのだ。
そうして、今二人がいるのは待機画面である。
「じゃあ俺はそろそろ落ちるわ。ちょっと
『え?』
「私用があるって」
『そうじゃなくって、今うちの口調が移っちょらんかった?』
「……なに言ってるんだか。気のせいだろ」
一対一なら誤魔化せただろう。しかし、彼女にはたくさんの視聴者がついている。
『移ってたぞってコメントいっぱい届いとーよ?
「うるせ。ってかお兄ちゃんって言うなマジで。あの件忘れてもらえなくなるから」
『ふふ、ごめーん!』
「わ、わかったならいいけど。じゃ、またな。今日は楽しかったわ」
『うちも! 時間が空いたらまた一緒にやろねー』
「どうも」
そのやり取りを最後に、鬼ちゃんはパーティーを抜けた。
今回の余韻に浸りながら、バイトの準備を進めるのだ。
鬼ちゃん、いや……春斗はまだ知らない。
今回、Ayayaとのコラボで煽り系配信者とは思えない点をたくさん残してしまったことに。
春斗はまた視聴者にオモチャにされ始めるのだ。
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