倫魁不羈(りんかいふき)

高村 樹

倫魁不羈(りんかいふき)

慶安四年、水野勝成は、福山城内の奥御殿の一室で床に伏していた。


数日前から熱下がらず、食欲は減退し、水以外何も受けつけなくなっていた。


死期が近い。

今年で齢八十八歳。

よう生きたものじゃ。

勝成は、もうすっかり見慣れてしまった天井に向かって大きく息を吐いた。


思い残すことは無い。

思うがまま、やりたいように生きた。

各地を転戦し、腕っぷしひとつで十万石の大名にまで上り詰めた。


目を閉じると昨日のことのように今までの人生が思い出されてくる。


勝成の初陣は十六の歳だった。

武田勝頼撤退後の二度目の高天神城の戦いで、初めて首級をあげ、あの織田信長から感状を貰った。父に従い、織田勢としてたくさんの手柄を上げた。

正直、戦場が楽しくて仕方なかった。

本能寺の変のおりは、さすがに肝を冷やした。京都の各地を転々と逃げ回り、生きた心地がしなかった。

戦の本当の恐ろしさを知ったのもこの頃だが、戦の魅力を陰らせてしまうものではなかった。

織田、徳川、豊臣、仙石、また再び徳川。主君を次々変えながらも各地で戦をし、その度に勝利した。

わしがあまりに強すぎるから「鬼日向」などと呼ばれ、畏怖されたものじゃ。

敵の首九十七を挙げて大坂城桜門に一番旗を立てた時などは、壮観だった。

信繁の奴の青ざめた顔が今でも目に浮かぶわい。


「倫魁不羈」(りんかいふき)などともいわれておった。

意味は「あまりに凄すぎて、誰にも縛り付けることはできない」ということじゃ。

京の町で傾奇者としてブイブイ言わせとった頃が懐かしい。


告げ口ばかりして、以前から気に入らなかった父の部下を斬り殺したり、作法についてあれこれ生意気抜かす茶坊主を切り殺したりしたが、ついに仏罰はくだらなかった。


刮目してみよ。床の上で大往生じゃ。八十八歳の長生き、大往生じゃ。


「父上、お気を確かに」


目が霞む。

この声は息子の勝俊か。


いよいよお迎えが近い。


勝俊、お前を産んだ於登久(おとく)はいい女じゃったぞ。

出奔中に厄介になっていた三村家で、世話してくれた侍女だったんだが、つい手を出してしもうたわい。


ああ、そういえばわし、何回出奔したんじゃったか。


出奔が一、出奔が二、出奔が三、出ぽんが四、しゅっぽんが五、しゅっぽんが。


だめだ、出奔の数を数えておったらお迎えが来てしもうた。








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