ラストワン

赤城ハル

第1話

 部屋には老婆が一人、ベッドの上に横たわっている。名はヒナタ。八十八歳。多世代型星間開拓使節船『アマノイワフネ』の搭乗員であり、

 上半身にあたるベッド部分がほんの少し傾いていて、今、ヒナタは客達に応対をしている。

 応対と言っても、客は二人の子供とその母親で、その母親が子供達に絵本を読み聞かせていて、それをヒナタが優しい目つきで眺めているだけ。

「ヒナタ? 大丈夫?」

 子供達の母親である女性が読み聞かせを中断してヒナタに聞く。

 小さな子供達も「大丈夫?」と続けて聞く。

「ええ、大丈夫」

 ヒナタはゆっくりと、そして時間をかけて言葉にする。そして子供達には微笑みを向ける。

 ヒナタが子供達に手を伸ばすとミーナが補助を。そして理解の早い子供達はその手の下に頭頂部を近づかせる。

 順に頭を撫でられると子供達は離れる。

「少し休む?」

 女性はヒナタに聞く。

「ええ。でも、貴女達はそのまま絵本を読んでて」

「うるさくない?」

「いいえ。とても心地よいわ」

 と言ってヒナタは眠るように目を瞑る。

 女性は絵本の読み聞かせを再開する。

 そして読み聞かせがあと数ページで終わろうという時、子供の一人が、

「ねえ、ヒナタ死んだよ」

 いつまでこれを続けるのという質問だった。

 女性もまた、それには気づいていた。

 彼女達には心肺停止の情報が伝えられたから。

「ルカ、死んだではない。亡くなったの。言葉に気をつけて」

「はいはい」

「読み聞かせも、あと少しだから」

 それを聞いて子供はため息を吐く。

「最後までをしなさい」

「はーい」

 ルカと呼ばれた子は返事をした。


 読み聞かせが終わり、子供達は仕事が終わったとばかりに伸びをして、その態度にまたすぐ女性に怒られた。

 子供達が部屋を出ると廊下に待機していたナース型のアンドロイドがいた。

「お疲れ様です。ミーナは?」

「部屋。てかさ、ここまでやる? 子供役って疲れるよ」

「ルカ、そんなことを言ってるとまたミーナに怒られるよ」

「はいはい。後は宜しくね」

 ルカ達は廊下の奥へと足を動かす。

「葬式にも参加だからね。忘れちゃあ駄目よ」

 ナースはその背に注意を放つ。

 ルカは振り向かずに手を振って応える。


「最後の一人だからって、ここまでするかねー」

 部屋に入るなり、ルカは愚痴を述べた。そしてボディー収容機に足を向ける。

 部屋はルカとマナの専用部屋で、入って右側の壁にはタンス、化粧台、姿見がある。そのタンスの横、化粧台とは反対方向に普段は壁の向こうにあるボディー収容機がある。

 入って左側には二つのベッドがあり、二体の大人の女性型アンドロイドが各々のベッドの上で眠っている。

 もう一人の子供役であるマナが、

「ミーナはずっとヒナタに寄り添っていたからね。子供頃からだっけ?」

「妹役だっけ?」

 ルカは鼻で笑った。

「妹役にしては歳が違くない?」

「ヒナタって、痴呆が入っていたんでしょ?」

「よくもまあ、自分のことを認識できないのと付き合ってられるわね」

 ルカはやれやれと肩をすくめる。そしてボディー収容機に体を入れる。

「違うよ。認識はしてるよ。ただし、昔のミーナでね」

 マナもボディー収容機に入る。蓋が閉じると部屋の壁に穴が開く。そしてボディー収容機は壁の穴へと吸い込まれる。

 数秒後、ベッドに眠っていたアンドロイドが目を覚ます。

 まず髪の短いアンドロイドが目を覚まして、上半身を起き上がらせる。そして大きく伸びをする。

「やっぱ勝手知るボディーが一番よね」

 続いて髪の長いアンドロイドが目を覚ます。

「でも明日、葬式だからまた子役かー」

「葬式って言っても、もう出席者はアンドロイドだけでしょ? なんの意味があるのかな?」

「知らないわ。葬式もするってことは墓も作るのかしら?」

 そこへドアが開き、闖入者がすぐに答える。

「当たり前よマナ! あーあー、やっぱり、ボディー戻してる」

 闖入者はミーナだった。ミーナは二人を見て額に手を当てる。

「何よ急に。ノックもなしに」

 ルカが急に部屋に入ったミーナを非難する。

「今日は通夜よ」

「通夜?」

 ルカはすぐにボディー内の検索エンジンで通夜を検索。

「げっ、それって私達も参加?」

「当たり前よ。貴女達は私の娘役なんだから?」

「アンドロイドが子供なんて産めないでしょ?」

「役よ。役」

「もういいじゃん。人間はもういないんだし。それに私が子役って、皆は知っているんだから。もう役をする必要なくない?」

「駄目です」

 ミーナは強く言いきる。

「ヒナタは最後の人間なのです。最後まできっちりと面倒を見なきゃあ。一人だけ雑にされては可哀想でしょ?」

 とミーナは言うも、ルカ達には誰が可哀想と思うのかである。むしろ最後まで周りが人間のフリしたアンドロイドだと騙されていた方が可哀想ではないのかと思う。

「今、人間のフリの方が可哀想と思ったでしょ?」

『え!?』

 心の内を読まれて二人は驚いた。

「逆に人間がもう誰もいないというのが可哀想でしょ?」

 ミーナはため息を吐いた。


 多世代型星間開拓使節船『アマノイワフネ』はミノタウロス座恒星ザンクトティグル第三惑星ニギに向かっていた。

 だが、道中で大事故が発生し、エンジンと推進ユニット、リアクター施設が損傷。

 それによって宇宙航行は不能になり、宇宙を漂うことになった。

 救難信号を送るにも一番近くの宇宙船が助けに来るにも230年はかかると計算が出た。

 それゆえ、船長は全船員に開拓使節は失敗した旨を告げ、子を産まずこの人口を維持し続ければ100年は食と医療福祉に問題はないことを告げた。

 それからすぐに妊娠禁止令が発令された。

 けれど、それを破り、子を産む者が後を絶たず、事故から20年後、人口と妊娠増加に伴い、任意安楽死そして男女分別型エリア居住が決められた。

 中にはそれらを反対する過激な者たちが現れ、多少の紛争はあったが、アンドロイド達がなんとか押し留めた。

 そして事故から130年後、とうとう最後の人間であるヒナタが亡くなった。

 100年は生活に支障はないと言われてたが、130年間は節制があったのかというと、それはなかった。

 先に述べた紛争が発生したために人口は激減。それにより、130年経っても幾分か余裕はあった。


「まさか四十九日までしないよね?」

 葬式が終わり、外に出るや子供ボディーのルカが疑うように喪服姿のミーナに聞く。

「しないわよ」

「これからどうするの?」

 ルナはどこか切なそうに聞く。

 なぜなら、救難信号を発した後、身近な宇宙船からは調査船を派遣すると返信がきた。それはつまり、ブラックボックスとその他データ、そして貴重部品の回収のためだけに来るということ。

 アンドロイドは貴重部品がどうかと言われるなら、ただの部品。回収はされないだろう。

 取られるだけ取られて船に残される身。

「一応、彼らが来るまで100年を待つかな」

「AIでしょ? 対応する必要ある?」

 230年も消費して、わざわざ人間が故障船に訪れることはない。つまり、やって来るのはAIということ。

「その間、何するの?」

「船のメンテ。それと貴重部品の収集」

「私達も手伝わないと駄目?」

「そうね。でもずっと起きてる必要はないわ。交代制で動くの」

「その後は?」

 ミーナは少し間を開けて、

「それで終了」

 眉を下げ、柔らかに言う。

 ルカは式場を振り返る。

 その時は誰が私達のために葬式をするのか。

 いや、アンドロイドのために葬式なんてしないだろう。

 それに誰が最後に残るのか?

 そこで昼の時間帯ではあるがエリア一帯を照らす人工ライトが徐々に弱くなり始めた。

 もう人間はいない。だから朝も昼も夜も必要はない。

 これからは電気節約のため人工ライトは弱められる。

 このほろ暗い世界をルカ達は歩み始める。

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