(2)

「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ……落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて……感情的にならずに、冷静に話し合おうよ、あははは……」

「へえ……。流石は『魔法使い』様だ。頭が悪い俺達とは違って、こんな体にされても冷静でいられるみたいだな」

 俺は、夜中の公園で遊具に吊されていた。

 周囲に居るのは……同じ職場に居た奴ら。

 正社員も入れば、一時雇いだったのも居るし、子会社からの出向や派遣だったのも居る。

 共通してるのは……全員が過去に後遺症が残るレベルの怪我をしている事。

 ある者は車椅子に乗り、別の者はパワー・アシスト装置を着装している。

 ここ3年ほど、俺が働いていたのは下関市内でもトップ3に入る土木工事業者。

 そこで、俺は、魔法を使って現場作業員達の筋力を一時的に増強する仕事をしていた。

 そして、俺が勤め始めて、1年で労災の件数が急増した。

 2年目には、阿呆経営者も急増した労災に「ある共通点」が有る事に気付き始め……。

 そして、ついに、俺は馘を言い渡され、俺の魔法の代りに、最新式の強化服パワードスーツが使われる事になった。

 早い話が、俺がやっていた「筋力増強の魔法」は、筋肉量を増やすその他の「体そのものを強化する」タイプの魔法では無かった。

 いわゆる「火事場の馬鹿力」を一時的に引き出しているに過ぎなかったのだ。それも体の頑丈さは元のままで。

 仕方無かった。「筋肉量を増やす魔法」は有るには有るが、最低でも数週間はかかる上にかなり高度な「職人芸」であり、即効性の「筋肉量増加」の魔法など……仮に存在していても、俺は見た事も聞いた事も無い。

 いや、体を酷使する事による苦痛を柔らげる魔法も同時にかけてたが……それが余計悪かった。

 その結果こそが……目の前に居る、俺が身体障碍者に変えてしまった皆さんだ……。

 その時……。

「ん?」

 突如、流れ出したメロディは、一青窈の「ハナミズキ」。

 俺が「魔法使い」としての修行を始めた年のヒットソング……。

 早い話が、俺の携帯電話ブンコPhoneの着信音だ。

「師匠……何年、携帯ケータイを機種変してなかったんですか……?」

 俺を拉致した連中は、その声のする方を向いて……。

 ゴオっ‼

 赤い鳥が暗闇の中から出現。

「ぐへっ⁉」

「げえっ?」

「うぎゃああッ‼」

 俺を拉致した皆さんは……次々と……。

「ま、そのお蔭で……師匠の居場所が判ったんですけどね……」

「やめろ、やめろ、やめろ、馬鹿ッ‼」

 俺を拉致した皆さんは……全員が意識を失なっていた。いや……下手したら「魔法攻撃」による後遺症が残るかも知れない。

「いや、こいつら、どう見ても、師匠を袋叩きフクロにしようとしてたでしょ。俺は師匠を助けたんですよ」

「い……いや……だけど……やり過ぎ……。大体、何で、お前がここに居る?」

「大体、師匠も何で、この程度の連中に、反撃しないんすか?」

「話せば……長い事になる……」

「あの……師匠が力を失なった、って噂、本当だったんすか?」

「そう言う事だ……。まぁ、久し振りだな……吾朗……」

 俺を助けてくれたのは……俺の最初にして最後の弟子……井上吾朗だった。

「あ……あの……本当に……その……」

「えっ?」

「だから……」

 あ……しまった……。俺達の流派では目上・目下を問わず「同じ流派の魔法使い」を「一般人としての名前」で呼ぶのはタブーだった。

「久し振りだな……えっと……」

「あの……」

「えっと……その……」

「どうしたんすか?」

「だからさ、6年前にお前の誘いを断わってから、マジで『同業』と話す機会がこれっぽっちも無かったんだよ」

「それが……その……えっと……どう云う事っすか?」

「だ・か・らっ……他人を中学生が考えたみて〜な変な芸名で呼ぶのが恥かしいんだよッ‼」

「わかりましたよ……『緋色の皇帝エンペラー』じゃなくて『吾朗』でいいっす。でも……『同業』の前では『芸名』で呼んで下さいね」

「同業? おい、話が見えんぞ……」

「しっかし……薔薇十字魔導師会・神保町ロッジの5=6小達人アダプタス・マイナー『朱色の戦車チャリオット』ともあろう人が…………」

「やめろ、やめろ、やめて、やめて下さい、お願いします」

「へっ?」

「他人を変な芸名で呼ぶのも恥かしいけど……俺が変な芸名で呼ばれんのは、もっと恥かしいんだよッ‼」

「師匠……」

「何だ?」

「すっかり、あれですね……。完全に言ってる事が『魔法使い』じゃなくて『魔法が使える一般人』すね……」

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