おとぎ話

 ジュリアナは化粧台に置かれた一冊の本を取ると、出窓のウィンドウベンチに足を伸ばし、本を開いた。

 最後にバケーションハウスを出るとき、クロドに渡された絵本だ。

 毎夜寝る前に一度、目をとおすことが習慣になっていた。



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 春の魔女と秋の魔女


 

 さあ、はじまりますよ。

 この世でいちばん、こわいお話し。

 世界から季節が消えてしまうお話し。

 でも、大丈夫。あんしんして、聞いてください。

 わたしたちには、勇者さまがいらっしゃいますから。



 ふるい、ふるい、大昔。

 世界が国と国で分かたれていないころ。

 世界樹ユグドラシルを中心に、スプリングフィールド城という、お城が建っていました。

 お城には、双子の姉妹が住んでいました。

 春の魔女と、秋の魔女です。

 春は花を咲かせ、秋は実を結ぶ。

 世界の季節を彩る、美しいものはみんな、姉妹から生まれました。

 

 ある日のこと。

 スプリングフィールド城へ、勇者を名乗る少年が現れました。

 名まえを、ユートと言います。

 ユートは魔王を倒すため、神々に召喚されたのだと言いました。

 春の魔女と秋の魔女は、そういうことでしたらと、勇者へ四季の加護を与えました。

 勇者は加護のお返しに、愛を授けました。


 双子ですから、ふたりぶん。

 贈り物も、いつもふたつぶん、ひつようでした。指輪もふたつ。ケーキもふたつ。ドラゴンを討伐したあかつきには、その目玉をひとつずつ。

 それはとてもたいへんなことでしたが、それでも勇者は双子を平等に、愛したつもりでした。


 しばらくして、春の魔女のお腹に、勇者の子どもが実りました。

 しかし秋の魔女のお腹はいつまで経っても、ふくらみません。


 双子は勇者を責めました。

 春の魔女は、秋の魔女への愛が足りなかったのだと。

 秋の魔女は、春の魔女ばかり負担をかけるのかと。

 勇者は双子を責めました。

 双子はいつだって、双子のことを思いやっている。その愛は、僕に捧げられたことがないと。

 双子は、考えました。姉妹の、互いを思いやる愛をなくせば、勇者へ愛を与えることができます。そうして互いの愛し合うこころを、勇者へ捧げました。


 すると、どうでしょう。

 姉妹の愛をなくした双子は、やがて互いを憎しみ合うようになりました。

 平等の愛を望んでいたはずの双子は、どちらか片方を選べと、勇者へ詰め寄りました。


 勇者は、春の魔女を選びました。

 我が子を宿した彼女を見捨てることなどできません。

 城を追われた秋の魔女は、いつしか実りを忘れ、ふれるものすべてを枯らす、枯渇の魔女となったのです。


 秋の魔女は、生きとし生けるものすべてを枯らせていきました。花が枯れ、実りのない世界は、冬を長くしました。


 勇者へ与えた四季の加護も消えてしまいました。


 勇者は四季の加護を取り戻すため、旅に出ました。

 北へ向かい、冬の魔女を探します。

 冬の魔女ならば、冬を短くできると思ったからです。


 しかし、冬の魔女は世界を凍らせることしかできませんでした。


 勇者は言いました。


「世界の冬を終わらせたい。どうかおとなしく、殺されてくれないか」


 勇者の言葉に怒り狂った冬の魔女は、冥界から魔王の助けを呼びました。



 さあ、魔王の支配の始まりです。

 炎の神に乗り人間界へやってきた魔王は、冬の魔女だけでなく、秋の魔女を味方につけました。

 魔王は秋の魔女の力で森を死なせ、冬の魔女の力で道を凍らせながら、世界樹を目指しました。

 魔王が世界樹に近づくにつれ、冬が激しくなります。

 世界樹の外がわは、真っ白です!

 森は枯れ果て、薪になる木がありません。暖炉の火もついえて、凍える日々が続きます。

 

 世界樹が枯れ、凍ってしまえば、いよいよ世界は滅びます。人々は世界樹に集まって、なみだを流しながら、たがいをあたためあいました。



 勇者だけが、あきらめていませんでした。

 勇者は、世界の終わりにふたたび春の魔女を頼りました。

 春の魔女は、枯れ果てたスプリングフィールド城でひとり、息も絶え絶えに眠っていました。

 産まれているはずの、赤子がいません。

 勇者と、春の魔女の子どもです。

 春の魔女は言いました。


「赤子はちいさな手に、真っ赤な宝石を握りしめていました。私が流した、春の魔女の涙です。春の魔女の涙があれば、ふたたび四季をもたらすことができますが、赤子ともども魔王に奪われてしまいました」


 なげき苦しんだ勇者は、赤子と涙を取り戻すために、世界樹へ戻りました。

 真の正義の心は、聖剣を生みました。

 聖剣こそが、勇者の証です。


 世界樹の前で、魔王との大決闘がはじまります。

 勇者は聖剣で冬の魔女の手足を切り取ると、その手で裏切り者の秋の魔女を凍らせ、破滅を終わらせました。

 秋の魔女と冬の魔女が世界から消えたのです。

 勇者のうでのなかに、赤子が戻ります。

 春の魔女の涙もいっしょです。


 ついに、春がはじまります!


 勇者は魔王を許しました。

 復讐はなにも生みません。

 魔王は勇者へ感謝し、二度と人間界へ現れないことを約束に、冥界へと帰りました。


 


 


********************


 コン、コンと軽やかなノックのあと、扉のむこうでくぐもった声がする。

 母のエルサだ。


「そろそろお眠りなさい。明日は婚約式でしょう?」

「はい、お母さま」


 返事をしながら、ジュリアナは窓を開け放った。

 季節は、冬。

 呼吸を繰り返すたびに白い息が、辺りの雪景色にやわらかく、溶けていく。


「クロドのもとへお帰り」


 ジュリアナは口づけるように、本の表紙へ呪文を囁くと、夜空へと高く、放ったのだった。

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