死に戻った双子(下)
ガーネットは、手ぐせの悪い双子の妹マーガレットの身代わりとなり、川で首吊りの刑に処された悲運の令嬢だ。マーガレットもまた日記帳が証拠となり、すぐに処刑されているが、回帰薬を飲んでいた。願った日時からやり直せる、死に戻りの薬だ。血を分けた双子のガーネットもまた、同じく回帰していた。
つまりは、ふたりのやり直した人生を今この
そして付け加えるならば、ビアンカにとってガーネットは、愛した男ハーロルトの思いびとである。
ジュリアナは探究心から。
ビアンカは殺意から同時に生唾をのんだ。温度差は異なるにしろ、気の合うふたりだ。
クロドもまた普段のもてなしを忘れ、話しを急かすようにおしぼりとティーカップをカウンターテーブルにセッティングした。ビアンカから引き離さねばと、ジュリアナを挟んでの一番手前の席だ。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう。マーガレットから聞いているわ。宿泊理由を話せば、ここに泊まれると」
「おっしゃるとおりでございます。では、さっそくですがお願いしても?」
「いいけれど、そちらは」
ジュリアナとビアンカを指して言っている。
「気になるようでしたら、下がらせますが」
「気にはなるけれど、構わないわ。カウンターには盗み聞きをする令嬢がいると、マーガレットが言っていたもの」
唸り声をあげるビアンカに絞め技を繰り出しながら、ジュリアナは「相槌ならおまかせあれ」と、花の笑みを贈った。
ガーネットは天性の賜物であろう、川の流れのように美しい所作で紅茶を嗜むと、間もなく話し始めた。
「まずはバケーションハウス支配人、クロド殿へ感謝を申し上げます。この度はマーガレットへ薬を持たせてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「おかげで満足のいくやり直しが遂げられたわ。未練はない」
「しかしながらあなた様の
「首吊りのヒロインを、二度もやりたいと思う? 私はそんなにお人好しじゃないわ」
ガーネットは目を座らせた。すべてを悟ったようなその澱んだ瞳は、マーガレットと同じものだ。
「私たちが死に戻ったのは、ハーロルト王子に見初められた舞踏会の夜。マーガレットは、私をハーロルト王子と添い遂げさせようと考えたのよ」
「それはマーガレット嬢の本心ですか」
「間違いないわ。裏切られぬよう、マーガレットの日記帳は度々盗み見ていたから。マーガレットは私への謝意をしたためながら、領主に必要な学も積極的に身につけるようになった。外気に触れるだけで疲れてしまうくせに、領地を見てまわろうとしたりね」
「ではマーガレット嬢は、家督を継ぐ御覚悟ができ、まっとうな道を歩み始めたのですね」
「鬱陶しいことに」
吐き捨てるように言う。
「どうして私だけが社交界へ出されたのだと思う? 領主となるには、頭が足りないからよ。取り柄はこの顔と健康な身体だけ。両親に見限られた私は、社交界でよりよい伴侶をみつけるしかなかった。ハーロルトに選ばれたときが、人生で一番のしあわせだったわ。婚約状が送られてきたときの、マーガレットのあの顔! マーガレットがハーロルトを寝取ったと、王城の秘宝を盗んだと聞いたときも、あの子はそんなに悔しかったのかと、涙が出るほど嬉しかったのに」
ジュリアナがたまらず顔をあげると、クロドと目が合った。
クロドも気づいたのだ。双子の互いを想い合う感情が同じであると。たとえるならば"愛憎"という言葉が似合う。異常なまでの固執だった。
「死に戻ったら、なに。王子様とどうぞ、末永くお幸せに? いやよ、私。スプリングフィールドを、城を出るなんて。マーガレットと離れるなんて……! だから」
ガーネットは顔にかかった髪を指に巻きつけ、カウンターテーブルに声をぶつけた。
「ハーロルトを川へ突き落としてやったの」
ジュリアナは、今度はビアンカの顔を覗きこんだ。殺意と失意をゆっくりとかき回したような、"とても混乱している"の代表の顔をしている。そしてジュリアナは気づいてしまった。自身がハーロルトを突き落とした令嬢と、突き刺した令嬢の狭間で紅茶を嗜んでいることに。
状況を必死に飲みくだくなかで、話は進んでいく。
「マーガレットにひどく責められたわ。だから私は、思いの丈をぶつけた。お父さまとお母さまに見限られただけで、ほんとうは城でずっと、マーガレットとふたりで過ごしたいんだって。そうしたら、マーガレットも同じ思いだったことがわかったの……!」
クロドは自分のことのように喜んだ。
「ではおふたりは、仲直りされたのですね」
「ええ。これからはマーガレットが領主として土地を治め、私は体の弱いマーガレットの足となって、現地を見てまわるの。ふたりで、ひとつよ」
「些細な思い違いから憎しみあっていたふたりが真の愛に気づき、支え合う関係を築く。実に素晴らしいお話しです」
春を司る魔法使いの末裔、スプリングフィールド家に生まれる双子は決して引き離してはならないとされている。ふたりを引き裂けば、世界はたちまち大災害に見舞われるのだ。
千年前、春と秋を失ったように。
そして彼女たちをかき乱すのはいつも、勇者ユートの子孫であることを忘れてはならない。
クロドは依然として空白のままの宿泊名簿を睨んだ。
「しかしお幸せならばこそ、なにゆえ休暇を取られたので」
「第三王子のアスランが突然、私へ嫌疑の目を向けてきたのよ。王家が水難に遭いやすいのは周知のこと。事故で終わったはずだったのに」
ジュリアナは以前に聞いたマーガレットの話しを思い返した。
ハーロルトは愚かしいばかりであるが、アスランは違う。死に戻る前にも独自の推理で、マーガレットの罪を暴いた切れ者だ。おそらく今回も、犯人が婚約者のガーネットであることを突き止めたのだろう。
「今朝には衛兵を従え、城壁までやってきた。私の部屋から日記帳でも出ないか調べにきたのよ。日記はつけていないけど、話せばかならずボロが出る。そこでマーガレットに、ほとぼりが冷めるまでこちらで休暇をとらせていただいてはと、勧められたの」
「感心しませんね。当ハウスは
「それでも、これさえあればと持たされたわ」
手のひらを広げる。クチナシの花弁のようにまっしろな肌の上で、ガーネットの石が紅を激らせた。
春の魔女の涙だ。
クロドはその補色を形容するように、顔を真っ青にした。
「な、どうしてこれがここに……!」
「隠し持ったまま死に戻ってしまったのですって」
「涙も回帰したとおっしゃるのですか。そんな馬鹿な──」
だが、たしかに目の前に存在している。
世界の春を象る涙が。
ジュリアナの燃えるような熱視線に気づき、クロドはガーネットの手のひらにクロスを被せた。
「この取引、条件付きでしたら、お受けしましょう」
「条件、とは」
「お預かりできるのは冬まで。春のはじまりには、御自身で涙を王国へとお戻しください」
「では、春まで居ていいのね……!」
「そうは言っておりませ、あ────!」
胸ポケットから引き出しつつあった黄色のアクセサリーを、ガーネットはあっさりと奪った。ハウスに四部屋のみ、大魔女だけが使用できるスイートルームの鍵だ。
「部屋の位置はだいたいわかってるから。二時間後に
はじめてとは思えない足取りで階段をのぼっていってしまった。
勝手知ったるビアンカが、ポットから紅茶を注ぎ入れ、トポトポといい音を響かせる。
「……あの部屋は、ジュリアナの」
「ジャリエナの?」
「ジュリアナです」
主張するように立ち上がると、ジュリアナはビアンカの紡いだ糸を抱えて、扉へと進んでいった。
クロドが引き止めるが。
「どこへいく」
「はやく布を織りたいので、帰ります。あの魔具の存在を消してしまわなくては」
クッションのことを言っている。
ジュリアナは双子の絆に感化され、ちょっぴりホームシックになってしまっていた。
お母さまの焼きたてクッキーが食べたい!
「みなさまのぶんも、焼いてもらいますわ」
華麗に扉を閉める直前、
「春の魔女ととなりの部屋だなんて、死んでもごめんだ!」
「あなた様は死ねませんので、御了承ください」
「クロド────!」
ブランシェの金切り声がラウンジにこもって聞こえた。
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