88になっても夢は消えない

徳田雄一

夢を忘れるな少年

「僕野球辞める」


 ある少年は近所に住む、御歳88歳を迎える老人に言っていた。


 老人はそんな少年に言葉を投げかけた。


「お母さんやお父さんには言ったのかな?」


 すると少年は顔を顰めながら、老人に泣き目で言った。


「根性無しって言われるから、まだ言えてない」


 老人は綺麗な瞳をうるうるとさせる少年に対してキツい表情を浮かべながら言った。


「君の夢は何かな?」

「僕の夢は今までならプロ野球選手だったけど、もう無理」

「なんで無理だなんて決めつけるんだ?」

「僕は才能が無いから」

「才能がないなんて誰がいつどこで決めた?」

「おじいちゃんにはわかんないでしょ。僕の気持ちなんか」


 少年は卑屈になってしまい、老人に対しても当たりがきつく、そして完全に心が折れてしまっていた。そんな少年を見て老人はひとつ昔話を始めた。


「少年。昔にな銀之助って悪ガキか居たんだ。そいつは何をしてもダメでな、算数は出来ない、掛け算も出来ない、漢字なんてもってのほか。だけどな、そいつに夢があったんだ」

「どんな夢?」

「それはな。平和な日本になりますよーにって」

「自分の夢じゃないじゃん」

「自分の夢じゃなけりゃ、夢じゃないのか?」


 少年は深く考え込んだ。険しい顔つきになりながらも、少年はひとつ答えを出そうと唸っていた。

 すると老人はそんな少年を置いてけぼりにするかのように再び話を始めた。


「いいか。少年。夢は忘れちゃいけない」

「なんで?」

「私たちの頃には夢なんか持つより先に命が散ったからだ」

「え?」

「まぁよい。この話は無しとしてもだ。夢を諦めるのは簡単だが、諦めて後悔するのは嫌じゃないか?」

「……うん」


 老人は快晴の空を見上げながら少年に言った。


「夢は永遠じゃ。夢だけは追い続けなさい」

「おじいちゃんは夢あるの?」

「わしは今でも、あの銀之助が叶えようとした日本の平和を、あいつの意志を継いで叶える」

「……おじいちゃんは何者なの?」


 老人は少し考え少年に答えを出した。


「君の将来を見守る神様って所にしておいてくれ」


 少年は不思議そうに顔を傾けながら「そっかぁ」と言い、老人に礼を伝えた。


「おじいちゃん。僕なんか頑張ってみる」

「うむ。そうしなされ」

「ありがとう。見ず知らずのおじいちゃん」


 ☆☆☆


 少年は数ヶ月後。少年野球で好成績を残し地元の有名な中学校へと入学した。その報告にと少年はあの老人が居た家へ尋ねると、家から若い夫婦が出てくる。


「あ、あの。おじいちゃんは?」

「あぁ。爺ちゃんは死んだ」

「え?」

「ちょうど、僕たちが旅行行っている時に、どうやら心臓発作を起こしたみたいでね」

「おじいちゃんの名前って?」

「銀之助だよ。そういえばなんか爺ちゃんは可愛らしい少年と話してたって話だけど君のこと?」

「あ、はい」

「君になんか手紙を残したみたい。読む?」


 少年は若夫婦からおじいちゃんの残した手紙を持ち、家に帰って自室で読み始めた。


【夢は永遠に。君はかならず日本最強のプロ野球選手になれる】


 たったこの文が残されていた。少年はただこの言葉を胸に刻み、数十年後、球界屈指のスラッガーへと成り上がった。


 そして少年は語る。


「あの時僕に夢を諦めるなと教えをくれた方が居なければ今の僕は居なかった」

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88になっても夢は消えない 徳田雄一 @kumosaki

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