窓を揺らすもの

タニオカ

窓を揺らすもの

 プシュッ。

 ゴクゴク。

「ぷはー!くぅー、生き返るわー!」

 少し散らかったワンルームで、絵に描いたような飲みっぷりを見せる一人の女性。歳は20代半ばほどに見え、髪は暗めのブラウンのセミロングで、今は邪魔にならないように適当に結われている。グレーのスウェットの上下をだらしなく着こなし、顔はメイクそのまま、という不釣り合いな格好でコンビニの袋をゴソゴソと漁る姿は、ちょっとお疲れの社会人そのものだった。

「私、今週もがんばったよ!だから、今日はハーゲンダッツも食べちゃうもんね!」

 袋から目的のものを抜き出すと高らかに宣言し、アイスのカップを天へ掲げる。ちなみに味はラムレーズン。

 そんな姿を呆れたように眺めている一匹の三毛猫。その視線に気がついたのか女性はちょっと照れ臭そうにしてから、猫に手招きをする。猫もそれに応えて、トテトテと女性に近づき、差し出された手にスリンと頭を擦り付ける。

「あんたと暮らしてもう10年だね。人間で言うならもうとっくにおばあちゃんのはずなのに猫ってげんきよね」

 感慨深そうに呟き、一撫でしてから再びコンビニの袋をガサゴソとやって、今度は細長いパウチを出した。

 それを見ると猫はソワソワと落ち着きがなくなり、パウチに猫パンチを繰り出した。

 そんな猫の様子が可笑しいのか、女性はスマホのカメラで動画を撮り始めた。

「ほーら、これが欲しいのかー? あははっ、どんだけだよ! まってまって、いまあげるからね」

 猫との戯れを終え、パウチの口を開けようとすると、突然ガタガタッと窓が揺れる音が部屋に響き渡った。

 その音に身体を震わせ驚く一人と一匹。

「…えっ、…なに?」

 チラリと猫の様子を確認してから、音のした庭に面している掃き出し窓にそぅと近づく。淡いグリーンのカーテンをギュッと握りしめて、意を決して勢いよく開ける。

 窓の外はもう真っ暗で、部屋の明かりが照らす範囲には何もいない。大家さんの趣味で植っている植木を見ても窓を揺らすほどの風は吹いていないことがわかる。しばらく庭のあちこちへ目をやるが特に何かが見えたりはしない。


「にゃあ」

 足元から不思議そうに見上げる猫を抱き上げ、カーテンを閉める。女性の顔は先程の楽しそうな表情から打って変わって不安そうだ。

「またなの…?」

 そう呟きながら壁のカレンダーにクエスチョンマークを書き込んだ。

 抱き抱えられたネコが身体を捻って床へ下ろすように催促するので、おろしてやって、気を取り直し、先ほどの音を頭から追い出すようにテレビの音量を上げた。芸人さんの笑い声が大きく部屋に響いた。

 ぼんやりとクッションに座りながらパウチを開け、猫の方に向ける。待ちに待ったパウチのおやつをおいしそうにペロペロする猫から、先ほどのカレンダーへ視線をやる。

 クエスチョンマークは金曜日の列にきっちり並んでいた。


 ▽▽▽


「ぜっーたい、おばかかなんかだよ!」

「ちょっ! そんなわけないじゃん! やめてよね!」

「相変わらずそう言うの苦手なんだ。よしよし、かわいいでちゅねー」

「もう、からかわないでよ…こっちは結構参ってるんだから…」

「ごめん、ごめん!」


 1週間後、女性の部屋にはもう一人女性が増えていた。彼女は部屋の主の幼なじみで『毎週金曜日の夜に窓が揺れて怖い』と相談したら快く、田舎から遊びに駆けつけてくれたのだ。


「んー、でも何で金曜の夜だけなんだろうね? 時間はいつも決まってるの?」

「そうだなー。金曜以外の平日は残業とかあって、帰る時間がいつも違う上に、すぐ寝ちゃうから、もし音がしててもわかんないかも。少なくとも土日の夜に部屋にいる時は聞いたことない。音がする時間も決まってない感じかな」

「ふーん。へんなおばけだね」

「だから、おばけじゃない!」

 笑いあいながらお酒とおつまみを食べ、楽しいフライデーナイトを過ごす二人。久しぶりの再会に会話も弾んでいた。


「にゃーん」 

 談笑する二人の間に文字通り割って入ってきたのは猫。

「お、きなこだ。久しぶり。命の恩人である私のことは覚えてるかい」

「にゃー」

 きなこと呼ばれた猫は話の内容がわかっているんだから、わかっていないんだか適当に返事をしてから、窓に向かい、カーテンを顔で避けて庭を眺め出した。

 そんな猫の様子を目で追う二人にちょっと緊張が走った。

「…もうそろそろ時間かな?」

「…わかんない」

 恐怖を押し除けたいのか、部屋の主はクッションをギュッと抱きしめたまま、おつまみのチータラへ手を伸ばした。そのまま口に運ぼうとすると、突然、ガタガタと窓が揺れた。


「フギャウ! シャー!」

 きなこが全身の毛を逆立てながら威嚇を始めた。窓の外のなにかに向かって。

 部屋の主は恐怖で固まっていたが、幼なじみは威嚇が始まると同時に動き出し、カーテンをパッと勢いよく開けた。


 すると外には一匹の黒猫がいた。

 その黒猫は、急に明るくなったのに驚いたのか、すぐに暗闇の中へ走っていって消えてしまった。

 黒猫が見えなくなると、きなこの方も落ち着いて何事もなかったように水を飲みに行ってしまった。

 大きな目をパチクリさせながら、しばらく見つめあった二人は、遂に堪えきれなくなったのか大声で笑い出した。


「あっはは! こんなこったろうと思ったよ!原因、猫じゃん!」

「うー、でも今まで見えなかったんだもん」

「まー、黒猫だもんね。暗くちゃ見えないよ」

「たしかに!」

「問題も解決したし、飲み直すか!」

「そーしよー」

 二人は面白おかしく笑いあい、お話しながら楽しい時間が過ぎていった。


 そろそろ日付も変わりそうになったので、今日は泊まっていくと言う幼なじみを浴室へ押し込んで、部屋の主は片付けをしはじめた。

 部屋の中は飲み切った缶や、食べ終わったお菓子やつまみの包装が散乱していた。

「…明日にしようかな…」 

 そんな惨状に現実逃避をしていると、ガタガタと窓がまた揺れた。

「…もう、びっくりさせないでよ! 発情期なのかな?」

 そんな文句を言いながら、件の黒猫を追い払おうとカーテンを開けると


 窓の外には得体の知れないモノがいた。


 金曜の夜中に女性の悲鳴が響き渡った。

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