ずっと内緒にしてきたけど
高山小石
これで思い残すことはないわ
いつもニコニコしていて優しかった、大好きなばぁちゃんが死にそうだ。
俺たち孫も呼ばれて、親族一同、ベッドに横たわる、ばぁちゃんのまわりに集まっていた。
88歳といえばけっこうなトシだと思うけど、今の世の中では若いほうらしい。
ばぁちゃんもこの前まで、動作はゆっくりながら普通に生活していたから、なんだか信じられない。
じぃちゃんは、ずっとばぁちゃんの手を握っている。
とても仲の良い夫婦で、こんな風に年齢を重ねたいと思わせてくれる。
たどたどしい口調ながら、ばぁちゃんは「最期に話しておきたいことがあるの」と告げた。
みんな涙をためた目で、ばぁちゃんの言葉を待った。
ばぁちゃんのことだから、なにか感動的なことを言ってくれると、きっとみんな思っていたはずだ。
「これで、やっと、復讐できるわ」
は?
え、聞き違いか?
思わず親の顔を見ると、目を見開いていたから、聞き違いじゃなかったみたいだ。
さっきまでとは違う沈黙のなか、ばぁちゃんは言葉を続ける。
「ずっと憎しみが消えなかったから、絶対に、楽しく、幸せに、暮らしてやるって、思ってたのよ」
「おばあちゃんといるの、たのしーよ」
難しい言葉がまだわからない、小さいイトコが無邪気に言った。
「ふふ、ありがと。これで、もう、思い残す、こと、は、ない……」
ばぁちゃんは眠るときみたいに目を閉じた。
……ちょっと問題発言があったけど、とにかく、ばぁちゃんは幸せだったってことでいいんだよな?
『優しくていつも笑ってたばぁちゃん』で、いいんだよな?
微妙な空気のなか、響いたのは、慟哭だった。
「みんな、おじいちゃんだけにしてあげよう」
父さんたちがそっとみんなを部屋の外へと連れ出した。
ばぁちゃんが死んだことがわかっていない小さい子たちは、すぐに用意されていたお菓子に歓声を上げている。
俺は同い年のイトコに確認する。
「なぁ。さっき、ばぁちゃん、『復讐』って言ってたよな?」
「うん。わたしもそう聞こえた」
「誰に対してかは言ってなかったな」
「相手がどうっていうより、『幸せに生きてやった!』ってことが復讐なんじゃない?」
「そっか。前向きなばぁちゃんらしいな」
「……そうだね」
じいちゃんが死んだのは、それからすぐだった。
ずっと内緒にしてきたけど 高山小石 @takayama_koishi
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