聖王ラディアス、人となり

「初めまして、僕が聖王ラディアスだ」


 にこやかな表情でラディアスが挨拶した。


「名前を教えてもらってもいいかな?」


「寿太郎だ」


「おい!」


 いきなり鋭いを声を発したのは隣に立つクインテだ。


「聖王様に対して無礼な口調で話すな!」


「はあ?」


 ぎろりと寿太郎はクインテをにらむ。


「知らないな。別に俺はあんたやあいつの家臣じゃない。俺の主君の知り合いでもない。口の利きかたを注意されるいわれはないね」


「ぐっ――!」


「ははは、まあまあ、クインテ君。そうそう四角くものを考えなくてもいい。彼の言うことは最もだ」


 そう言ってから、聖王は続ける。


「対等の話し相手がなかなか見つからなくて難儀していたんだ。気にせず、君らしく話してくれたまえよ、ジュタロー君?」


「わかった。それで、王様のあんたが俺になんの用だ?」


「君の話を聞きたくてね」


 一拍の間を置いてから、聖王が続ける。


「変わった身なりをした異国の男が穢れを払った――そこのクインテ君から概要は聞いているんだけどね、とても興味があって。今日は無理を言ってお邪魔させてもらったんだ」


「俺は何を話せばいい?」


「全てだ」


 絶対に譲ることはない、そんな意思を込めて聖王が言った。


「時間はいくらかかってもいい。君のことを僕たちに話してくれないかな?」


「わかった。俺にもよくわからんので、あんたに理解できるかどうかはわからんが――」


 寿太郎は自分の知っている限りのことを順に話していった。

 ここに来る前、寿太郎は戦乱の世を生きてきた。日々、領地の奪い合いによる戦いが起こっていた。

 主君に拾われた寿太郎は兵士として戦い続けた。

 ……が、奮戦むなしく主君を討たれてしまう。

 主君の最後を看取り、追撃する敵から逃げ続けた寿太郎、やがて、


「疲労で気絶してしまって――目が覚めたら、ここだった」


「そんな都合のいい話があるか! どうやって忍び込んだんだ!?」


 クインテが鋭い声を発する。

 一方、聖王は手を叩いて大笑いした。


「あっはっはっはっは! すごいね! 文化圏の違う、はるか遠方から眠っている間に、この聖王都までやってくるなんて!」


「聖王様!? この男の言っていることは適当です。信用してはなりません!」


「クインテ君、君は頭が硬いよ?」


「そ、それは否定しませんが……しかし、いくらなんでも荒唐無稽すぎます!」


「聖王都は誰にでも開かれている。忍び込む必要なんてない。忍び込むにしても、あんな目立つ風貌である必要もないだろ? 穢れと見間違えられるような姿でさ」


 くっくっくっく、と聖王が笑う。


「スパイなら裏をかくにしても、もっとスパイらしくするだろう」


 そう言って、聖王は寿太郎に目を向ける。


「ところで、君が住んでいた国はなんというのかね?」


「ヒノモト」


「ヒノモト、ねえ」


 少し遠くを見てから、聖王が話を続ける。


「ふむ、聞いたことがあるな。はるか東方の地に、そんな名前の国があると。我々とは異なる文化圏の世界らしい」


「……やはり、荒唐無稽すぎます。私には信じることが――」


 懐疑的なクインテの言葉を遮り、聖王がこう言った。


「信じるしかないよ。そもそも、どうして彼は僕たちと話すことができるんだい?」


「……あっ……」


「文化圏が大きく違うんだ、言葉も違うだろう。なのに、僕たちは話ができている。もはや、この時点で普通じゃないんだよ」


 クインテも寿太郎も押し黙った。聖王の言うことには一理ある。

 そこで寿太郎は気がついた。確かにクインテたちの口の動きは喋っている音と符合していない。そして、ちらりと本棚にある本に目を向けた。

 タイトルは見慣れない文字で書かれていたが、くっきりと『内政概論』と意味が頭に入ってきた。

 どうやら、読むことはできるらしい。


「……」


 寿太郎は、彼にしては珍しく、悩んだ。

 何かおかしなことが起こっているのは間違いない。


「その辺の謎はおいおい調べるとして……話を元に戻そう。それは本題じゃないからね」


 異様な神隠しすらも本題じゃないと言い捨てて、聖王が話を続ける。


「……君は、クインテ君が来る前に穢れを倒したそうだけど、そうなの?」


「ああ」


「その辺の話をしてくれないかな?」


 寿太郎は、この街に来てからの続きを話す。

 特に長くはない。穢れが出てきたことを感知した寿太郎は現場に走り、そこで女を襲う牛男を目撃した。そして、気絶した女を守って牛男を倒したところで――

「そこの男がやってきた」


「――で、クインテ君はジュタロー君を穢れだと思って戦いを挑んだと」


 ばつが悪そうな様子のクインテに構わず、聖王が寿太郎に話を促す。


「それで?」


「……いや、終わりだ。戦いの最中に俺は気を失って――今、ここにいる」


「それじゃ質問させてもらうとしよう。クインテ君の話だと、君は武器に青い輝きを灯すことができたそうだ。青い爆発をクインテ君は見たから、それで穢れも倒したのかな?」


「そうだ」


「なるほど、その技は、どう会得したの?」


「別に――怪異、あんたらが言うところの穢れを戦っているうちに、自然と」


「すごいね。使いこなせるわけだ。楽勝だった?」


「そうだな。特には」


「ふーん。ところで、クインテ君。牛男――僕たちが言うところのミノタウロスはかなり強かった気がするけど、どうなの?」


「そうですね――普通の騎士では単独だと相手にならないレベルかと」


「特務の君なら?」


「……難しい相手ではありません」


「ふぅん」


 聖王が楽しげな表情を浮かべる。


「ねえ、ジュタロー君。君さ、行くところないんだろ? ここで働いてみないかい?」



「ここで?」


「この聖王都には、ああいった穢れがよく出没するんだよ。それを退治する仕事について欲しいんだ。衣食住はこちらで用意するけど?」


 悪くはない提案だった。

 それなら、今までと一緒だ。誰かに仕えて、生活の世話をしてもらう代わりに敵を倒す。敵が人から怪異に変わっただけ。

 もちろん、最上はヒノモトに帰ることだが――

 それほどの未練もなかった。


 ――おい、クソガキ。飢えて死にそうなわりに目は元気だな。うちにこい。飯は食わせてやるよ。命を捨てる覚悟があるならな。


 そんなことを言って、寿太郎を拾ってくれたのが仕えていた主君だ。

 主君が生きていればまた答えは変わったかもしれないが――

 主君はもういない。

 むしろ、こう言い残していた。 


 ――寿太郎、これまでの忠義、誠に感謝する。もう私のことはいいから、好きに生きるがいい。


 それなら、そんな人生もいいだろう。


「わかった」


「素晴らしい!」


 にっこりと笑みを浮かべる聖王とは対象的に、クインテは渋い顔をしていた。


「聖王様、私は反対です。こんな得体の知れない男を聖王都の守り手である騎士に編入するなど――」


「え? 何を言っているんだい。騎士にするのは私も反対だよ?」


 にやりと笑ってから、聖王が続ける。


「彼には僕の直属組織『ミルシス』に入ってもらうつもりだからね」


「……え?」


 呆けた様子のクインテに、聖王は続けた。


「特務機関ミルシス所属のクインテ君。よかったね、君の新しい同僚だ」


「な、な、な、な、ななななななななあああああああ!?」


「そんなに驚くこと?」


「お、恐れ多くも! ミルシスは歴代、全て聖王国の礎となる貴族たちによって構成されております! その前例を覆すわけには――!」


「責任者の僕が覆すよ。これからは誰でも入れる感じで。能力主義でいこう」


「……う、ううむ……」


 クインテが寿太郎を見る。

 その視線は実にうさんくさげだった。


「本当に、この男につとまるのでしょうか……?」


「その心配は無用だ、クインテ君」


 はっはっはっは、と笑ってから聖王は付け加えた。


「彼の衣食住を世話するのは君だ、クインテ君。ついでにミルシスにふさわしく教育もよろしく」


 しん、と静まった部屋に――

 クインテの大声が響いた。


「わ、わわ、私が、こいつを!?」



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