実力
走って塔の外に出ると、街から大量の黒煙が上がっているのが見えた。
息を呑む。
「ワシの賢者の丘が……」
プラムは小刻みに震えながら、小さな手をぎゅうっと握りしめている。
俺にも、人間の仕業などとは信じられなかった。
目の前にあるのはただの火事じゃない。
あの衝撃に、黒煙。
「プラム! この世界に重火器はあるのか?」
「ある……が……ルグトニア……くらいしか……」
プラムは、ふーっ、と大きく息を吐いた。
「……イツキ、街を頼む」
そういうと、俺たちに背を向けて塔へと戻ろうとした。
「ちょっとプラム!?」
「ワシは指揮を執る! お主も『能力』で、できる限りの事をするんじゃ!」
走り去るその背中に反論したかったが、すぐにプラムの姿は見えなくなってしまった。
「……ミア、キミもプラムと一緒に」
「でも、イツキは」
「俺は、『賢者様』の言いつけ通り街の様子を見てこないと」
「そんなこと言ったって……無茶だよ」
俺もそう思う。だが――。
前に向き直る。
黒煙の勢いはますます増している。
ごぅ、とひときわ大きな音がして、赤い炎がちらりと見えた。
「……誰かが止めなきゃ、街が全滅するかもしれないぞ」
「イツキはただの大工でしょ! 武器なんて――」
「ただの大工?」
思わず、鼻から笑った息が漏れてしまった。
「我を誰だと? 『天才』建築家イツキ様だぞ」
「……イツキ」
ミアの視線が背中に刺さる。
「……言いたいことは分かった。いいから、プラムを地下室へ」
俺はそれだけ言い残すと、走って街へと向かった。
◇◇◇
塔のある丘と街の境目には、すでに大量の避難者でごった返していた。
「ごめん、通してくれ!」
「ま、待て! そっちは危険だぞ!」
たくさんの手に、肩に、押し返される。
俺ははじき返されて、息を吐く。
ガヤガヤと住人たちが騒いでいる。
「何があったんだ!?」
「爆発音がして……外を覗いたら、見るからにヤバそうな男が立ってたんだ!」
「ルグトニアが攻めてきたんじゃ……」
「ルグトニア? そんなんじゃねえ……あいつは1人だ!」
1人……? 俺は顔を上げ、発生している黒煙の量を確認した。
「悪い、通して! 通してくれ!」
俺はむりやり群衆に自分の幅を取らせ、爆発の中心に向かって走る。
◇◇◇
街の中心部は、ひどい荒れ方だった。
すでに家は崩れ、中には額から血を流しながら、何とか丘のほうへと逃げようとしている人もいた。
ここに来た時に一度だけお世話になった、プラムが好きなあのカフェも、屋根の一部が吹き飛んでいる。
「ひどい……」
袖口で鼻を覆い、物陰に身をひそめながら、音のするほうへ近付いていく。
「ッ~……はぁ……収まりませんねぇ、私の怒りが……」
どごォッ!!
爆音とともに、民家だったものが粉々になって宙に舞う。
「!?」
何のために、そんなことをしているんだ?
誰が、どうして……?
恐る恐る顔をのぞかせる。
そこには、見たことのある顔があった。
「……ザイフェルト……!?」
そこにいたのは、アンサスから吹き飛ばしたはずの、武装集団の兵士長ザイフェルトだった。
俺はぎょっとして、その姿をじっと見つめる。
なんでここまで……まさか俺を追って来たのか?
彼はすっと右手を伸ばす。
その先に、まばゆい光の玉ができ、そして……。
バゴァァァッッ――!
激しい炸裂を伴って、その光弾が放たれる。
俺の隠れていた建物の屋根が吹き飛び、花びらのように簡単に舞い上がる。
今の、中級以上の魔法じゃ……?
青空にできたシミのような瓦礫の破片は、どんどん小さくなっていって、やがてまた大きくなってきた。
落ちてきている。
このままだと、ぶつかる――!
とっさに、体が前に出た。
数秒前までいた場所に、轟音と共に石でできた屋根が落ちてくる。
目の前で、石細工の塊が崩れる。
脳が、俺に警告している。
これはロークラのバトルではない。本物の戦闘だ。
直撃したら、それはすなわち死を意味する。
カツ、カツ、カツ、と、革靴のような足音がゆっくり近付いてきた。
「……いやいやいや……、そこに居るのは獣人さんですか」
目の前には、少し土埃で汚れた革のブーツが見える。
顔を上げられない。すぐそこに、ザイフェルトがいる。
今は耳だけ見えていて気付かれてないのだろうが、顔を上げればすぐに正体がバレる。
奴からはアンサスのときに感じたものより、ずっとずっと、強い威圧感があった。
「どんな顔をしているのか、見せてください。私は――色々あって、今は獣人が嫌いでね」
「は、はは……」
マズい。
楽しい用事で賢者の丘を襲撃しているわけではなさそう、ということは分かっていたが、こんなに強烈な感情をぶつけられるとは。
その怒りが、首筋を通して背中を寒くする。
「……その首を切って顔を拝見するとしましょう」
「待て待て! 待て!!」
俺は慌てて手を差し出し、拒否を強く表明する。
「今、顔上げるから……どんな顔でも、それを理由に攻撃しないって、言ってくれるか?」
「……何を訳の分からないことを……まあいいでしょう。逃げ遅れた哀れな獣人に免じて、1分間の猶予をあげます」
無理だろうけど、俺の顔を忘れていてくれ……頼む……!
ぱっ、と顔を上げる。
太陽の光で薄暗く影の落ちたザイフェルトの表情は、明らかに、愉快そうなそれとは大きく異なっていた。
「……、どう?」
「……」
「んじゃ、哀れな獣人は、これで」
「待ちなさい」
俺が立ち上がろうとしたとき、ザイフェルトの声が冷たく響いた。
「なぜ、あなたがここに?」
これは、完全に気付かれている。
はぁ、と小さくため息を漏らして、警戒されないようにゆっくりと立ち上がった。
「……それはこっちのセリフだよ、ザイフェルト……」
今持ってるのは、自動建築機くらいなもののはず。相手は、知能もあって魔法も使えるザイフェルトだ。ドディシュのときとはわけが違う。
「何が、こっちのセリフですか」
彼のこめかみに、くっきりと強く、青筋が立っている。
「私がここにいるのは当然でしょう? どこかの獣人に、こんな辺境まで吹き飛ばされたんですよ」
「そりゃ、お気の毒なことで」
「そのせいで、仲間は地平線の彼方に飛んで行ってしまいましてね。なんとか私だけ、ここで降りれたというわけです」
ザイフェルトが腰の剣に手をかけたのを見て、俺はとっさに後ろへ飛びのき、走り始めた。
待っていたらどうせ叩き斬られる。
今の俺には、交戦できる武器が何もない。
そこら辺に落ちている鉄パイプで剣を弾けたとしても、今度は魔法が防ぎきれない。
ばぎッ!
後方で激しい音がして、それから何かが轟音を伴って崩れ落ちたようだった。
地鳴りがある。土埃がある。
くそっ……建築物を雑に破壊しやがって……!
許せない……が、今は後回しだ。
命が繋がれば、建物の修繕だって難しくない。命が、繋がれば……。
「いつまで逃げていても勝ち目はありませんよッ……!!」
ぶんッ、と首筋を冷たいものが走る。髪の先が切れて、風に乗って俺より遠くへ逃げていく。
返事をしている余裕などない。息切れして、少しでも立ち止まったら終わりだ。
何か考えないと。何か。
「こざかしい……!」
ドゥンッ!!
右側にあった瓦礫の山が、何かの魔法で吹き飛んだ。
残骸が飛んでくる。それを避けて、身を翻した。
魔法を撃つために少し立ち止まったのだろう。
ようやく俺とザイフェルトの距離は、30メートルほどまで離れていた。
「待ってくれ! お前の望みはなんだ!」
「……あなたの首ですよ、獣人」
「吹き飛ばしたことは謝る! だけど、アンサスの街を守るためには仕方なかったんだ!」
「それがいけないのです。私の計画の邪魔をした。それも、神の残滓を何個も使って……」
彼の脚が、ゆっくりと前に出た。
「あなたの能力は、私よりも強い。それだけの力を持ちながら、野心を持っていないことに……私は怒りを覚えます」
ざりっ。
「……もしあそこで降伏していたなら、あなたと手を組むことも考えていたのですよ。真剣にね」
ざりっ。
「あなたは、口ではなく、態度でノーと言った。だから消したいのです」
足元に転がっていた、腕の取れかかっているクマのぬいぐるみを蹴り上げる。
「あなたの犯した罪は3つ。1つ目は、私の野心を踏み潰したこと。2つ目は、その理由がゴミだったこと」
宙を舞っていたクマのぬいぐるみが、俺の前に落ちる。
「あんな状況なのに、あなたには悲しみも絶望も無かった。『怒り』すらも」
「……怒ってた」
「あれが? ハハハッ! あんな、まるで物語の中の、他人事のような感情が?」
ぬいぐるみが、うつろな目で俺を見上げた。
「3つ目は、ここに至ってもまだ、その自覚がないこと……!」
まっすぐ剣を向け、突撃してくるザイフェルト。
俺はクマを見捨てて彼らに背を向けると、また走り始めた。
あいつの怒りは本物だ。本当に、俺のことを殺すまで止まらないだろう。
だとしたら、俺ができることは……。
……ポジトロンスーツ。
そうだ、ポジトロンスーツがあるはずだ!
アンサスの街で最後のバッテリーを使い切って以来、ただのお荷物になっていた。
だが、塔の装置を使えば充電できる!
充電すればいい。塔に行けば……もしかしたらプラムも応戦できるかもしれない。
俺は、塔を見た。
俺が直したばかりの塔。
あそこに逃げて、1分……いや、30秒でもいい。ポジトロンスーツを充電する時間さえ稼げれば、あとはどうとでもなる!
塔へと続く道を、こちらに向かって誰かが走ってくる。
「……ミア……!?」
「イツキーっ!!」
ミアは大きくこちらに手を振っている。
「逃げろミア!!」
ミアは俺の声に立ち止まり、少し怪訝な顔をした。
だが、俺のすぐ後ろでザイフェルトの魔法がさく裂し、爆発が起きたのを見て、すぐさま塔に向かって走り出した。
俺は、すぐにミアに追いついて、彼女と一緒に細い道を走り始める。
「なんでイツキが狙われてるの!?」
「逆恨みってやつかな……」
自動建築機をセット。余っていた土と石で突貫の壁を作る。
だが、予想していた通り、こんなもの作ったところですぐに魔弾で弾き飛ばされる。
それでもいい。ヤツの魔力の源が何か分からないが、それを削り切れば攻撃のリーチは一気に短くなる。
「ミアっ! 気合い入れて走れ!」
「わ、私、運動は苦手でぇ……」
「俺も苦手だよ!」
わずかな距離で足元をふらつかせているミアの背中を押すように、俺は気を詰めてさらに坂道を駆け上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます