第33話 そーらーぱねる

 賢者の塔の一階、その奥の玉座にプラムがどかりと腰を下ろしている。

 サイズは合っていないのだが、それなりの風格を感じさせた。

 俺は、すぐそばの少し小さな椅子に腰掛けて、プラムが部下に持ってこさせた塔の概略図を眺めている。


「どうじゃ?」

「んー……この塔、上はほとんど居住空間がないみたいだけど……何があったんだ?」

「まあ、エネルギー生産施設じゃな。いわゆる「そーらーぱねる」っちゅうやつじゃ。故に、人の出入りはない」

「実際の研究は下か」

「そうじゃな。衛兵の宿舎や研究室が上の階では、効率が悪いからのう」

「じゃあ、研究成果が消えてる可能性は低い?」

「分からん。なにせ装置が丸ごと使えないんじゃから」


 発電施設の異常で研究室の設備が丸ごと壊れていて、最高位の魔法MODでどうこうみたいな内容だったらいつまで掛かるか分からない。

 逆に、発電装置程度ならすぐに対応できる。

 普通の方法で作られているなら、安全装置があるから大丈夫だとは思うけど……。


「ここのすぐ上が整備のための設備、最上部がソーラーパネル、って感じで作っていけばいいか?」

「そうじゃな……元々のレイアウトは逆じゃったが、どうせならそう作り変えてもらったほうが助かるのう」

「あと……」


 俺は図面を持って、プラムの横へ。

 お付きの衛兵が一瞬矛を握る手に力を込めたが、俺にまったく害意がなさそうなのを理解して、その手を緩めた。


「この塔、中心部に螺旋階段が1つしかないみたいだけど……これで合ってるのか?」

「うむ」

「……何かあった時に、上階から緊急避難できるルートがここしかない?」

「例えば、獣人の若造が鉄クズを投げ飛ばしてくる、とか」


 俺の表情を見て、プラムは「すまぬ」と笑った。


「……景観のこともあるし、あまり大幅な改造はしたくない。だけど、移動用の設備はもう1つくらいあったほうが安全だと思うよ」

「なるほどな。塔全体の修繕が済んでから、追加で考えることにしよう」


 プラムは、ふんふん、とうなずいて目を閉じた。


「んで、どれくらいかかる」

「そうだな……外側の壁を積むだけなら、素材さえあれば1日か2日……でも、中の床板を戻したりしながら、バランスを考えて作りたいから、もうちょっとかかると思う」

「具体的には」

「5日あれば、確実に塔の見た目は直せる。ソーラーパネルも元通りに設置出来るはずだ。だけど、実際に使えるようになるにはもう少しかかる。それと、俺の知らないものが壊れている場合は、もっと時間が必要だ」

「もっと、とは」

「もっとはもっとだよ。具体的に何が壊れてるのか確認しなくちゃ、直せるかどうかの判断もできない」


 そうか、とプラムは声を小さくした。


「終わるまで、お主の身柄はこちらで預からせてもらうぞ」

「……どういうこと?」

「どういうことも何も、そのままの意味じゃ。身の安全を保障するため、お主にはこの塔に住み込みで修繕作業をしてもらう」

「住み込みって……住める場所あるのか?」

「衛兵の詰め所やワシの寝床もあるくらいじゃぞ。そりゃお主1人くらいどうとでもできるわ……と言いたいところじゃが」


 ごほん、と咳払いを1つする。


「……実は今、空き部屋が1つしかなくてのう」

「それじゃあ、そこでいいんじゃないのか?」

「それが、元地下牢なんじゃ」

「……は?」


 体温がすうっと下がっていくのを感じる。


「地下牢って、あの地下牢?」

「うむ。元々モンスターの研究をしていた所じゃ」

「待てよ……俺の身の安全は保障されてるんじゃないのか!?」

「ちょっと落ち着いて聞け!」


 プラムがむくれている。

 いやいや、むくれたいのはこっちなんですけど!?


「そういうことになるやも知れぬと思うてな。ワシがここを発つ前に『ある者』に命じて掃除をさせておいたんじゃ。そやつがしっかりこなせておれば、ある程度は快適に暮らせるはずじゃぞ」

「いやいや……掃除したって言っても、地下牢は地下牢だよね? 下水臭い中で生活するのとか勘弁してほしいんだけど……」

「下水臭なんてするワケなかろう……」


 あきれ顔のプラムが、じとっとした目で俺を見ている。


「太陽の光が差し込まんだけで、ワシの寝室と同程度の部屋じゃぞ?」

「は?」

「扉には内側から鍵もかけられるし……」

「ま、待って……牢屋なんだよね?」

「『元』じゃ。今はただの客間になっとる……とは言っても、陽の光が入らんから、基本は使わんところじゃがな」

「なんだ……」


 肩に入った力が、すうっと抜けていく。


「これ、ミアを呼んで来い」


 申しつけられた従者が、駆け足で玉座の間から出ていく。


「……そういうわけで、お主にはこれから3食寝床付きでこの塔を修繕してもらう。異論はないな?」

「異論っていうか……」


 ほとんどアンサスでやっていたことと同じだ。

 鹿の脚亭の部屋が、地下の客間(元牢屋)に置き換わっただけ。

 やかましい冒険者たちに酒臭い息で絡まれない分、ちょっとだけ待遇は良くなったかもしれない。


「俺がやったことだから……直さないと」


 俺のつぶやきを、プラムは黙って受け止めていた。


 少しの間、俺たちの間に流れていた沈黙を削り取るような扉の音がした。


「賢者様……呼んだ?」


 その奥から、女の子が顔をのぞかせている。

 プラムより年上で、俺と同年代くらいの印象だ。


「来るんじゃ、ミア」


 ミア、と呼ばれた女の子は、プラムの近くまで駆けていく。黄金色の髪が、柔らかくなびいた。


「この娘は孤児(みなしご)でな。近くの森で捨てられておったところをワシが見つけたんじゃ」


 プラムの手が、ミアの頭を柔らかく撫でた。


「ここまで大きくなって……今や立派な臣下じゃな」

「……ありがと、賢者様」

「地下の客間掃除はしてくれたか?」

「はい……ホコリとかクモの巣とかスゴかったけど……」

「うむ……確かにちょっとミアもホコリっぽいのう……」


 手櫛で彼女の髪を梳かして、プラムは「今日は早めに風呂に入るといい」とつぶやいた。


「……というわけじゃ」


 プラムが俺を見て、ニコっと笑った。


「どういうわけだ?」

「ミアがお主の部屋の準備をしてくれたんじゃ。礼を言え」

「……どうも……」


 俺はおずおずと頭を下げる。

 ミアも、獣人である俺が珍しいのか、怯えたように伏し目がちに軽く会釈した。


「ミアよ、もう1つ、お前に重大な任務を言い渡すぞ」

「……なんでしょう?」


 プラムの指先が、俺を指した。


「今日からしばらくの間、お前にこの男の目付役を命じる」

「え?」


 俺が「えっ」と言うよりも先に、ミアが俺とプラムの顔を交互に見た。


「あの男には、ちょっとやってもらわねばならんことがあってな。じゃが、ワシは手が離せないことも多い。そこで、ミアに案内を頼みたいのじゃ」

「……賢者様……」

「引き受けてくれるな?」


 優しくも、圧のあるお願い。彼女に断れるはずもないだろう。

 ミアは首を深々と垂れ、「仰せのままに」と、苦しそうに漏らした。

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