第32話 提案

 賢者の丘は、アンサスに比べて遥かに発展していた。

 路上では陽気な吟遊詩人が弦楽器を奏で、魚市場から新鮮な青魚を奪った猫が路地裏へと逃げ込んでいく。

 プラムのような耳の長いエルフ族が大半を占め、ラウラのようなハーフエルフと、少しの人間がいる。


 町から見える塔は、まさにランドマークと呼べるサイズだ。

 街の中心部から少し離れた低山の頂上に建てられているのだが、その存在感と威圧感は圧倒的である。


 しかしそれが、真っ二つにへし折れている。

 もし犯人が俺だとバレたら、町中の人たちから袋叩きにされるだろう。


 プラムに連れられて入った店は、食堂のようなところだった。


「A定食を。こやつにも」


 プラムは慣れた様子で注文を勝手に済ませると、店の奥、人気のないエリアに腰を下ろした。


「なんでわざわざ大衆食堂に?」

「うむ……」


 プラムはテーブルに据え置かれたガラスコップに手を伸ばし、水差しから水を入れる。

 俺の目の前にも、先に1つ置いてくれた。


「昔からこの店が好きでな。行きつけなんじゃ」

「仮にもトップなんだろ? 危険じゃないのか」


 もらったコップを傾ける。ほんのり柑橘の香る水だった。


「仮にも、とは何じゃ。心配せんでも、誰もワシの命なんぞ狙わんわい」

「でも、野盗だっている世界なわけだし」


 プラムが頬杖をついて、ため息をつく。


「ワシの身を案じる前に、自分の身を案じよ。狙われているのはお主じゃぞ」

「俺……というか、プレイヤーの力だろ?」

「いいや違う。プレイヤーは既に居ないというのが、この世界の常識じゃ。ワシだって隠しておる」

「そうなんだ」

「だからこそ、今のところお主はプレイヤーなどとは微塵も思われておらん。そもそも、プレイヤーは神話に出てくる存在じゃぞ? 自分に当てはめて考えてみよ。いくら欲しいからといって、お主は本物の神が目の前に出て来たときに、そいつからアイテムを奪おうとするか?」

「……しない。多分殺される」

「そうじゃろうが。つまり、お主の事は『奇妙な神の残滓を持った獣人』程度の認識なんじゃ。ワシだって自分にプレイヤーとしての記憶がなければ、『目の前にいる獣人は神話に出てくる存在だ』などと話されても信じはしない」

「でも、俺が持ってるアイテムなんて……」

「自動建築機、一括採取ツール、プレイヤー用の装備……このあたりは完全に神話アイテムじゃぞ? 本当に持っとらんのか?」

「……持ってます」


 そうか。分かってはいたが、MODで動くようなものは、いわゆる『神の残滓』は……存在しない技術で作られたオーパーツなんだ。


「もちろん、お主の建築能力も『神の残滓』由来のものと皆思うておるはず。ルグトニアや賊にさらわれぬよう気を付けるんじゃぞ。……ま、変に逆らったりしなければ、拷問されるようなこともないとは思うがの」

「拷問!?」

「声がデカい! 案ずるな。賊ならいざ知らず、ルグトニアはお主を丁重にもてなすハズじゃ」


 プラムの目が鋭く光る。


「ここに定住してもいいんじゃぞ? もちろん、大工としてたっぷり働いてもらうことにはなるが」

「……考えとく」


 本心だった。

 俺がこの世界でなすべきこと……それが何なのかは分からないが、大工として働くのは悪くない。


「A定食2つ、お待ち~」


 陽気なエルフのおばちゃんが、奥から湯気の立つ盆を持ってくる。

 エルフでおばちゃんに見えるってことは……もしかしてもう500歳とかなのかな……。

 ……ん? って事は、プレイヤーが居たのはもっと昔の事なのだろうか。

 なら、それより若い見た目のプラムって……どういう存在なんだ?


「うぉぉ! 来たぞ! ほれ! A定! A定じゃ!」


 プラムはさっきまでの真面目な顔を崩して、上半身を小躍りさせていた。




 ◇◇◇




 町の北へと続く道を歩いていくと、町並みは途切れ、やがて塔のそびえる低山のふもとにたどり着いた。

 巨大だとは思っていたが、その付け根まで来ると、いかにそれが大きな建築物だったかわかる。

 塔の本体は巨大な石英と鋼玉のブロックで組み上げられてキラキラと輝き、門は金属、おそらくはオリハルコンのような強固な合金製になっていた。

 門に設置された燭台には、昼間なのに煌々と火が燃えている。衛兵も、アンサスの冒険者たちに比べて遥かにガタイがいい。

 上を見上げていくと、ところどころにアーチ状の小窓がついており、採光性、通気性も考えて建てられていることがよく分かった。

 これは、それなりに名の知れた建築家……建築勢がやった仕事だろう。


「これが……折れたのか」

「うむ、そうじゃ。ただ最近は老朽化が激しくてな。正直、いつかこうなるんじゃないかとは思っておった」


 プラムは、塔の断面を指さした。


「あそこらへん、中が見えておるじゃろ?」

「ああ……」

「ワシの執務室や寝室があるのがその少し下なんじゃ。命拾いしたわい」


 ふーっ、と小さくため息が漏れ聞こえる。

 俺は申し訳なくて、目を伏せた。


「塔には設計図がある。それを見て、どれほどで建物が直せるかの目安を立ててくれ」

「分かった」

「……なんじゃイツキ、まだ落ち込んどるのか?」


 ばしっ、と強く、プラムが俺の背中を叩いた。


「しゃきっとせい。塔は御覧の有様じゃが、残骸はちょうど立ち入り禁止の裏山に落ちたおかげで怪我人すらおらぬ。お主が塔を直せばすべて元通りじゃ」


 俺はその声に押されるように、重たい脚を前に進めた。

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