第31話 賢者の丘
アンサスの正面を守る鉄扉の前に立つ。
扉が、ゴゴゴ、と低い音を立てて開いていく。
その向こうには、白い馬につながった馬車が見えた。
「あれで行くぞ」
「馬車……初めて乗るな」
「この世界では一般的な乗り物じゃ。見慣れておくがよい」
へー。そんな相槌を打って近づこうとして、ふと気付き足を止める。
「そういえば『転送魔法』で行けばいいんじゃ?」
「……うん? まあ、可能といえば可能じゃが」
「一瞬でパパっと賢者の丘に……」
そこまで言ったところで、プラムは眉をひそめた。
「転送魔法はワシの専門ではない。あれは呪符の力じゃ」
「呪符……っていうと、魔法を発動できるアイテムの?」
「そうじゃ。最上位の『神符』ならともかく、下位の『呪符』では不完全な魔法しか発動できん。副作用が強すぎる」
「ええ? 副作用って、じゃあコブレンツ達は……」
「呪符は生物以外まともに送れんからの。いまごろは、ルグトニアのど真ん中で素寒貧じゃろ」
「ひ、酷い」
「そもそも、転送魔法は本人が行ったことがある場所にしか行けんのじゃ。どうじゃ、馬車で行く理由が分かったか?」
「分かりました……」
プラムはさっさと歩いて先に馬車に乗り込むと、窓から顔を出してこっちを見た。
「ほれ、早う――イツキ」
彼女が、あごをくいッと上げる。
俺は、後ろを振り返った。
門の向こう側、アンサスの村から、大勢の村人がこっちを見ていた。
誰もかれも、一度は話したことのある人ばかりだ。
「兄ちゃーんっ!」
その先頭にいるのは――モルディア。
「絶対帰ってきてねーっ! そんでそんでっ! また仕事教えてーっ!」
俺は、右腕を上げる。
声を出したら、何かが決壊しそうだった。
少し上を見ると、オジーチャンが屋根の上に立っていた。
背中に太陽を背負って、そのシルエットは一層神々しく輝いている。
「……行ってきます」
上げた右手を下ろし、彼らに背を向けた。
村の外の土は柔らかく、脚が震えた。
◇◇◇
「いやー、実にええ所じゃったのう、アンサスは!」
ここは馬車の中。プラムはラウラがお土産に持たせてくれたサンドイッチをむしゃむしゃと食べながら、俺の隣で声を高くして笑っている。
「ルグトニアの地領は、どーにも好かん! 子飼いの貴族どもは高慢チキで、自分らが一番じゃと思うとる! じゃが、アンサスはいいっ!」
「……お前、ほっぺたにソースついてんぞ」
「はにゃッ!?」
プラムは頬を手の甲で拭って、「……水を差すな」と俺をにらんだ。
「見た目も住人も素朴なアンサスなら、我が国に組み込むのもアリよりのアリじゃ!」
「やめてくれよ。アレは俺が作った村なんだぞ……」
「おおぅ、そうじゃったのか!? さすがプレイヤーじゃ、センスがええのう!」
「へへ」
「うーむ、そうなるとやはり欲しくなってきた。いいであろ?」
「ダメダメ、ルグトニアとトラブルを起こさないでくれ。戦争にでもなったら困る」
「あー、なるじゃろうなぁ。王はともかく、貴族共は戦が好きそうじゃ」
再び、彼女はもぐもぐとサンドイッチに食らいつく。
「やめとけよ」
「あったり前じゃ。やるつもりなど毛頭ないわい。じゃが……」
んぐッ、と口の中に入っていたパンの塊を飲み込む。
「アンサスはルグトニア城よりも賢者の塔に近くてのう」
「へー……どれくらい?」
「馬の鎧に高速化の属性付与<エンチャント>もしてあるし、ざっくり1日もあれば着く。もっと急げば半日でも来れるぞ」
ま、とプラムはため息をついた。
「近くても遠くても、アンサスはアンサス、ルグトニアはルグトニア……どーでもいいことじゃったな」
彼女の表情を見て、俺もラウラのサンドイッチに手を伸ばした。
「……そういえば、壊しちゃった塔のことなんだけど……どんな感じなんだ?」
「なんじゃ、もう修理の話か? やる気満々じゃのう!」
「それで」
「ん……どんな感じもこんな感じも、着いてみたら分かるわ。なかなかな壊れ様じゃ」
「そうか……」
「何せ、施設が丸ごとオシャカじゃからな。これまでの研究が吹き飛んでいるかどうかは分からぬ。建物をさっさと直してもらって、そこから確認じゃな」
歯形に切り取られたサンドイッチを見つめる。
旨いはずなのに、味がしない。もそもそとして、飲み込めない。
「……気に病むでない。ワシも言い過ぎた。お主がプレイヤーだと知っておれば、あんな言い方はしなかったんじゃ」
プラムが、俺の背中に手を添えた。
「建物の修繕にメチャクチャな資金と時間がかかると思っておった。じゃが、お主がプレイヤーならすぐに解決する話じゃ」
俺は何も言えず、まずいはずのサンドイッチにもう一度かじりついた。
◇◇◇
馬車の壁にもたれかかったまま、強い衝撃で目が覚めた。
外はわずかに明るいが、どうやら夜明けが近いらしい。
ふと、体の右側に、熱を感じる。
目をやると、そこには――。
「……ッ……!」
プラムが、こちらにもたれかかって、すやすや寝息を立てていた。
よく考えたら、プラムは二日連続の長距離移動だ。そりゃ疲れるよな。
だけど……この状態、警護のエルフに見られたら俺の命が危険なのでは?
「おい、プラム、起きてくれ、プラム……」
俺は小声でプラムを呼ぶが、一向に目覚める気配がない。
ごうんっ、とまた、小さく馬車がバウンドする。道の整備が甘いようだ。どこを走っているのだろう。
俺は、こちらからギリギリ見える右の窓から外を見た。
木、木、木……。薄明りに照らされた緑が大量に車窓を駆け抜けていく。
その向こうに、とてつもなく巨大な人工物が見えた。
「あ……?」
俺は思わず立ち上がり、窓へと駆け寄った。
「あれが……賢者の塔……?」
途中で折れて、内部の様子がわずかにうかがえる。
その直径から、おそらくは今残っているものの2倍以上の高さがあったのだろう。
それがまさに、『真っ二つ』。鉄骨のようなものが、むなしく天に向かって伸びていた。
ごぢんっ、と鈍い音が後ろで響く。プラムがずり落ちていた。
「いだッ……!? な、何奴じゃ!?」
「あ……」
興奮して、寄りかかられていたことを忘れていた。
「ご、ごめん」
「なんじゃ……お、お主か、ワシを襲ったのは! この変態がッ!」
「ち、違うって! そうじゃなくて、それよりも!」
窓の外を指さす。
「あれ」
「……ああ、着いたな」
なんじゃそんなことか、そう口を尖らせ、おそらくは強打したであろう側頭部をさすっている。
「はぁ……お主がさっさと寝るせいで、ワシは一睡も出来んかったぞ……警戒感というものが足らんのじゃ、まったく……」
「え?」
「なんじゃ」
寝起きのプラムは、明らかに機嫌が悪そうだ。
何でもないです……、そう誤魔化して、俺はまた窓の外に目をやった。
ここが。
「町に着いたら、まずは朝飯じゃな。直してもらうのは早いほうがいいが、食うや食わずじゃ仕事にならんじゃろ」
プラムの声が、体を通り抜けていく。
ここが、賢者の丘……。
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