第30話 責任

 昼ごはんのミートソースパスタ――に酷似した何か――を食べながら、俺は荷造りのことを考えていた。

 と言っても、もともと持っていた荷物は全部インベントリの中だ。

 何か持っていくとしても、大した量にはならないだろう。


「イツキ」


 ラウラが、カウンターに頬杖をついてこっちを見ていた。


「ホントに行っちゃうの?」

「んー……ちょっと、責任取んなきゃいけないから……」

「セ、セキニンっ!?」

「え? ……あ、いや、そういうことじゃなくて!」

「あははっ、いいのいいの! 分かってる分かってる!」

「邪魔するぞぃ!」


 そこに、タイミング悪くプラムが戸を開けた。


「プラム様! もしかして今の話……聞いておられました?」

「はえ……何のことじゃ?」

「イツキがセキニンを取るとか……」

「ああ、それか。うむ、こやつには責任を取ってもらう」


 俺はもうその会話に参加するのもイヤで、頬杖を突いたまま、パスタにフォークを突き立てた。


 階段の上から、ずかずかと2人の足音が聞こえてくる。


「おうおう、イツキ! 行っちまうんだってなぁ!」

「……アベル……それにサルートルも」


 サルートルは微笑んでいるが、アベルは声色に比して表情がかたい。


「どれくらいで帰って来るかは分かんないけど、賢者の丘にある塔を直したら、また戻って来るよ。アンサスも復興途中だし」

「いやいや、お前がいない間に俺たちで終わらせちまうって!」


 アベルが俺の向かいに腰を下ろし、背もたれに体を預けた。


「どうかな? 天才建築家がいないんだぞ?」

「それは、その通り」


 サルートルは腕組みをしたまま、近くの柱に寄り掛かり、目を閉じる。


「……それじゃあ、建物はイツキが帰って来るまでお預けだな、アベル?」

「ちィ……」

「残しといてもらえたほうが、俺もやりがいあるかも」

「だそうだ」


 交代の門番が、鹿の脚亭へ入ってきて、2人の名前を呼ぶ。彼らは振り返り、微笑んだ。


「またお会いしましょう。プラム様がいらっしゃると聞いていますが、道中はどうか気を付けて」

「イツキ、必ず帰って来いよ。お前がいねえと、酒飲みながら絡む相手がいねえ」

「……帰ってきたく無くなるようなことを言うのは控えてくれ」


 サルートルはあきれ顔でアベルを見ると、ため息をついた。


「私も、一人でこのバカの相手をするのは疲れるんでな。ぜひ、早めに帰ってきて欲しい」

「ぁんだァ!? バカだと!? てめぇ、この野郎ッ!」


 俺は苦笑いを浮かべ、宿を出ていく2人に手を振った。

 パスタを巻き取って、口に突っ込む。さわやかな酸味が広がった。




 ◇◇◇




 インベントリに荷物をまとめきって、数週間お世話になった部屋を振り返る。

 もうほとんど自分の家みたいな感覚だったが、こうして荷物が片付くと、やっぱり殺風景だ。


「忘れ物ない?」

「多分ね」


 ラウラが目を細め、俺を見る。


「何かあったら、取っといてくれないかな。また戻ってくるつもりでいるから」

「さあ。ものによるかも」


 沈黙が、俺とラウラの間に流れる。


「……ほら!」


 彼女が俺の背中をばしっと叩いた。


「ッだっ……!」

「しゃきっとしなさいって。そんなんじゃプラム様に嫌われちゃうぞ?」

「別に……」


 相手は、あの『変態』だ。今更好きだの嫌いだの、そんなことはどうでもよかった。


「……待ってるからね、イツキ」


 彼女の小さい声は、ほとんどが廊下に吸い込まれて、俺の耳にはわずかにしか届かなかった。

 聞き返そうかとも思ったが、それをするのもどうかと思って、俺はただ「うん」とだけ答えた。




 ◇◇◇




 宿の外で、プラムと魔法使いの格好をしたエルフが数人待機していた。


「……この人たちは?」

「ワシとイツキの護衛じゃ。厄介払いが必要かと思うてのう。呼んでおいたんじゃ」


 厄介……ああ、盗賊とか、コブレンツとかのことか……。


「ブルルぅッ!!」

「おっ!? なんじゃコイツ」


 オジーチャンが突然現れ、プラムの胸元に頭をぐりぐりと押し付けている。

 コイツ……いっつも裏庭あたりで適当に草を食べてダラダラしてるのに……まさかエルフ幼女に反応したのか?


「あははっ、くすぐったいっ! これっ、やめるのじゃっ、あはははっ!」

「ぶもッ! ぶもぉぉっ!」

「オジーチャンっ、ちょっとっ、ちょっと!」


 俺はオジーチャンの背中を抱き締めるようにして、プラムから強制的に引きはがす。


「っはーっ……! なんじゃこの……鹿?」

「ラウラが連れてる『オジーチャン』って名前の鹿だ。ラウラのペット――」


 ギリっ、とオジーチャンが俺を睨みつける。


「じゃなくて、ラウラの友達?」

「ブモっ!!」


 鼻息荒く、オジーチャンが頭を上げた。

 ……やっぱり、俺の言葉はオジーチャンに伝わってるみたいだ。逆は、一度しかなかったけど……。


「俺にお別れ言いに来てくれたのか?」


 その言葉に、オジーチャンはふいっと横を向いた。


「え……」

「はははっ! 嫌われとるのうイツキ! こやつの目の前で鹿肉でも食うたか?」

「いや……」


 確かに「鹿肉を食べたい」って言ったことはあったけど……そんなこと今更根に持つ感じ出してくる?

 仮にもお別れなんだぞ、オジーチャン。


「ぶもっ」


 オジーチャンは、ゴツっ、と頭を一度俺の腰に押し当てた。

 それから、カツカツと石畳を数度踏み鳴らして俺に背を向けると、そのまま宿の裏へと戻って行ってしまった。


「冷たいやつ……」

「でも、挨拶には来たんじゃのう。賢い鹿じゃ。……さ、行こうかの、イツキ!」


 俺がじっと見ていても、建物の陰からオジーチャンが再び顔を出すことはなかった。

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