第29話 転送魔法
一応体裁だけは整えた噴水の前で、俺とコブレンツが対峙している。
いつ気付いたのか、プラムもこの『ショー』を見物しに来ていた。
彼女の姿を見て、コブレンツは深々と頭を下げる。
「これはこれは、『賢者の丘』最高指導者にして栄名の大賢者プラム様。どうしてこのような辺境へ?」
「……野暮用じゃ」
「そうですか。せっかく『ルグトニア領』にいらしたなら、我々がお迎えにあがったものを」
「迎えなど要らん」
プラムは腕を組んだまま、コブレンツをジト目で見ている。
「では、ご用事が済んだら、『我らが』ルグトニア領からは早々にお引き取りいただきたく。無用な誤解を招きかねませんので」
「もとよりその予定じゃし、主らの王に許可も取ってあるわい」
いくら尊大な態度をとって挑発してもプラムが乗ってこないのを見て、コブレンツは彼女から視線を切った。
「……それでは、イツキ。貴殿にルグトニア聖王猊下からの勅令を申し伝える」
シン、と静まり返る。鳥すらも鳴くのをやめた気がした。
「貴殿を、聖王猊下の名のもとに、ルグトニア王都へ連行する」
「え……?」
「連行というのは、これはあくまでも表現上の問題だ。我々とともに王都へ来てもらう」
「なんで、王様が俺を――」
「聖王猊下のご判断だ。それ以上でも、それ以下でもない」
待ってください、と、遠巻きに見物していたサルートルが声を上げた。
「イツキは見事に賊を追い払いました。我々だけでは今後、同様の成果はあげられません。アンサスには、まだイツキが必要です!」
「心配するな。この村には、私を含めルグトニア第二騎兵部隊67名が残り防衛にあたる。この若造1人が、ルグトニア騎士団67人分の戦力になるか?」
コブレンツが、ぐっと俺に顔を近付ける。
「壁を造った今、貴様は既にこの村に不要だ。第三騎兵部隊と共に王都まで行ってもらう」
「何を勝手に話を進めておるんじゃ」
プラムは、「はぁ」と深くため息をついて、一歩前に出た。
「タンコブだかコブサラダだか知らぬが、この男はワシが連れてゆく」
「……プラム様、お言葉ですが」
コブレンツが、ぎりっとプラムをにらんだ。
「これは、我が聖王猊下の勅令です。それを阻止することは、何人たりとも出来ませんぞ」
「なんびと……? ワシはその聖王と対等の立場じゃぞ」
「ですが、ここは聖王国の公領。領民の管理権はルグトニア聖王にあります」
「イツキは、ルグトニアの民ではないようじゃが?」
プラムの目は笑っている。
「……ルグトニア公領で保護されている、流浪の民です。それならば、ルグトニアに処遇の権限がある」
「ほーう。じゃが、本当に流浪の民かの? 旅行に行っていただけの、ワシの領民だった気がするんじゃが」
プラムは、俺がプレイヤーだと知っている。つまりルグトニアどころか、この世界のどこにも俺の出生記録なんて存在しない。証拠は無いってわけだ。
「ルグトニア騎士団が、他国の住人を攫った……そんな評判はまずいじゃろ?」
うぐっ、とコブレンツが小さく言葉に詰まったのを見て、プラムはさらにまくしたてる。
「今、ワシは賢者の塔であるものを作っておる。だが、事情があって中断しておってな。どうしてもイツキの能力が不可欠なんじゃ」
「……そんな勝手な理由では……」
「勝手? 作っておるのはルグトニア王からの依頼品で、しかも最優先じゃぞ。お主らでいうところの、勅令じゃ」
勅令という言葉を聞き、騎士団がざわ付く。
だがコブレンツは平静を装った。
「ご冗談が過ぎますよ、プラム様。我がルグトニアの技術は最上位です。賢者の丘に依頼など……」
「誰が冗談じゃ、痴れ者が!」
彼女の声が場を黙らせる。噴水の音だけが、涼しく響き渡った。
「貴様らの魔法技術など、地を這う虫のそれじゃ!」
はんっ、と軽く鼻で嘲笑って、彼女はさらに声を低めた。
「この研究の完成は、ルグトニア王の悲願。お前たちは、それを邪魔するというんじゃな?」
「しかし……こちらも聖王猊下の勅令で」
「はァ~、わからんやつじゃのう……。では見せてやるわ、魔法技術の極致をな」
プラムは面倒そうに、両手を前に出す。その掌が、薄桃色に明るく輝き始めた。
兵士たちに向けた手に、100を超える魔方陣が浮かぶ。
「な、なにを……!?」
「王に伝えておくがよい。研究のために、イツキはしばらく賢者の丘が保護すると」
魔方陣が展開され、ブォォォンと鈍い音がして、騎士団たちが後ろから消えていく。
「これは、転送魔法……! これほどの数を一人で!?」
コブレンツは驚いた表情で、消えていく兵士たちを見る。
「プラム様、こんなことは許されませんよ!」
「それは王が決めることじゃ」
「ぬおおぉぉっ、この領の守護者として、私が――」
最後まで言う事は出来ず、コブレンツは姿を消した。
「……朝から100枚も『呪符』を使わせおって、まったく……」
プラムは首をグルグルと回しながら、宿へと戻っていく。
「あ、そうじゃ。そういうことだから、お前も出かける支度をしておくんじゃぞ。奴らが戻ってこないうちに、ここを発つからの」
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