第28話 トラウマx2

 プラムの表情は、決して冗談のそれではない。


「ストップストップ!」


 これ以上やられたらヤバイ!

 俺は両手を挙げ、降参の意を示した。

 少女は杖を止めて深々とため息をつく。


「っ、てて……」


 股間を抑えながら立ち上がる。

 足に力が入らない。生まれたての子羊、とはこのことだ。


「君、プラム……って言った?」

「いかにも」

「本当に? 本人?」

「くどい! ワシこそ賢者の丘を統べる七賢者が1人、プラムじゃ!」


 がしり、と小さな肩を掴む。プラムは目を丸くして杖を振り上げた。


「な、なんじゃッ!? 名乗りを上げさせておいて反撃とは、何たる――」

「生きてたんだな! よかった! みんな死んでるって聞いてたんだぞ!」

「なーにを訳のわからぬことを! 生きていたのか……な、ど……?」


 と、そこまで言って、プラムが息を呑んだ。


「お主、まさかッ」


 声を詰まらせる。


「まさか『プレイヤー』か!」



 ◇◇◇




 宿屋のカウンターで、ラウラが目を丸くしている。


「ほ、本物の賢者様!? お名前だけは拝聴したことがありましたが――」

「うむ。ワシこそ七賢者が1人、プラムじゃ」

「――まさかこんなに小さいなんて……!」

「そうじゃろ、そうじゃろ……って誰がミニサイズじゃ!」

「プラム、ちょっと」


 広間からは、冒険者たちの好奇の目が注がれている。


「イツキのやつ、エルフのガキを連れ込んできやがった」

「いや、見た目はそうだが子供とは限らねぇ。エルフ族は年齢不詳だからな。俺らのヒイバァさんより年上かも」

「……あいつ、計り知れねーな……」


 ヒソヒソとしゃべりながら、ニヤついている。

 アベルなんか、親指を立ててウインクまでして……。完全にヤベーヤツ扱いじゃねーか。


「みんなが気になるなら、部屋で話したら?」


 ラウラが提案してくる。


「私にはわからないけど、大事な話なんでしょ?」


 俺にウインクしてみせる。

 ……その通り。ここからは確認や質問、謝罪まで目白押しだ。


「部屋に移動しよう」

「ふむ……了解じゃ。では向かうぞ!」


 プラムは俺の腕をがっしりと掴み、「こちらでいいのか?!」などと言いながら勝手に歩き始めた。


「ごゆっくり~」

「プラム! 放せって、ちょっとぉ!?」


 彼女に引きずられるように、俺は階段をのぼって行った。




 ◇◇◇




 幸い、ラウラがベッドメイクしておいてくれたおかげで、俺の部屋はそこまで散らかっていない。

 俺はベッドに、プラムはイスに腰を下ろし、互いの顔を見合わせている。


「だーめじゃな」


 プラムのため息が、俺の膝にかかる。


「残念じゃが、お主のことは思い出せん。ワシの記憶は曖昧なんじゃ。遥か昔に、本当に昔にここへやってきたこと、自分が『プレイヤー』であること、あとは魔法の扱い方、アイテムの知識……。それ以外はほとんど覚えておらん」

「記憶がないって、そんな」

「覚えとらんもんは覚えとらん! 第一、ワシも自分のことをちょっぴり疑っておるんじゃ。ワシにあるのは、『プレイヤーであった』という記憶のみ……」


 プラムの耳が、へたっと垂れる。プラムの耳も俺と同じなのか。


「ワシの記憶が正しければ、プレイヤーはクラフト――物質を一瞬で構築する能力を持っているはずじゃろ?」


 ならば、と続ける。


「ワシにもとーぜんクラフトができるはず。……だが、無理だった」

「インベントリを思い浮かべて、そこから素材をピックすれば……」

「いいや、無理じゃ。それどころか、一時期は『インベントリ』の存在すら忘れておった」


 そう言った彼女の表情に、嘘はないように思われた。

 確かに、この世界でロークラのプレイヤーがインベントリを忘れてしまうとは考えにくい。

 特にそれが、あの『変態七賢者のプラム』なら、なおさらだ。


「何か、ほかに覚えていることは?」

「自分が何を覚えているかなど分からん。だが、塔を破壊した鉄の塊……あれを見たときに、ワシは『ノーヴァ』というプレイヤーを思い出した。顔は思い出せぬが……聞いてよいか」

「もちろん」

「ノーヴァもまた、プレイヤーか?」

「ああ……ノーヴァはプレイヤーだ」


 返事を聞いて、少しだけプラムの表情が明るくなる。


「そうか! やはり、あれはノーヴァの『破城槌』だったんじゃな! カメのようにのろい、ジョーク兵器……おぼろげにしか思い出せんが、ワシにも分かるぞ!」


 間違いない。こいつは本物のプラムだ。


「プレイヤーはみんな死んだって聞いてたんだ。プラムが残ってくれていて、本当に良かった……」

「大丈夫じゃ。森の賢人たるワシは長寿。お前を待つくらい造作もない」

「さすが賢者! よっ、変態七賢者!」

「……ヌうッ!?」


 急に、プラムの表情が険しくなる。


「……いいかイツキ。さっきも言うたが、ワシを『変態』呼ばわりするのはやめてくれんか?」

「えっ」


 嘘だろ、その記憶もなくなってるのか?

 お前、自分から「私は変態だあああぁぁあぁぁ!!」とか言ってただろ!


「だってお前はヘンタ――」

「やめろと言っておる! なぜワシを変態と呼ぶんじゃ! ワシは賢者じゃぞ! 偉いんじゃ!」

「えっと、ちょっと待ってくれ。もしかして、そのしゃべり方って『キャラ付け』でやってんじゃないの? つまりその――ロールプレイというか、のじゃロリプレイというか」

「……何を訳の分からんことを。ワシは普通に喋っておるだけじゃ」

「嘘だろ……あの、変態――」

「しつこいッ! この場で丸焦げにしてやろうか!」


 プラムが立ち上がり、指先に念を溜め始める。赤く輝いているってことは……火炎魔法か!? マズい!


「ごめっ、やめてくれ! ストップ! 賢者様ストップ!」


 プラムが手を下す。指先の炎が、ふっと空間に溶けて消えた。


「……ワシの、いったい何を知っておる?」

「お前が昔、自分で『変態賢者』と名乗っていたこと?」

「嘘じゃッ!!」


 ぐわッと大きく目と口を開き、絶叫するプラム。

 怖いって、その表情。


「信じたくなきゃ信じなくていい。でも、俺の記憶ではそうなってる」

「ほー……そんじゃ、信じんことにするわい!」

「俺の知っているプラムは、とにかく魔法に詳しい奴だった。おそらくプレイヤーの中でもトップクラスだ」

「フン! ワシは賢者じゃぞ。当然じゃ」


 リアクションもそこそこに、俺は続ける。


「ヘンタイってのは、なにも悪口じゃない。能力の水準がおかしいとか、行動が理解できないとか、そういうヤバイやつを俺たちは『変態』って呼んでたんだよ」

「むう」

「で、その中でも有名な7人に、ついに賢者って称号≪あだな≫がついた。プラムの場合は、魔法にメチャクチャ詳しかったからだ」

「……それで、ワシは『変態七賢者』になったというんじゃな。にわかには信じがたいが……」


 いまだ半信半疑といった表情だが、ひとまずは納得してくれたようだ。

 まあ実際のところ、魔法の詳しさ以外も結構ヤバイやつではあったんだけど。本人が忘れていることだし、今は言わないでおこう。

 長命のエルフ族として生きていれば、そうやってどんどん記憶が薄まっていくのかもしれないし。


「ま、ひとまず互いが『プレイヤー』のようだ、ということは分かったな」


 プラムが、俺のとなりにぼふっと腰を下ろす。

 ふわっと、花の蜜のような香りがした。


「じゃが……それはそれ、これはこれじゃ」


 彼女の小さな指先が、俺の頬をつつく。


「賢者の塔はよくもやってくれたのう」


 そうだった。

 プラムはその交渉……というか、犯人捜しのためにここまでやってきたんだった。


 俺が破壊した塔。俺のせいで、破壊された皆の建築。俺のせいで。


「……どうしたイツキ、顔が青白いぞ」

「いや……俺が壊しちゃったんだなって思って」

「その通りじゃ。まったく」


 今のプラムは、俺の過ちも、きっと覚えていない。……そうであって欲しい。


「ま、そう気に病むでない。お主がプレイヤーだと分かった今、元通りに直してくれれば文句はないんじゃ」


 プラムの人差し指が、ぐんと強く頬を押す。


「なるべく早く、で頼むぞ?」

「分かった。ごめん」

「……変な奴じゃな……調子が狂うわい」


 コンコン、と部屋をノックする音があった。続けて、ドアが開く。


「お邪魔しま――」


 そこには、ラウラの姿があった。

 俺は左頬を何度も突かれながら、ラウラの顔を見た。


「お取込み中だった?」

「いや、なんにも」


 上手に誤魔化せているだろうか。


 駄目だ。どうせ耳でバレているだろう。




 ◇◇◇




 翌朝、俺は喧噪で目覚めた。

 カーテンを開け、窓を開く。


「ルグトニア騎士団……?」


 巨大な旗の上分が、壁から頭をのぞかせていた。

 俺は急いで着替えると、鹿の脚亭を飛び出す。


「開門せよ! 我々はルグトニア聖王国騎士団である!」

「だーかーらー! 理由がないと開けられないって!」


 門番をやっていた冒険者が、門の向こう側にいるコブレンツと言い争いをしている。


「なんですか、またですか」


 階段を駆け上がる。壁の上に立ち、息を整えてあたりを見る。

 門の向こう側には、コブレンツと、その後ろにずらりと騎馬兵がいた。

 騎馬兵のうち数人はルグトニアの国旗らしきものを掲げており、ぴっちりと、少しの乱れもなく並んでいる。


「来たか、イツキ。久しぶりだな」

「数日振りだと思うけど……何の用?」

「聖王猊下からの達しだ。勅令である」

「と言われても……」

「よいか。現在ここは、ルグトニア聖王国騎士団の精鋭である第二、第三騎兵部隊116名によって包囲されている。勅令を受け取るために我々を中に入れるか、交渉決裂として聖王猊下に刃を向けて戦闘になるか、貴様はどちらか選ぶしかない」

「なんだそれ」


 面倒だ。頭をかいて、コブレンツをにらむ。

 目が本気じゃないか。

 今の外壁は、ただの石壁だ。魔法に対する耐性はあまりない。

 騎馬兵たちがどこまで魔法が使えるかは分からないが、連続で喰らえばすぐに壁は崩れるだろう。


「選択の余地なしかよ……勅令の対象は、俺だけ?」

「ああ。そうだ」

「もしも入れたら、建築物に危害は加えないんだな?」

「アンサスは公領だ。自ら守護する地を無意味に攻撃するなど有り得ん」

「人命も」

「くどい!」


 俺は、門を抑えている冒険者をちらっと見た。


「開けてやってくれ」

「しかし……」


 今度は、コブレンツを見る。


「……静かに入って来いよ。まだみんな寝てるだろうから」


 まだ眠たい頭を起こしながら、俺は門に背を向ける。

 ギギィ、と重たい扉が開く音が聞こえた。

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